36:もてる殿方は大変ですね
アカデミーでの新しい生活は、毎日楽しいと言えなくはない。
唯一何かと声を掛けてくる王太子殿下にだけは頭を悩ませているが、彼は彼ですぐ女生徒達に囲まれてしまうし、いざとなれば私はお兄様の研究室に逃げ込むことが出来る。
毎日決まった授業を受けて、キャロルと一緒にご飯を食べる。
こんな生活も、悪くない。
王立アカデミーには寮もあるが、大半の生徒は貴族子女の為、王都にある邸宅から通っている。
私もその一人だ。
最近は我がティアニー公爵邸を出発してキャロルの居るデイヴィス伯爵邸に立ち寄ってもらい、キャロルと一緒に登校する毎日だ。
本当、毎日楽しくやっているのよ。
王太子殿下さえ余計なちょっかいを掛けてこなければ!!
「ここに居たか、ルシール・ティアニー!」
「またですか、殿下……」
お昼休み、今日は天気が良いのでキャロルと二人で中庭のベンチに座ってお弁当を食べていた。
アカデミーには学食もあるが、お弁当を持ってきている生徒もそれなりに居る。
キャロルと二人、交互にそれぞれの家がお弁当作りを担当している。
自分の家の味をキャロルに紹介するのも楽しいが、デイヴィス家の料理人さんが作ってくれた料理を味わうのも、また楽しい。
そんな平和なお昼の一時を、貴方はぶち壊そうと言うのか!
「そう邪険にするな。僕はただ、お前とのんびり話したいだけで……」
「私は話などありませんわ。キャロルと二人、楽しく食事をしておりますの」
突っ慳貪に返しても、彼は引く様子を見せない。
なんでこんなにしつこいのかなぁ。
「私などの相手をせずとも、殿下には慕ってくださる方々が大勢いらっしゃるでしょうに」
「だからだよ。僕のことを利用しようとしない女は、お前くらいなものだ」
……なるほど。
散々言い寄られて、殿下も辟易としているのかもしれない。
「もてる殿方は大変ですね」
「他人事だと思って、この――」
「あら、殿下。こちらにいらっしゃったのですね」
声を荒らげる王太子殿下の後ろから、ストロベリーブロンドの髪を肩口で切り揃えた女性が現れる。
「このような失礼な女にお慈悲で声を掛ける必要はありません。さあ、あちらでご一緒しましょう」
「うっ……」
殿下の手を取り、中庭から校舎に戻ろうと引っ張っているのは、同じSクラスのクラスメイトであるフィリス・クワイン伯爵令嬢だ。
伯爵令嬢と言っても、彼女はクワイン伯爵の実子ではない。
孤児院に居た優秀な子供を、伯爵家が養子にしたのだ。
魔力測定でも、彼女は堂々のS判定だった。
表示されたスキルは、珍しい治癒能力。
稀少スキルと高い能力で、迷い子の筆頭候補と言われている。
そもそも、迷い子って誰が決めるのよ。
私が名乗り出ないのを良いことに、なんかもうしっちゃかめっちゃかになっている気がする。
王太子殿下が押し寄せる女性陣から逃げようとすればするほど、彼は色目を使わない私の元に逃げてくる。
何この悪循環。
そうして、私は女性達から睨まれるのだ。
今ではクワイン伯爵令嬢を始め、その取り巻き達からは酷く嫌われていた。
仮にもこちらは公爵家の令嬢だ、面と向かって嫌がらせをされるようなことは無い。
だが突き刺すような視線は常に感じるし、日が経つにつれて、彼女達からの敵意は増すばかりだ。
「面倒臭いなぁ、もう」
クワイン伯爵令嬢達に囲まれて校舎へと連行される王太子殿下の後ろ姿を眺めながら、自然とため息が零れる。
「大丈夫? ルーシー」
「うん。キャロルにも迷惑かけちゃって、ごめんね」
「迷惑だなんて、そんな。ルーシーが悪い訳じゃないもの」
キャロルはこう言ってくれるが、私を探しに来た王太子殿下に声を掛けられ、王太子殿下を探しに来た女生徒達に邪険にされて……なんて流れを、もう何度も繰り返している。
「ねぇ、キャロル。良かったら、明日からお兄様の研究室でお昼を食べない?」
「そうね……先生が迷惑で無いのなら」
お兄様は私と一緒だと、ひたすら私のことを構いたがる。
三人で居ると、キャロルに寂しい思いをさせてしまうかもしれないと思って、ずっと言い出せなかった。
でも、ここまで迷惑を掛けてしまうと、お兄様のところで一緒に食べた方が掛かる迷惑は少なく済むかもしれない。
どうせキャロルは私とお兄様のやりとりなんて、見慣れているしね。
今更気にしても仕方が無い。
「お兄様が嫌って言うと思う?」
「言う訳がないね」
私の言葉に、キャロルが笑みを零す。
「じゃ、決定!」
明日は我がティアニー家がお弁当を作る番だ。
お兄様の分も、一緒に用意してもらおうかな。
毎日女生徒達に迫られる殿下は本当にお気の毒だと思うけれど、私は自分達の平穏が何より大事なのです。
明日からは、堂々と避難させていただきます……!









