43:慟哭
パチパチと、火の粉の爆ぜる音だけが響く。
夜の森と、暗い広場。
焚き火の近くに座り込んだ私とスチュアートは、無言のまま。
いつの間にか様子を見に来たデリックは、心配そうに広場の椅子に腰を下ろしていた。
時折戻ってくる先生方がエイリー先生に報告をして、エイリー先生が机の上に広げた簡単な地図に印を書き込んでいく。
崖下に直接下りるには、危険が大きい。
迂回して山の中腹から向かう為に、周辺にばかり調べ終えた印の×印が書き込まれていた。
何度目かも分からない、ため息ばかりが零れる。
少し前までは時折生徒達が何事かと覗きに来ていたが、今は皆寝静まったのか、様子を見に来る者も居ない。
無意味に、時間ばかりが過ぎていく。
人前で力を使うことも出来ず、こうして待つことしか出来ないことが、酷くもどかしかった。
ガサリと、草を踏む音が響く。
弾かれるように顔を上げたら、そこには一年生の男子生徒――ライオネル王太子殿下の姿があった。
「す、すまない。どうなったかと思って……」
ばつが悪そうに頬を掻きながら、こちらに歩み寄ってくる。
レジーナが先生達に呼び出されて、おおよその事情を説明されたのかもしれない。
クワイン伯爵令嬢とレジーナは、王太子殿下と同じ班だったから。
「どうもなっていません」
「そうか……」
つい、素っ気ない声が出てしまう。
彼は、悪くない。
彼が悪い訳では無いのに、つい苛立ちが声に滲んでしまう。
アンタさえ私に絡んでこなければ――つい、そんなことを考えてしまいそうになる。
自分がどんどん嫌な奴になっている気がした。
こうなったのは、キャロルのせいでも、ましてや王太子殿下のせいでもない。
レジーナと、レジーナ達の嫌がらせを放置していた自分のせいだ。
それが分かっているのに、私達のことを気にして様子を見に来た殿下にさえ、優しい声を掛けることが出来ないなんて。
「殿下、もうお休みください。ティアニー嬢には俺が付き添っていますので」
スチュアートが折り目正しく殿下に頭を下げる。
身分の高い殿下が一緒では、どうしても皆気を張ってしまう。
それを分かってのことだろう。
「……分かった。お前達も、あまり無理はするなよ」
一言だけ言い残し、殿下が広場を立ち去る。
彼が歩き去る方向を、ただぼんやりと眺める。
夜の森は全てを飲み込むほどに暗く、そこに広がる闇は途方もなく大きく思えた。
焚き火を見つめるだけの時間が、どれほど続いただろう。
デリックなどは時折船を漕いでは、エイリー先生にテントに戻るよう注意されている。
「ニャァ」
そんな中、聞き覚えのある声が響いた気がした。
咄嗟に立ち上がり、周囲を見渡す。
「ティアニー嬢、どうした?」
「今、猫の声が……」
スチュアートの声に応え、再び耳を澄ませる。
「ニャアァ」
もう一度、今度はハッキリと聞こえた。
バールの声だ。
声のした方に視線を向ければ、暗闇の中から、爛々と光る目が近付いてきた。
「うわ、こわっ」
デリックが微かに怯えた声を上げる。
闇から現れる黒猫というのは、確かに不気味だ。
だが、今はその姿が何よりも頼もしい。
バールの後ろから、さくり、さくりと草を踏む音が響いてきた。
お兄様だ。その両腕には、華奢な少女――キャロルが抱えられている。
「――キャロル!!」
「ルーシー?」
私が駆け寄ると、お兄様が抱きかかえていた小柄な少女を地面に下ろした。
キャロルだ。
間違い無い、キャロルの姿だ。
「ごめっ、ごめんなさいっ、私のせいで……!!」
キャロルの無事な姿を見た瞬間、抑えていたものが一気に溢れてきた。
ボロボロと涙が頬を流れて、止まらない。
「何を言っているの、ルーシーのせいじゃないわ」
私を気遣いこちらを覗き込むキャロルの立ち方は、どこか歪だ。
まるで片足を庇っているかのよう。
「キャロル……怪我をしているの?」
「あ、うん。崖から落ちた時に、ちょっとね」
力無く笑うキャロルの顔も、彼女の衣服も、土と砂に塗れていた。
斜面が崩れて崖から滑落し、夜の森に一人放り出されたのだ。
彼女が感じた恐怖は、どれほどだろう。
「ごめん……ごめんね、キャロル……」
ぎゅうとキャロルを抱きしめる。
キャロルもまた、私を抱きしめ返してくれた。
「だから、ルーシーが謝ることじゃないって」
「でも、でもぉ!」
抱き合う私達の横で、デリックが鼻を鳴らしている。
もらい泣きしているのかな。涙もろい奴。
スチュアートは安堵した様子で、柔らかな笑みを浮かべていた。
私はと言えば、そんな彼等の様子を目にしながらも、その時はのんびり観察している余裕なんて無かった。
キャロルと二人で抱き合い、わんわんと泣いていたのだから。
テントまでどうやって戻ったのか、覚えていない。
アカデミーに入学するような年になって、人前でわんわん泣いてしまった。
キャロルが無事で安心したのと、キャロルに怪我をさせてしまった、キャロルに怖い思いをさせてしまった、そんな申し訳なさとで胸がいっぱいになった結果だ。
朝起きたら、とにかく目元が熱かった。
きっと瞼が腫れて、酷い顔になっているだろう。
こんな姿、誰にも見られたくない。
だと言うのに、同じテントには親友が寝泊まりしているのだ。
私が動いた物音を察してか、起き上がってこちらを覗き込んでくる。
「おはよう、ルーシー」
その声に安心して、またちょっとだけ涙がこみ上げてきた。









