38:いざ、林間合宿!
どうも。
猫の召喚術士です。
なんて、こんな挨拶が滑らない鉄板ネタみたいになってきました。
言われるのよ、あの召喚儀式以来。
「あ、猫の人だ」って、知らない生徒からもすれ違い様に聞こえてくる始末。
召喚獣としての地位を得たバールは、これ幸いとアカデミーにも我が物顔で出入りするようになった。
首元に結んだ赤いリボンを見れば、飼い猫だって分かるからね。
野良猫扱いされて追い払われる心配も無い。
意外だったのは、終始仏頂面で生真面目な印象のあったダンフォード先生。
どうやら彼は、部類の猫好きらしい。
人目の無いところでは猫のバールに猫語で声を掛けたり、餌をあげたりしている。
遭遇すると、物凄く気まずい。
いや、微笑ましいのよ。
微笑ましい光景なんだけどね。
いつもは真面目な先生の、意外な一面を見てしまった……。
そんなこんなで、アカデミーで毎日平穏に暮らしております。
……表向きは。
お兄様の研究室で昼食をとるようになって以来、王太子殿下に探されることもなくなって平和になったと思っていたのだけど、どうもそうでは無いみたいなのよね。
王太子殿下は女性達に付き纏われるのを嫌がって、男子生徒達と一緒に昼食をとるようになった。
まぁ、それはそれで良いんじゃない。
アカデミーに居る男子生徒は、その大半が貴族家の令息。
将来国を支える彼等と交流を持つことは、悪くない。
面白く無いのは、殿下に相手をされなくなった女生徒達の方よね。
殿下が一緒に食べてくれないものだから、彼女達は彼女達でつるむようになった。
その不満の矛先はと言えば――ライオネル殿下が妙な執着を見せていた、私になってしまう訳だ。
あーもう。
本当王太子殿下に関わると、ろくなことが無い。
別に私は王太子妃の座とかどうでもいい訳よ。
こっちが潔く身を引いている、むしろ全力で逃げ出しているんだから、実力で仕留めてよね。
この状態でなんで私が悪く言われなきゃいけないのか、さっぱり分からないわ。
集まって話をする中で、誰かつるし上げる相手が欲しいのでしょう。
とはいえ、こちらは公爵家の令嬢。
下手なことをすれば、向こうの身が危うくなる。
アカデミーには私の保護者であるお兄様もいらっしゃるからね。
何かあれば、すぐ公爵家の耳に入ると思って間違い無い。
彼女達に出来ることと言えば、せいぜい睨み付けたり、陰口を叩いたり、ノートや教科書など小物を隠そうとするくらい。
それがまた、どれだけ小物を隠しても猫のバールが見付けてくるものだから、とても気まずい。
いくらアカデミーが毎日清掃をして、結界魔法で清潔な状態を保っているとはいえ、蝿の一匹くらい舞い込んでも誰も不思議には思わないわけで。
ゼフの眷属である蝿から、逐一バールに報告が入るのよ。
どれだけ悪巧みをしようが、全部私には筒抜けってわけ。
嫌がらせの為に開催したお茶会とか、わざと花瓶が倒れてくるように仕向けた罠スポットとか、全て華麗に回避しているのだから、そろそろ諦めてくれないかしら。
嫌がらせの大半は、同じクラスの迷い子候補であるフィリス・クワイン伯爵令嬢と、その取り巻きである大店フィアロン商会の一人娘レジーナ嬢によるもの。
二人ともクラスメイトなんだから、仲良くとまでは言わずとも、あまりギスギスしたくは無いんだけどなぁ。
向こうからそんな態度を取ってくるんじゃ、仕方ないよね。
自然と、こちらからも声を掛けず、距離をとってしまう。
そんな訳で、相変わらずキャロル以外にお友達は無し。
キャロルにべったりな学泉生活を送っております。
いいのよ、私とキャロルの仲なんだから!
そんな中、生徒達の交流を目的とした林間合宿が開催されることになった。
森の中での二泊三日、テントの設営も食事の仕度も全部自分達で行うらしい。
この世界、王都近くの森とはいえモンスターが出る可能性は普通にある。
生徒達の修練と実戦経験も兼ねているのかもしれない。
Sクラスの生徒は、全部で十八人。
四つの班に分かれて、林間合宿に向かうことになった。
班は男女混成。
二人で一つのテントを使うので、テントさえ男女別に分かれていればそれで良いらしい。
王太子殿下がどの班に入るかで一悶着あったのは、言うまでも無い。
見事クワイン伯爵令嬢が当たりくじを引き当てていた。流石だ。
私の班は同じテントで寝泊まりするキャロル以外に男子生徒が二人の、計四人の班になった。
「短い間だが、よろしく頼む」
「俺もよろしくっ!」
真面目に挨拶をしてきたのが、オローク伯爵家の三男スチュアートだ。
騎士を目指し、日々剣術の修行に打ち込んでいると聞く。
軽いノリで答えたのが、ブラニング男爵家の五男デリック。
男爵家の五男となれば、貴族と言っても名ばかりのものらしい。
彼はこのアカデミーで戦う術を身に付け、行く行くは冒険者になるのだと公言している。
いいなぁ、冒険者。
私も冒険者向きのスキルと言われたんだった。
貴族令嬢とはかけ離れた世界だけど、そんな生き方にも少し憧れるよね。
「ルシール・ティアニーよ。よろしくね」
「キャロル・デイヴィスです」
こちらも手短に挨拶をして、四人で笑顔を浮かべる。
どうやら彼等は女生徒達の噂話とか、態度とか、そんなのをちっとも気にしている風では無かった。
あー、良かった。
同じ班の子と気まずい空気になるのは、流石に嫌だものね。
色々と不安を抱えながらの、林間合宿。
ま、もし妙なことをされたとしても、どうとでもなるでしょ。
私にはバールが居るし、いざとなれば他の悪魔達もいつだって呼べるのだから。
そんな風に暢気に考えていたのが、いけなかった。
私はもっと、自分に――いや、自分達に向けられた悪意に敏感になるべきだったんだ。









