39:合宿初日
いよいよ始まりました、二泊三日の林間合宿!
要は山でのキャンプなんだけど、この世界の山は危険な動物が多数棲息している。
騎士科の生徒にとっては、他生徒達を守る為の訓練の場でもある。
当然先生達も付き添い、生徒の安全には万全の注意を払っている。
決して一人にはならないように。
山中には崖などの危険区域があるから、広場からあまり離れないように。
何かあればすぐに先生方に呼ぶように。
などなど、諸々の注意事項を耳が痛くなるほど聞かされての初日。
数日続いた雨が嘘のように晴れて、合宿当日の朝は爽やかな青空が広がっていた。
いやー、山の空気はいいね!
海も楽しいけど、山もまた格別。
緑の木々が目を楽しませ、爽やかな風が疲れを忘れさせてくれる。
何より、班別行動というのが気楽で良い!!
王太子殿下とも、クワイン令嬢とその取り巻きとも、顔を合わせなくて済む。
この気楽さが何より有難い。
朝も早い時間にアカデミーを出発し、皆で登山。
お弁当を食べて午後には目的地に到着、そこからテントを設置して班ごとの活動が始まる。
「なぁなぁ、飯の準備はどうするんだ?」
「こっちでするから、二人はテントの設営をしてくれるー?」
「りょーかいっ」
「僕火魔法が使えるから、先に種火だけ付けておくよ」
「たすかるー!」
真面目なスチュアートも、軽いノリのデリックも、二人ともとても話しやすい。
この二人とキャロルだけで二泊三日のんびり出来るなんて、夢のようだ。
「あんなこと言って、ルーシーご飯は作れるの?」
「どうにかなるって」
不安そうなキャロルに笑顔を見せて、簡易テーブルの上で野菜を刻み始める。
テーブルなどもあらかじめ置かれていて、気分はキャンプ場だ。
食材は事前に自分達で注文しておいた物が、広場に届けられている。
番号札が貼られた食材を自分達のテントまで持っていって、各自調理開始。
二泊三日の短い合宿なので、主食は全て黒パンとして、スープなどの温かい物だけ現地で作ることにした。
毎年恒例の林間合宿だが、貴族ばかりのアカデミーでは、この自炊作業が最も大変だと言われている。
大変な思いをするのは、生徒ではない。
指導する側の先生達だ。
なにせ、貴族は自分で厨房に立つことは無い。
火を扱うのは勿論、包丁さえ持ったことのない生徒がほとんどだ。
そういう点では、平民出身の生徒が多い今年の一年生はまだマシな方なのかもしれない。
鼻歌交じりに野菜を刻む。
こう見えても、日本で暮らしていた時は自分で料理を作っていたのだ。
スープを作ろうにも顆粒出汁やスープの素が無いから、油を熱した鍋で最初に鶏肉を炒め、肉から出た油でスープの味に深みを持たせる作戦だ。
スープの素は無くたって、ローリエなどの香草はこの世界でも採れるんだよね。
人参、キャベツに玉葱と、野菜を炒めた後に水とローリエの葉を入れて、コトコト煮込む。
後は塩胡椒で味を調えれば、簡単スープのできあがりってわけ。
「え……ルーシー、手慣れてない?」
「よくベヘモットと一緒に作っていたからね」
ティアニー家の料理人ベヘモットのことはキャロルも知っているので、そういうことにしておこう。
「ごめん、私、何も出来なくって……」
「それならキャロル、パンに切れ目を入れて、そこにレタスを挟んでくれる?」
申し訳なさそうなキャロルに、仕事をお願いしてみる。
簡単な内容でも、作業を割り振れば少しでもキャロルの申し訳なさが軽減されるかもしれない。
「こんな感じ?」
「そうそう、他のもどんどんやっちゃって!」
その間に、スープの鍋に腸詰めを投入。
火が通るのを待つ間に、持参した自家製トマトソースを取り出す。
茹で上がった腸詰めをレタスと一緒にパンに挟んで、トマトソースを掛けたら、シンプルなホットドッグの完成だ。
「えっ、なにこれすごっっ」
「これ、本当に二人が作ったのか……?」
スチュアートとデリックがテント設営を終えて戻ってきた頃には、皿の上にホットドッグが並んでいた。
後はスープが柔らかく煮上がるのを待つばかりだ。
「へへー」
「ルーシーが教えてくれたんだよ」
茹で上がった腸詰めをホットドッグに挟むキャロルは、どこか誇らしげだ。
こんな簡単な料理で喜んでもらえるなら、何よりです。
ホットドッグのソーセージは茹でるより、こんがり焼いた方が個人的には好みなんだけどね。
フライパンと鍋を両方使うと洗い物が増えるというのと、腸詰めを煮込むことで、肉とスパイスの味が染みだしてスープが美味しくなるのだ。
まぁ、茹でても焼いてもどちらも美味しいということで。
他の班は料理に悪戦苦闘しているようで、時折悲鳴混じりの声が聞こえてくる。
ひょっとして、あちこちでダークマターが量産されていたりするのだろうか。
あまり考えたくないな……。
「うん、美味い!」
「美味しいよ、ルーシー」
ぷりっぷりのソーセージを挟んだホットドッグも、鶏肉とソーセージの出汁で煮込まれたスープもどちらも好評で、たっぷりと作ったつもりなのに、どんどん皿が空になっていく。
「林間合宿でこんな美味いもんが食えるとは思わなかったぜ!」
「本当に、すごく美味しいです」
「良かったぁ」
男子二人の嬉しそうな様子に、ふぅと胸を撫で下ろす。
「ティアニー嬢がこんなに料理上手だとは思わなかった」
「ああ、俺達は運がいい」
皆の褒め言葉が、なんとも照れくさい。
料理上手って、貴族令嬢に対しては普通は褒め言葉にはならないんだけどね。
「この班は、どうだ。ちゃんと食べられているか?」
茂みがガサリと揺れて、担任のダンフォード先生が姿を現す。
どうやら各班の様子を見て回っているらしい。
「先生もお一つ如何ですか?」
「いいのか? それなら」
ホットドッグの皿を差し出すと、ダンフォード先生は興味津々と言った様子で腸詰めを挟んだ黒パンを手に取った。
「……うまっ」
口に運んだ瞬間零れた言葉に、笑顔になる。
作り手としては、こういう素のリアクションをいただけるのが一番嬉しいよね。
「良かったら、こちらもどうぞ」
空の皿にスープをよそい、ダンフォード先生に差し出す。
「あ、ああ。いただこう」
そちらも物凄い勢いで完食して、あっという間に皿が空になった。
「ふー、ごちそうさまでした」
結局ダンフォード先生は、ホットドッグとスープをペロリと平らげた。
「先生達は夕食はまだなんですか?」
「それが、他の班はとてもまともな料理が作れていなくてなぁ……先生達があちこちで手を貸して、ようやくなんとかって状態だったんだ」
なるほど。他の班の調理が終わっていないから、自分達のご飯は後回しにしていた訳か。
毎年自炊が一番大変と言われているだけはある。
「お疲れ様です」
「いやいや、美味かった。有難うな」
さて次に行くかと椅子から立ち上がったダンフォード先生に、ふと思い立って声を掛ける。
「そうだ、ダンフォード先生。ちょっと待ってて貰えますか?」
「うん?」
空いた皿の上にホットドッグを二つ乗せて、ダンフォード先生に手渡す。
「これ、ティアニー先生に渡して貰えませんか。ちゃんと食べているなら良いんですけど、そうとは限りませんし……」
「ティアニー先生に? ああ、なるほど」
最初はきょとんとした表情を浮かべたダンフォード先生だが、すぐに私とティアニー先生――お兄様の関係を思い出したのだろう。
なるほどと頷いて、皿を受け取ってくれた。
ダンフォード先生がお腹を空かせているなら、お兄様も何も食べられていないかもしれない。
一人だけに差し入れをするのは気が引けるが、そこは兄妹だからと大目に見てもらおう。
「分かった、渡しておこう」
「はい、よろしくお願いします」
お兄様は二年生クラスの副担任を勤めている。
二年生がテントを設営する区画は少し離れているから、広場に戻るであろうダンフォード先生にお願いすることにした。
夕食後の片付けが終わったら、皆で焚き火を囲んでトランプ三昧。
たっぷり遊んで、キャロルと二人就寝の為にテントに入る頃には、夜空いっぱいに星空が広がっていた。









