31:戦と政治
「ハーヴィー兄様!!」
屋敷の門前で出迎えると、ハーヴィー兄様は軽やかに馬から降りて、私を抱き上げた。
「ただいま、ルーシー」
「お、お帰りなさいっ」
子供のように抱きかかえられて、少し恥ずかしい。
ハーヴィー兄様と同行した騎士達は、皆ニコニコと表情を綻ばせている。
目の前に居るのは私の大事な従兄のハーヴィー兄様であり、バールの下僕ハンニバルでもある。
一つの肉体に、二つの魂が宿った状態だ。
とはいえ、ハンニバルの魂は肉体から離れて久しい。
自我は薄れ、その精神性は精霊に近い状態になっているとバールは言っていた。
腕に抱えられたままで、じっとハーヴィーお兄様のヘーゼルブラウンの瞳を見つめる。
目が合うと、ふわりと相好が崩れた。
「大丈夫でしたか? お怪我はありませんか?」
「大丈夫。あの後は、怪我一つ負ってはいないよ」
矢継ぎ早に確認する私を笑うように、ハーヴィーお兄様が笑顔で答える。
その笑い声を遮るように、背後からわざとらしい咳払いの音が聞こえてきた。
「早馬を飛ばすより先に、君自身がこちらに来るとは……」
お父様だ。
私を抱き上げたハーヴィーお兄様を、なぜかジト目で見つめている。
「叔父上、公爵家の手勢をお貸しいただき、有難うございます」
「詳しい話は、中で聞こう。エディーも待っている」
「はい」
お父様に促されて屋敷に向かうハーヴィー兄様だが、私を抱き上げたままで下ろす素振りは見せない。
落ち着かなくてジタバタと藻掻けば、じっとしていなさいとばかりに抱え直される始末だ。
「ハーヴィー兄様、下ろしてください」
「どうして?」
私の言葉に、さらりと返す。
どうして。どうしてと来たか。
私からすれば、どうして抱き上げられているのかと聞きたいくらいなのだが……。
「もう私は子供ではありません」
「そうだね。立派なレディだ」
「分かっているなら……!」
門から屋敷までの石畳を歩く間中、笑い声が響く。
先を歩くお父様が、大きなため息を吐いていた。
「ジェロームが見たら、何と言うか……」
どうしてそこでジェロームお兄様の名前が出てくるのでしょう。
ハーヴィー兄様はハーヴィー兄様で、笑い声がピタリと止まるし。
「法的に認められる関係なだけ、うちの息子の方が有利だぞ」
伯父様に至っては、何の話をしているのか。
まったく、訳が分かりません。
魔の森で発生した大恐慌は、アビゴールのおかげで鎮圧完了した。
一部の残留部隊以外は、全て魔の森を引き払ってタウナー王国との国境――つまりはヒントン辺境伯領に向かっているという。
その中には戦を司る悪魔アビゴールも居る。
アビゴールと、ハンニバルの知識を得たハーヴィーお兄様。
この二人が居て、我がペンフォード王国の敗北は有り得ない。
お父様も同じことを考えているのだろう。
魔の森に集結した軍勢を動かすにあたって、既に陛下の許可は得ているのだと言う。
「お父様はタウナー王国と全面戦争に持ち込むおつもりですか?」
私の疑問に、お父様は悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「別に国を滅ぼそうという訳ではない。ただ、彼等には良き隣人であってほしいのだ」
「良き隣人……とは、我々にとって都合の良い隣人という意味ですか?」
私の皮肉にも、さらりと笑って返す。
「第一王子は愚鈍、第二王子は狡猾、第三王子は残虐。王妃から生まれた三人の王子は、皆王たる器では無い。そんな王に国を治められるのは、国民にとっても不幸なことだろう。そうは思わないかい?」
「ひょっとして――っ」
この地に来てすぐ、お父様は私にウィンストン王子について詳しく聞いてきた。
それも、全て意味があってのことなのか。
「妾腹ながらもう一人王子が居るという話は、元々知っていたのだ。他三人が話にならぬなら、その子を支持するしかあるまい」
ヒントン辺境伯領に到着してすぐ、ゼフの姿が見えなくなった。
きっと今頃方々で暗躍しているのだろう。
私にとっては優しい保護者であり、良き理解者であるお父様。
そんな彼も国の中枢を担う権力者であり、戦略に長けた政治家なのだと言うことを、改めて実感した。









