33:入学早々、知った顔
大恐慌とタウナー王国との戦から、早二年。
タウナー王国はウィンストン王子を後継者として、現王権が今後も国を治めていくことになった。
当然、そこにはペンフォード王国の関与が多分に含まれる訳だが、そこは私の知るところではない。
難しい話は全てお父様にお任せして、私は春から王都での生活が始まる。
そう、ペンフォード王国の貴族は十四歳になると三年間王都のアカデミーに通って、貴族としての知識を身に付けることが義務づけられている。
三歳年上のお兄様とは、丁度入れ違いでアカデミーに入学することになる。
寂しくないと言えば嘘になるが、仕方が無い。
幸いにしてアカデミーの同期にはキャロルも居るし、お友達ゼロでのぼっち生活は免れるはず。
なーんて思っていた時期が、私にもありました。
「え……どうして……」
春を迎え、真新しい制服に身を包んでの入学式。
新入生達を出迎える教師陣の列に、なぜか見覚えのある姿が並んでいた。
「ほら、早く講堂に向かいなさい。入学式に遅刻するぞ」
悪戯っぽい笑みは、私の驚いた顔を見てしてやったりと思っているのだろう。
「あ、あの……なんで、お兄様が……?」
「決まっている。今日から教師としてここで教鞭を執ることになったんだ」
そう。
校門を潜った先で生徒達を出迎え、女生徒の目を釘付けにしているのは、我が兄ジェローム・ティアニーだ。
「教鞭って、お兄様卒業したばかりでしょう!?」
「学園長に頼まれたのだから、仕方が無い」
アカデミーでの成績はかなり優秀だったと聞いてはいるが、それほどまでに優秀だったのでしょうか、我が兄は。
「流石はルーシーのお兄さんだよね……」
隣に居るキャロルが、苦笑いを浮かべている。
確かに、お兄様なら“私が入学を控えているから”という理由で、学園長先生の打診を受けた可能性が高い。
もし私が領地に居るなら、アカデミーに残ることなどせずに、ティアニー公爵領にすぐ戻ってきそうだ。
「教職に就くなど、公爵家はどうなさるおつもりですか」
「問題無い、三年間だけ引き受けると言ってある」
三年間って、まさに私の在学期間じゃない!
わざとなのか、それとも偶然なのか。
そんなだから、周囲からは妹にしか興味が無いんだ……みたいな目で見られてしまうのよ、お兄様。
ほら、今のキャロルの生温い視線を見てよ。
当の本人はそんな視線などまったく気にする様子は見せず、ニコニコ笑顔で私の頭を撫でている。
「お兄様、髪の毛が乱れてしまいます」
「あまり綺麗にしすぎたら目立つから、少しくらい乱れたくらいの方が良い」
「嫌ですよ、恥ずかしい」
「何が恥ずかしいものか。それくらいでは全然誤魔化せないと言うのに」
お兄様、本当に兄馬鹿が過ぎますわ。
肉親の欲目が強すぎます。
居並ぶ先生方は、微笑ましげにこちらを見つめている。
やめてください、恥ずかしい。
……いや、一人だけ呆れたような表情の先生が居た。
お兄様のすぐ隣に居る、長身で浅黒い肌をした先生だ。
前世で言うところの、体育会系な先生。
剣術の先生だろうか。
「ティアニー先生、そろそろ……」
私が困った様子なのを見て、そっとお兄様を窘めてくれる。
良い先生だ……。
「おっと、そうですね。ルーシー、また後でな」
そう言って最後に一際強く頭を撫でると、ようやくお兄様から解放された。
講堂に向かう道すがら、キャロルが乱れた髪を手直ししてくれる。
「もー、恥ずかしい……」
「いいじゃない、兄妹仲が良くて」
「全然良くないよー」
キャロルにとっては他人事だろうが、私はそうはいかない。
教師に依怙贔屓されているなんて理由でいじめられでもしたら、どうしてくれるのか。
まぁ、公爵家の令嬢をいじめようなんて度胸のある人は、早々居ないような気はするけど。
講堂に入れば、所狭しと新入生が並んでいた。
皆が皆、真新しい制服に身を包んでいる。
それにしても、予想していたよりも見知った顔は少ないようだ。
というより、知らない顔があまりに多い……?
幼い頃に参加したお茶会で見た顔は、ごくまばらに点在している。
それ以外、ほとんどが知らない相手だ。
奇妙なことに、男子生徒より女性生徒の人数の方がかなり多いようだ。
落ち着かない様子でそわそわとしている子も、少なくない。
貴族の令嬢ならばこういう場での姿勢、所作など習っている筈なのだけど……。
不思議に思いながら講堂の中を観察していると、入り口の方から、突然ワッと歓声が上がった。









