27:無言の対面
――辺境伯様のご子息が、討ち死にした。
目の前に居る商人は、今確かにそう言った。
それは、つまり
従兄であるハーヴィーお兄様が、亡くなったということで……
「お嬢、大丈夫か!?」
気付けば、倒れそうになった身体を馬から降りたチェスターに支えられていた。
心臓がバクバクとうるさく鳴り続けている。
嫌だ。嘘だ。そんなはずはない。
ハーヴィーお兄様と最後に会ったのは、いつだったか。
私より八歳も年上の彼は、既に有能な騎士として、そして次期辺境伯としての頭角を現していた。
伯父様にとっては、たった一人の子供。
強くて逞しくて、そして優しい、自慢の従兄だった。
そんなハーヴィーお兄様が、なぜ。
「あくまで、噂だけどな」
顔色を悪くした私を心配してか、商人が付け足す。
「そんな状況だから、軍の士気も相当にヤバいらしくてな……なもんだから、皆こうして脱出しようとしているわけよ」
「情報、感謝する」
ショックで言葉を無くしてしまった私に代わってチェスターが商人に礼を言い、抱えられるようにして再び馬上の人となる。
無言のままの私を、黒猫のバールが心配そうに見上げていた。
「デイヴィス領に戻るべきか――…」
チェスターの呟きに、慌てて首を横に振る。
「このまま、砦まで馬を走らせて」
領都に入ろうとすれば、人の波に阻まれて大幅に時間を食うだろう。
だが、領都を迂回して直接砦まで馬を走らせるならそう時間はかからないはずだ。
「お嬢……」
「お願い。本当のことかどうか、確かめたいの」
本当に、従兄が命を落としたのか。
もしまだ無事ならば、彼を助けたい。
危機に瀕しているのなら、このまま放ってはおけない。
「ああもうっ、どうなっても知らねぇぞ!」
舌打ち混じりに、チェスターが馬に鞭を入れる。
本当にごめんね、チェスター。
公爵家に帰ったら、お父様に報告してボーナスを弾んでもらうようにするから……まかり間違っても、お説教されるようなことにはしないから。
だからお願い、もう少しだけ付き合ってほしいの。
高く聳える塀を迂回するようにして、砦へとひた走る。
砦に近付くにつれて、焼け焦げたような臭いが漂ってくる。
砦は兵士達が入り乱れ、怒号が飛び交っていた。
「弓兵、何をしている!?」
「矢の補充はまだか!!」
砦の向こう側、タウナー王国側にある門前では今も攻防が続いているようだ。
時折響いてくる大きな音は、鎚で門を破砕しようと打ち付けている音だろう。
そんな厳戒態勢の戦場に、十二歳の子供がやって来たのだ。
前線の兵士達は、皆私を目にするなり険しい顔をした。
「どうして子供がこんなところに居る!?」
「お前、何を考えているんだ!!」
彼等の矛先は、私ではなく私を連れてきたチェスターに向けられる。
皆私の顔を知らないのだろう。
チェスターを庇うようにして、彼等の前に歩み出る。
「ルシール・ティアニーです。我が従兄ハーヴィー・ヒントンはどこですか」
私の名前を聞いて、兵士達が顔を見合わせる。
ヒントン辺境伯家に属する者ならば、当然ティアニー公爵家との関係も知っているだろう。
皆が戸惑いの表情を浮かべる中、一人の騎士らしき男性が歩み出てきた。
「ここに居ては、いつお嬢様まで巻き込まれるか分かりません。どうか、安全な場所まで避難をお願いします」
「それより、ハーヴィーお兄様に会わせてください!!」
私の声に、騎士は沈痛な面持ちで目を伏せた。
嫌だ。そんな顔をされても、信じない。
ハーヴィーお兄様のお姿をこの目で見る迄は、絶対に諦めないんだから。
「……案内します」
騎士は諦めたようにため息を吐いて、私を連れて砦内を歩き始めた。
戦場にはあまりに場違いな、黒猫を抱えた十二歳の女の子という光景に、すれ違う兵士達が皆目を見開く。
しかし傍らを歩く騎士のおかげか、私に向かって何か言ってくる者は居ない。
皆、それだけの余裕も無いのかもしれない。
案内されたのは国境に長く続く塀のすぐ内側、負傷者がひしめく一角。
前線で負傷した兵士達を運び込んでいるのだろう、あちこちから怪我人のうめき声と、忙しく走り回る衛生兵の声が聞こえていた。
「こちらです」
負傷者達の合間を縫って、進んだ先。
救護所の中も、兵士達でごった返していた。
既に大勢の兵士達が傷付いていることに、唇を噛みしめる。
騎士が足を止めたのは、救護所の一番奥。
まるで外界から隔離されたかのように静まり返った一室だった。
無言のままで、騎士が扉を開く。
奥に促された気がして、バールを胸に抱いたまま、部屋の中に歩を進める。
暗く、じめっとした空気。
すぐにここは遺体を安置する為の場所なのだと気が付いた。
怪我人は多く出ているようだが、まだここに運び込まれた犠牲者はいないようだ。
――ただ一人を除いては。
「ハーヴィー……兄様……」
広い部屋に、一人分の敷布が置かれている。
その上に、まるで眠るように横たわる従兄の姿があった。









