40:合宿二日目
合宿二日目。
剣術や弓術を専攻する生徒にとっては、数少ない実戦経験を積む場だ。
ダンフォード先生主導の下、希望者を対象に、森に入っての特別授業が開催されることになった。
スチュアートとデリックの二人も、当然参加する。
狩猟で得た獲物は、その場で捌いて調理することが出来る。
とはいえ、獲物を狩ることと獲物を捌くことは、また別の技術。
流石に学生達に捌くのは難しいだろうと、そこは先生達がやってくれるようだ。
「大物を捕ってくるからな!」
「調理はよろしくね」
なんて意気揚々と森に向かう二人を見送って、私はキャロルと二人のんびりと自由時間。
「狩り、上手く行くと思う?」
「どうだろうね。夜ご飯が豪華になるといいけど」
私達はキャロルの誘いで、のんびりと野山を散策していた。
キャロルの手には、野草事典がある。
「最近、国外からも色々な商品が入ってくるようになったから。興味があって、色々調べてたんだ」
そう言いながら、茂みに視線を落とす。
「調べても、うちの領地だとあまり実物を見ることがなくって」
「そうだよね」
海に面したデイヴィス領にも野草くらいは生えているだろうが、伯爵邸は海からそう遠くないところに位置している。
山岳物に生えている野草を直接目にする機会は、あまり無いのだろう。
少し歩けばヨモギやオオバコなど、日本でもおなじみの野草を発見出来た。
この世界、案外元の世界と近いのかもしれない。
「あ、ルーシー。この草、食べられるみたい」
「どれどれ」
キャロルが見付けた野草を手がかりに、二人で事典を覗き込む。
「これかな?」
「クレソンかぁ。二人が大物を捕ってきてくれたら、ステーキの付け合わせによさそうだね」
「わ、楽しみ!」
野草は何も食べられるものばかりではない。
「この大きな葉っぱ、腫れたところに貼ると腫れと痛みが治まるんだって」
なるほど、湿布みたいなものか。
前世の日本ほど医学が発展していない分、こういった民間療法が重宝されるのだろう。
「せっかくだから、食べられる野草を色々探して夜ご飯を豪華にしちゃおう」
「そうだね、二人を驚かせないと」
なんて張り切って、事典とにらめっこしながら野草摘みに精を出す。
戻ってきたスチュアートとデリックが二人で協力して子鹿を仕留めたと聞いて、逆にこちらの方が驚いたのだが、それはそれで良いハプニングだ。
今日は子鹿のステーキだ~なんて皆でウキウキしながら、皆で夕飯の仕度に取りかかる。
先生達に獲物を捌いてもらう間、先に他のおかずを仕込むことにした。
「すげぇ、なんだこれ。草がいっぱい」
「ルーシーと二人で摘んできたのよ」
笑顔で説明するキャロルとは対照的に、野草の山を見たデリックは苦い表情を浮かべている。
昨日スープをよそう時、さりげなく野菜よりもお肉を多めにしていたものね。
きっと野菜の類があまり好きではないんだろう。
ちゃんと食べないと、大きくなれないぞ少年。
その点、スチュアートは野菜もお肉ももりもり食べていた。
とても健康的でよろしい。
なんて、今世の私も同い年なんだけどね。
つい年上みたいな目線になってしまう。
「昨日と同じスープでいいかなぁ」
「いいと思うよ。あれ、美味しかったし」
「なら、また作るか~」
四人で手分けをすれば、夕飯の仕度もスムーズだ。
予想外に、スチュアートもデリックも器用に包丁を使っていた。
皆で野菜を切って、鍋でコトコト煮込む。
「そろそろ肉の準備、出来たかなぁ?」
鍋を掻き回しながら、デリックが呟く。
野菜たっぷりのスープより、やはり自分達で仕留めた子鹿肉ステーキが食べたいようだ。
「私、見てくるね」
キャロルがそう言って、軽い足取りで広場へと向かう。
我々の班は、一年Sクラスの二班。
無事に捌き終わっていたなら、クラスと班が書かれた札が貼られて、広場に置かれていることだろう。
お肉が到着する前に、採ってきた野草を並べて辞典と照らし合わせる。
鹿肉があるなら、付け合わせどころか香草焼きでも良いかもしれない。
自分達で仕留めた獲物を、自分達で採った香草で焼き上げる。
なんて贅沢だろう。
「は~、腹減った」
「スープならもう食べられるぞ」
「スープより肉が食べたいんだよ、肉が」
男子二人の会話に笑いながら、のんびりとキャロルを待つ。
子鹿肉、私も楽しみだな~。
どうせなら、捌く前も見ておくんだったな。
二人の戦果を見逃してしまった。勿体ない。
焚き火で煮込んでいるスープの蓋が、時折コトコトと音を立てる。
森のあちこちから、調理をしているらしい他班の生徒達の悲鳴が上がっていた。
今日の食事作りも、大変みたいだ。
他人事みたいに考えながら、ただ時間だけが流れていく。
「……ねぇ」
「おかしい、よな。やっぱり」
「うん……」
誰からともなく、口を開く。
スチュアートとデリックも、同じことを考えていたのだろう。
「……キャロル、遅くない?」
広場に向かったはずのキャロルは、スープが柔らかく煮込まれた今になっても、いまだ戻っては来なかった。









