34:前途多難
「殿下だわ……!」
「王太子殿下!!」
女性達がうっとりとした声を上げる。
視線の先、講堂の入り口には手を上げ皆の声援に応える姿――王太子のライオネル殿下が居た。
金髪の王子様然とした容姿、気取って歩く様は見られることに慣れているのだろう。
相変わらずのナルシストっぷり……いや、王子様らしい王子様と言っておこう。
そう。王太子殿下も同い年なので、同じ年にアカデミーに入学する。
正直、面倒臭い。
幼い頃の婚約騒動以来、私は彼に良いイメージを持てないのだ。
まぁ、いいか。
同学年だからといって、親しく付き合わなければいけないことは無い。
関わらないように、適当に過ごしていれば良いのだ。
講堂中の女生徒が殿下に視線を向ける中、私は一人視線を外し、窓から外を眺める。
ああ、今日はいい天気だなぁ。
こうしている間にも殿下は講堂中央の通路を歩いて、最前列に用意されている席へと向かっていることだろう。
私は前から二列目の、中央の開けた通路からは遠い窓際の席に座っているから、流石に気付かれはしまい。
「おい、何をしているんだ」
……そう思っていた筈なのに。
気付けば殿下が私のすぐ前に立って、こちらを見下ろしている。
周囲がざわめく。
特に女性達の驚愕に満ちた声が、耳に痛い。
「何をしているも何も、入学式が始まるのを待っているんです」
「ほほう。わざわざ壁際を向いてか?」
「春ですからね。外の景色、特に花々が綺麗なんですよ」
「ここからは緑の木々しか見えないが?」
ああ言えばこう言う。
言うこと全てに反論される気がして、自然と頬が膨れてしまう。
「ふっ……相変わらずだな、お前は」
私の前に立つ殿下が、ふと笑みを零す。
昔よりも、柔らかな笑顔。
彼は彼なりに成長しているのだろうか。
でも“お前”呼びは変わらずなのね。
偉そうな口を利いてー!
いや、確かに偉いんだけど!!
この国の王太子なんだけど!!
「王太子殿下もお変わりなく」
「変わらないように見えるか? これでもかなり成長したと思うんだがな」
確かに、十四歳になった王太子殿下は小生意気な美少年から、スラリとした美形になっていた。
自分が大好きそうなところは、相変わらずね。
ま、王太子としてチヤホヤされて育てば、そりゃ自意識過剰にもなるか。
「健やかで何よりです」
一言だけ返して、再びふいと視線を逸らす。
そろそろ入学式が始まるのよ。
貴方が最後の入場なの。
王太子殿下の入場を待って、式が始まる手筈なんでしょうね。
その王太子殿下が一向に席に着いてくれないものだから、係の人達が困っている。
流石に王太子に注意を促す猛者は、一人も居ないようだ。
「お前くらいだ、僕を避けようとするのは」
「別に避けている訳ではありません。ただ、極力関わり合いになりたくないだけです」
「それを避けているって言うんだ」
くすくすと笑う王太子殿下は、なぜだか楽しそうだ。
私だって特定の誰かを意図的に避けるなんて行為は、したくない。
したくはないのだけれど、貴方と絡むと人の目が怖いから仕方が無いのよ!!
今だって、女生徒達がまるで親の敵かのように私を睨み付けている。
怖いったらありゃしない。
「殿下、さっさと席に着いてください」
おぉっと、王太子殿下に物申せる猛者が居た!?
……と思ったら、お兄様じゃないの。
そうよね、筆頭公爵家の嫡男で王家とも縁戚にあたるお兄様なら、王太子殿下も無視は出来ない。
ひょっとしたら学園長先生はこれを見越して、王太子殿下の居る間だけお兄様にヘルプを頼んだのかもしれないわね。
とはいえ「さっさと席に着いてください」は失礼な発言だ。
周囲はざわついたが、お兄様も王太子殿下も気にした様子は無い。
「ジェロームか」
「ここでは先生と呼ぶように」
邪魔が入ったとばかりに、殿下が肩を竦める。
「わざわざ妹の為にアカデミーに残るとは、お前も相当だな」
「お褒めに預かり、恐縮です」
褒めてない。
お兄様、それ、褒められてないから。
何はともあれ、お兄様に促されたことで、ようやく殿下は自分の席に向かう気になったようだ。
去り際にこちらを向いて、軽く片目を瞑る。
「じゃ、また後でな、ルシール」
気障ったらしい所作に、周囲から黄色い歓声が上がる。
え、何これ。
皆あれを見て格好いいと思っているの?
冷めた目の私以外、唯一お兄様だけが憎々しげに王太子殿下の後ろ姿を睨み付けている。
塩でも撒きそうな勢いね。
はー、入学式が始まる前から、こんなに疲れるとは思わなかった。
入学式のお偉いさん方の話も、何も頭に入ってこない。
せっかく王太子殿下の婚約者の座から逃げられたはずだったのになぁ。
当人がわざわざ声を掛けてくるなんて、予想外過ぎるでしょ。
今はとにかく、こちらを睨み付けてくる女生徒達の視線から逃げ出したいです。
ああ、私の平和な学園生活を返して……!









