37:いざ、召喚術!
お兄様の教務室で昼食をとるようになってから、毎日平和そのものだ。
教室に戻る度に王太子殿下にジト目を向けられはするものの、そんなの気にしてはやっていられない。
私は私とキャロルの平穏が一番大事なのです。
「そう言えば、今日の午後はエイリー先生の授業だろう?」
お兄様が管理する研究室で、のんびりと昼食中。
サンドイッチをつまみながら、お兄様が聞いてきた。
「はい。魔法について、色々と習いたくて」
「せっかくだから、召喚術を試してみたいって言っていたぞ。エイリー先生も、召喚術のスキルが出たは初めてだそうだ」
エイリー先生というのは、魔術を指導してくださる先生の名前。
マージェリー・エイリー先生。
年齢不詳の眼鏡をかけたハーフエルフの女性だ。
「召喚術って、そんなに珍しいんですか?」
「俺も在学中に見たことはないな」
先生が見たこと無いのだから、そりゃお兄様も見たこと無いんだろう。
私からすると、普段悪魔と一緒に居る感じなのかな~って思っていたんだけど……もっと貴重なスキルなのかなぁ?
「ハーフエルフのエイリー先生が初めてって、凄いですね」
キャロルが感心したように呟く。
「召喚用の魔方陣とか、文言とか、色々調べていたな」
「そこまで気合いを入れなくても……」
お兄様が笑いながら教えてくれたことに、ちょっと引いてしまう。
目立たず地味に生きていきたい私としては、あまり注目を集めるようなことはしてほしくないんだよねぇ。
召喚術かぁ。
一体どんな魔物が現れるんだろう。
そして、午後の授業。
他の生徒達が並んで詠唱魔法を習う中、私はエイリー先生に呼ばれて、魔方陣の上に立っていた。
「本当に試すんですか?」
「ああ。大丈夫、多少の危険ならここに居る先生達がどうにかする!」
エイリー先生が眼鏡を持ち上げて、自信満々に答える。
この場にはエイリー先生とお兄様、担任のダンフォード先生に、学園長先生まで来ている。
ちょっと皆、授業はどうしたの。
生徒達もこちらの様子が気になるのか、チラチラと視線を投げかけている。
講堂に直接魔方陣を書く訳にはいかず、魔方陣はエイリー先生が用意してくれた。
大きめの布地に陣を描いて、床に敷いてある。
「本当に、いいんですね?」
「大丈夫と言っているだろう、さぁ、早く!!」
エイリー先生は目を爛々と輝かせている。
学園長先生も、エイリー先生ほどではないが興味津々と言った様子。
ダンフォード先生だけは、やれやれと言った感じだ。
彼は生徒に危険が及ばないよう、何が出てきても良いように剣を持って警戒してくれている。
そんな中、お兄様は無表情で魔方陣を見つめていた。
何が出てくるのか気になるのかなぁ。
それにしては、どこか警戒含みな気もするけど……。
まぁ、いいか。
ここまで言われて、やっぱり嫌ですとも言えない。
教わった通りに魔方陣に魔力を流し込むと、目映い光が世界を包み込んだ。
「え――…」
まるで光が爆発したみたいだ。
眩しくて、目が開けていられない。
この光は、果たしてどれだけの範囲を照らし出しているのだろう。
いやいや、おかしいよね。
魔力を流し込んだって言っても、そこまでのことはしていないよ。
どうしてこんなド派手なことになっているの。
慌てて光を掻き消そうと、魔力を制御する。
魔方陣に注ぎ込んだ魔力を、少しずつ押さえ込むイメージで。
講堂の中から、生徒達のパニックに陥った声が聞こえてくる。
ごめん、皆。今どうにかするから。
必死に光溢れる魔方陣を押さえ込もうと格闘していると、ようやく少しずつ視界が戻ってきた。
魔方陣の上には、小さな影。
その影が、のそりと歩み寄ってくる。
誰かが動く気配がした。
ダンフォード先生が、剣を構えて警戒しているみたい。
薄れ行く光の中、ゆっくりこちらに近付いてくる小さな影は――、
「ニャーン」
上機嫌そうに、一声鳴いた。
「え?」
のそりと歩く小さな姿は、どこか見覚えのあるもので……、
そう。ティアニー家のペットである、黒猫のバールだ。
「……猫?」
剣を構えて警戒していたダンフォード先生が、気の抜けた声を上げる。
バールはゴロゴロと喉を鳴らし、私の足下に擦り寄っている。
抱き上げれば、嗄れた鳴き声で再び鳴いた。
「猫……でしたね。はは、ははは……」
大山鳴動して鼠一匹ならぬ、魔方陣白熱して猫一匹。
何事かと見守っていた生徒達からは、安堵とも嘲笑とも付かぬ声が漏れていた。
いやー、どんな魔物が現れるかとちょっとビクビクしちゃったよ。
慣れ親しんだ子で良かった……と言うべきなのか、どうなのか。
でもバールって今でこそ黒猫の姿だけど、本当は大悪魔なんだよね。
地獄の大公爵様。
そう考えたら、なかなか凄い相手を召喚? したのではないでしょうか。
元々使役している相手なんだから、召喚と言って良いかどうかすら分からないけど。
「……あれ?」
ふと気付けば、エイリー先生が講堂の床にへたり込んでいた。
腰が抜けてしまったようで、動けずに居る。
「すみません、なんだかお騒がせして」
折良く終業を告げる鐘の音が響いたので、黒猫のバールを抱き上げて、そそくさと講堂を後にする。
学園長先生も呆然としていたけど、ま、呼び出したのは黒猫だし。
いざとなれば説明役のお兄様も居るから、大丈夫でしょ。
それにしても、なんでバールが召喚されたんだろう。
ひょっとしてスキルの召喚術って、私が元々持っている悪魔を使役する能力のことだったりするんだろうか。
元々珍しいスキルだという話だし、スキルって概念自体、地球出身の私には難しいや。









