3:新しい家族
私は男性に拾われ、この世界の里親となる家族の元に預けられた。
後から知ったことだが、あの時に拾ってくれた男性こそ、神様に頼まれて力を貸してくれた地球の悪魔だったのだ。
蝿の王、ベルゼブブ。
あの時周囲を飛び回っていた蝿は、ただの蝿じゃなかったんだ。
いやー、良かった。
赤ん坊の姿じゃなかったら、きっと振り払っていたよね。
ベルゼブブは眷属の蝿を各地に放ち、私が暮らすに適した家を調査した。
そして選ばれたのが今の家族、ペンフォード王国のティアニー公爵家だ。
私が夜の森に放り出されたあの夜、ティアニー公爵家は悲しみに包まれていた。
身重な公爵夫人が産気付き、産婆と医師が呼ばれた。
地球ほど医学が発達していないこの世界で、出産は命懸けだ。
新しい命を生み出す為に夫人は懸命に戦ったが、結果は死産だった。
そこに生まれたばかりの赤ん坊を伴った灰髪の男性――ベルゼブブが現れたという訳だ。
私は死産となった子供に代わって、ティアニー公爵家の一員として育てられることになった。
目が覚めた時には、既にベビーベッドの中。
あまりにも自然に家族に囲まれていて、一瞬夢かと思ったくらいだ。
真実を知るのは、私の父となった公爵家当主リチャード・ティアニーただ一人。
他の家族と使用人達、産婆と医師には、記憶を改竄する魔法が掛けられている。
ティアニー公爵には、私が異世界から来た存在であると明かした。
ある程度こちらの素性を素直に明かした方が、信頼が得られるだろうとのベルゼブブの判断だ。
この世界には、異世界からの迷い子が稀に現れるらしい。
迷い子は神に導かれ、この世界に舞い降りた魂と言われている。
なーにが『神に導かれ』だ。
強引に拉致られて、しかも森に捨てられていたっての。
迷い子は神の祝福を受け、大いなる知恵と力を持つ存在だと言われているらしい。
祝福なんて、受けた覚えないんだけどなぁ。
知恵も力も持っていない、ごく普通のオタクです。
趣味はゲーム……って、この世界にはゲームも無いんだったぁ!
おのれ、せめて月末に発売する予定だった新作ゲームくらいプレイさせてくれても良かったじゃない。
特典付きの限定ボックスを予約済みだったのに。
この世界の神への不満は、募る一方だ。
もっとも、こんな話は屋敷の人達は勿論、公爵の前でも絶対に言えないけどね。
私が迷い子だと知ったティアニー公爵は、積極的に私を娘として受け入れてくれた。
素直に信じてもらえたのは、ベルゼブブの力によるところが大きい。
公爵以外の死産を知る人全員の記憶を捻じ曲げ、私を娘として受け入れさせた。
今ではティアニー公爵家の執事として働いている。
本人曰く「執事という立場が一番自由に動ける」とのことだが、その能力を公爵に売り込んで執事以上の仕事も得ているようだ。
なんでも私を受け入れてもらった御礼として、蝿の王としての力を用いて、諜報活動に協力をしているんだとか。
蝿の王による諜報活動って、無敵過ぎない?
ベルゼブブは自分が集めた情報を淡々と報告するのみだが、その情報の詳細さに公爵が時々引いているのを見てしまった。
「こんなことまで分かるのか……」という呟きが印象的だった。
ティアニー公爵が絶大過ぎる力を手に入れてしまった気がするけれど、まぁ、私の知ったことではない。
新しくお父さんになる人だから、ベルゼブブの力も存分に役立ててくれればと思います。
かくして、私はルシール・ティアニーとして生きていくことになった。
ティアニー公爵家には父であるリチャード以外に、優しく穏やかな母ウィレミナと、ちょっと気難しそうな兄ジェロームが居る。
まさか自分が貴族として育てられるなんて夢にも思わなかった。
正直、貴族の礼儀作法とかちゃんとできるか今から心配だけど、なんとかなる……よね?
貴族家なんてどこもドロドロとしていそうだけど、ベルゼブブが選んだってことは、少なくとも悪い家族ではないのだろう。
恵まれた生活なんて望みません。
せめて家族仲良く、平穏無事に生きていけたらいいなぁ、なんて……贅沢でしょうか。









