幕間:従兄の独白
私には二人の従弟妹がいた。
一人は、ティアニー公爵家の嫡男であるジェローム・ティアニー。
五歳年下だが長男らしくしっかりとした、責任感のある子供だ。
特に妹のことは気に掛けているのか、性別は違っていて一緒に遊ぶことはあまり無いようだったが、彼の視線はいつも妹を追いかけていた。
もう一人は、その妹であるルシール・ティアニー。
彼女は奇妙なほどに落ち着いた子供だった。
子供らしさが無いと言うべきか、我を殺すことを知っていて、子供らしい我が儘を言っているところなど一度も見たことが無い。
初めて会ったのは私が十一歳、ジェロームが六歳、ルーシーが三歳の頃だ。
まだ歩く様子も覚束ない幼子が、じっとこちらを見上げて言った言葉。
「はぁめまして、はーびぃにさま」
そのどこか舌っ足らずな様子に、その場に居た全員が悶絶した。
なんだこの可愛い生き物はというのが第一印象だった。
舌っ足らずな話し方もよたよたと歩く様子もどう見ても子供のものなのに、子供らしい我が儘は一切言わず、黙って大人の言うことを聞く。
ルーシーは子供らしさと子供らしからぬ落ち着きが同居した、不思議な女の子だった。
最後に会ったのは三年前で、私が十七歳、ルーシーが九歳の頃だった。
ふわりとしたレースで彩られたワンピースに身を包んだ姿は、幼くとも立派なレディだった。
普段辺境に居る私は、滅多に従弟妹達に会えない。
久しぶりに見る従妹が大きくなって、その成長を喜ぶ反面、戸惑いが溢れてくる。
「ご無沙汰しております、ハーヴィー兄様」
淑女然とした一礼に、こちらの方が慌てて挨拶を返す。
柄にもなくどぎまぎとしたのを、今でも覚えている。
子供の頃と同じ感覚で手を繋いだり、足下の悪いところでは抱き上げたり……そんな何気ない所作の中で、ふわりといい匂いが鼻を擽る。
落ち着け、相手は子供だ。
そう自分に言い聞かせながらも、心の臓が高鳴るのを抑えきれずにいた。
王都のアカデミーに戻ってからも、何かにつけてルーシーのことを思い出してしまう。
特に同い年の令嬢達に囲まれている時。
辺境伯家の長男である私は、治める領地が国境であることを除けば、優良物件と言われている。
私の妻となる女性は、確実に辺境伯家の女主人になるのだ。
だからだろうか、アカデミー在学中は貴族の令嬢達――特に辺境伯家との繋がりを求める下級貴族の令嬢に多く言い寄られていた。
我が家がティアニー公爵家と縁戚関係にあることも、女性達の勢いに拍車を掛けていたのかもしれない。
美しく成長したルーシーを見た後では、そんな女性達に取り囲まれても、欠片の興味さえ感じられない。
他者を押し退け、我先にと前に出てくる醜さ。
肌に纏わり付くような、甘ったるい匂い。
勝手にこちらの手を取っては、ベタベタと触りまくる下品な所作。
どれも心惹かれるどころか、ドン引きしてしまう毎日だ。
ルーシーにとって私は従兄だから、単に男として見られていないだけなのかもしれない。
それでも、彼女には生来の品の良さがある。
アカデミーで女性達に囲まれる度に、ルーシーのことを恋しく感じてしまうのだった。
長期休みで領地に戻れば、父からやれ恋人は出来たのかとか、誰ぞ良いご令嬢は居ないのかとせっつかれる。
当然そんな相手は居ないし、アカデミーで誰か決まった相手を探す気も無い。
その旨を父に伝えたところ、
「そうか。なら、やっぱりルーシーを嫁にもらうか」
などと言うものだから、思わず手にしたティーカップを取り落としてしまった。
「何を言うのですか、父上」
慌てて誤魔化したものの、父は私の取り乱した様子に声を上げて笑っていた。
そうだ。従兄妹同士なら、結婚は出来る。
公爵家と辺境伯家。
家の格差はあれど、元々親しい間柄でもあれば、反対されるほどではない。
ルーシーは幼い頃に王家から婚約の打診を受けそうになって、辟易していたと聞く。
あの子には王太子妃の座も、高位貴族の夫人という肩書きも、不要な物なのだ。
ただ慣れ親しんだ相手と、のんびり暮らしたい。
いつか私にそう語っていた。
私ならば、ルーシーの願いを叶えてやれるだろうか。
従兄の私であれば、ルーシーが気を使う必要は無い。
私も、ずっと彼女と一緒に居られる訳で――、
「どうだ、いい考えだと思わないか?」
気付けば、父がこちらを見て満面の笑みを浮かべていた。
コホンと一つ咳払いをして、緩んでいた表情を引き締める。
「全てはルーシー次第でしょう」
「そうだな。その点、他の奴等よりもお前はずっと良い位置に居る」
父は姪であるルーシーを、目の中に入れても痛くないほどに可愛がっている。
実の息子である私より、可愛がっているのではないかと思うほどだ。
私だってルーシーのような姪が居れば、ことあるごとに通い詰めて土産物で子供部屋をいっぱいにしていただろう。
なんだかんだで父はルーシーを政略結婚の駒に使ったり、くだらん男に嫁にやるくらいなら、私と一緒になってほしいのだ。
そうすることで我が家は安泰、自分もルーシーを可愛がることが出来る。
父の思惑は理解出来るし、それを煩わしいとは不思議と感じなかった。
他の女性との縁談を勧められた時など、あれほど億劫に感じてしまうのに。
おかしなものだ。
そんなルーシーとの関係が微妙に変化したのは、国境の砦に攻めてきたタウナー王国軍を迎撃に向かった後のこと。
待ち伏せに遭い、応戦している間に意識が途切れて――…気付けば、すぐ目の前に彼女が居た。
様々な知識が、一気に流れ込んできた。
私が知らない誰かの記憶。経験。
その中で地球という世界、悪魔という存在、そんな彼等と一緒にこの世界にやってきた少女のことを知った。
私が良く知る従妹は、血の繋がった従妹では無かった。
だが、私にとって――いや私達にとって、そんなのは些末事だ。
そのまま消える運命だった命を、この世界に繋ぎ止めてくれた。
ルーシーと悪魔バールは、いわば命の恩人なのだ。
可愛い従妹との関係性は、確かに変化した。
だが、それがどうだと言うのか。
私が彼女を大事に想い、そして彼女の傍に居たいと願っていることには、なんら変わりない。
親戚だから、兄貴分だからと見て見ぬふりをしていた気持ちに、今更ながらに気付かされた。
これからは事情を知る者として、より彼女の傍に居よう。
たとえ従兄妹という関係では無くなったとしても、彼女を想う心はより増すばかりなのだから――。









