30:援軍到着
「さて、ルーシー。どうして君がここに居るのか、説明してもらおうか」
「ふぁい……」
領都ジャールの街にある、領主邸。
ヒントン辺境伯の屋敷に着いた私を待っていたのは、笑顔を顔面に張り付かせて青筋を浮かべたエディー伯父様だった。
笑顔なんだけど、口元がひくついている。
そのまま私のほっぺたをむにむにとして引っ張るものだから、頬が痛い。
「ごめんなさい、反省しています」
「当たり前だ、戦場がどれほど危険か少し考えれば分かるだろう」
伯父様が本気で怒っているのは、私の身を案じてくれているからこそだ。
それが分かっているから、なおのこと心が痛い。
「デイヴィス伯爵家からも、物凄い勢いで問い合わせが来ている。皆君のことを心配しているんだ」
「こんなお忙しい時にご迷惑をお掛けして、申し訳ございません……」
そうだ、ウィンストン王子の話を聞いて、キャロルの家を飛び出してきたんだった。
そりゃ、デイヴィス伯爵家は大騒ぎになるよね。
「謝る相手は、私ではない。分かるね?」
「はい」
伯父様の表情は真剣そのものだが、声音は優しい。
優しいからこそ、じわりと目頭が熱くなってくる。
伯父様の大きな掌でわしゃわしゃと撫でられると、抑えていたものが吹き零れてきそうだ。
「大事なお友達なのだな」
「はい……はい……」
「なら、ちゃんと謝りにいきなさい」
お説教されてボロボロ泣いてしまうなんて、まるで子供みたいだ。
いや、肉体は十二歳の子供で間違い無いのだが、前世の知識があって子供のように泣くとは思わなかった。
精神年齢も、肉体年齢に引っ張られるのだろうか。
相手が伯父様というのも、また涙腺が緩む理由の一つだったのだろう。
伯父様はお母様の兄で、私のことを幼い頃から良く知ってくれている相手だ。
気付けば、私は甘えるようにして伯父様の胸で泣きじゃくっていた。
「厳しい言葉は、これくらいにしておこうか。ルーシー、来てくれて有難う」
「そんな、御礼を言われるようなことは何も……」
私が顔を上げると、伯父様はゆっくりと首を横に振った。
「君が来てくれたから、ハーヴィーが意識を取り戻したと聞いている」
「伯父様……」
私が現れたことと、ハーヴィーお兄様が目覚めたことの関連性は、私とバールとハーヴィーお兄様しか知らないことだ。
でも、皆あれこれと憶測しているのだろうか。
「ハーヴィーのことだから、ルーシーに呼ばれたら地獄からでも舞い戻ってきそうだとは思っていたが……本当に、そうなるとは」
伯父様??? それは少し話が大袈裟過ぎやしませんか。
いやまぁ、実際に地獄の淵から蘇っては来たんだけど……呼び戻したんだけど……バールが。
ハーヴィーお兄様は再び軍の指揮を執れるほどに回復したとはいえ、国境の砦には今もタウナー王国の軍勢が押し寄せている。
砦への移動中に襲撃を受けたこともあり、私は少数の手勢で辺境伯領を離れることはせずに、援軍が来るまで伯父様の元で待機することになった。
とはいえ王国内多くの軍勢が大恐慌発生によって魔の森に向かっている今、すぐに援軍を手配出来る訳でもない。
すぐに動けたのは、兵力にも財力にも余裕のあるごく一部の家――我がティアニー公爵家くらいなものだ。
アビゴールは魔の森に向かっている。
ティアニー公爵家からの援軍は誰が率いているのだろう。
そんな素朴な疑問からジャールの街に到着した援軍を出迎えたのだが、見覚えのあるティアニー騎士団の意匠が並ぶその先頭に、般若が居た。
「ルーシー、デイヴィス伯に随分と迷惑を掛けたそうだな」
「お、お父様……!?」
そう。大勢の騎士達を率いて真っ先にヒントン辺境伯領に駆けつけたのは、ティアニー公爵であるお父様だった。
ヒントン辺境伯家は、お母様の実家。
お父様にとっても、放ってはおけない大事な家だ。
だからと言って、領地を預かる公爵本人が出征するとは予想外だった。
お父様の背後には珍しく鎧姿のゼフも控えていて、やれやれとばかりに肩を竦めている。
お父様が自ら援軍を率いて来たことに伯父様も驚いた様子だったが、お父様がお説教モードに入ると、苦笑混じりに助け船を出してくれた。
「私に言われて、もう十分に反省したよな。なぁ、ルーシー」
「まったく……兄上はルーシーに甘すぎます」
「可愛い姪っ子に甘くなるのは、仕方有るまい」
伯父様が声を上げて笑う。
お父様が到着したことで、これまでは戦術的な検討が主だった軍議が、戦略的な話し合いへと発展していったようだ。
特にお父様は私がデイヴィス領で出会ったウィンストン王子に興味があるようで、彼の話した内容、その様子などを事細かに聞いてきた。
見たことは全て話したものの、彼とそれほど長く一緒に居た訳ではない。
お父様は伯父様と話し合いを進める傍ら、ゼフに指示を出して細かく情報を集めているようだ。
国境の砦に押し寄せたタウナー王国軍が壊滅したとの報せが入ったのは、お父様が到着した翌々日のことだった。









