幕間:兄は頭を抱える
春になって、妹のルーシーがアカデミーに入学した。
今年の新入生は、少し特殊だ。
神託によって迷い子が居ることが告げられた為に、孤児院出身の平民が多く入学している。
アカデミーに入学するには、平民ではなかなか払えないような大金が必要になる。
平年ならばほとんどは貴族の子女で、ごく稀に商家の子息が入学してくるくらいだ。
それが、どうだ。
今年の新入生は、迷い子候補と見られる孤児院出身の女生徒が多い。
それぞれにあちこちの貴族家が後援に付いて、アカデミーで学ばせようとしている。
いや、学びよりももっと明確な目的があるのだろう。
それが王太子であるライオネル殿下だ。
実力が認められて迷い子と認定されれば、平民であっても王太子妃の座も夢では無い。
そうでなくとも、殿下に気に入られれば妾の座くらいは狙えるかもしれない。
そんな訳で、まぁ欲目に眩んだ平民女性がわんさかと押し寄せてきたわけだ。
そんな中に、ルーシーを一人通わせることが出来るだろうか。
出来る訳が無い。
俺がアカデミーに残ると言ったら、父上は呆れた顔をしていた。
反対こそされはしなかったものの、その目を見れば何が言いたいかはだいたい分かる。
ええい、何と思われようと放っておけるものか。
幼い頃の記憶が確かならば、おそらく迷い子はルーシーだ。
彼女が迷い子だとすれば、俺の不思議な記憶も、彼女の独創的なアイデアも、彼女の周りで起きる不可思議な出来事にも全て説明がつく。
もし彼女の特異性が知られれば、迷い子の座を射止めようとする連中にとっては邪魔な存在になるだろう。
そんな事態にだけは、なってほしくない。
幸いにして、魔力測定では優秀ではあるがずば抜けた結果では無かったようだ。
ただ、召喚術という珍しいスキルは、教師陣が興味を持つに十分なものだった。
魔術教師のエイリー先生が中心となって、召喚の儀式を試してみることになった。
人の妹で実験まがいのことをしないでほしいと抗議はしたのだが、好奇心に駆られた知識人ほど厄介な者は無い。
結局押し切られる形になって、授業の一環として召喚を試みた。
結果は、最悪だ。
現れたのは、公爵家では馴染みの顔――黒猫のバールだった。
だが、その登場の仕方がまずかった。
書物によれば、召喚陣の輝きは召喚獣の強さ――主に魔力と比例するのだと言う。
バールが召喚された際の輝きは、アカデミーの敷地外でも観測された程だった。
あの小さな黒猫が、果たしてどれほどの魔力を秘めているのか……俺でさえ、想像も付かない。
可哀想に、一番近くで召喚陣の輝きを目の当たりにしたエイリー先生は、腰を抜かしていた。
授業が終わった後、講堂に残った学園長先生が呟いた一言。
「儂は……魔王の降臨でも目撃してしまったのか……」
ここまで言われては、どう言い訳をしたものか。
「ルーシーの召喚獣は、ルーシー共々俺が面倒を見ます。どうかご心配なく」
そう言ったところで、あれほどの存在感を目の当たりにして、納得してくれるはずも無いだろう。
暫くはルーシーとバールに監視の目が集まるはずだ。
本人はただの黒猫が召喚されたことで、皆から馬鹿にされないかと心配している。
あの召喚陣の輝きを見て馬鹿に出来る奴は、よほどの考え無しだろう。
どう見たって、ただの黒猫では無いのは丸わかりだ。
ルーシーの純粋さ、素直さは利点でもあるが、ここまで鈍いと逆に心配になってくる。
やはり、俺が付いていてやらないと。
水面下で渦巻く害意の一滴も、ルーシーに気取らせてなるものか。
俺はこの為にアカデミーに残ったのだから。









