22:海辺の洞窟
暗い洞窟内、チェスターが持つ松明が影を作る。
影が動くだけで、怯えた声を上げてしまいそうになる。
それほどまでに、静まり返った洞窟というのは不気味だ。
「ねぇ、ルーシー……本当に、こんなところに誰か住んでいるの?」
「そのはずなんだけど……」
キャロルが上げる不安そうな声にも、曖昧にしか答えられない。
それはそうだ、私だってレヴィヤタンが日頃どんな暮らしをしているかなんて詳しく知らない。
多分陸地よりも海の中に居る方が多いのではないだろうか。
公爵領を出るより先に、ゼフに頼んでレヴィヤタンの様子を見てもらえばよかったーなんて、今更思ったところで後の祭りだ。
真っ暗な中、松明の明かりだけが行く先を照らしている。
ぽたりと水滴が落ちただけで、声を上げて怯えてしまう。
でも、笑う者は誰も居ない。
皆、不気味に感じているのだ。
このじっとりとした暗闇を。
隣に居るキャロルの様子を横目で窺えば、黒猫のバールをぎゅっと抱きしめていた。
もふもふとした猫の温もりが、心を落ち着かせてくれるのだろう。
「これは……っ」
先頭を歩くチェスターの声が、僅かに震える。
逞しい身体ごしに前方を覗けば、奥へと続く道は三つに枝分かれしていた。
そのうち一つは緩やかに下っていて、水中に没しているようだ。
普段レヴィヤタンはここから入ってきているのだろうか。
チェスターが残る二本の道の先を照らすが、光が届く範囲はごく僅か。
真っ暗な道の先に何が待ち受けているか、こちらから窺い知ることは出来ない。
「あっ」
キャロルの小さな声に振り向くと、彼女の腕から黒猫が音もなく飛び降りた。
黒猫はこちらを振り向いて一声鳴くと、私達を促すようにゆっくりと中央の道を歩き始めた。
きっと、バールには正解の道が見えているのだろう。
でも、流石にチェスターとキャロルが居る前で喋る訳にはいかない。
だから、こうして猫のままで皆を誘導しているのだ。
「ついて行ってみましょう」
「大丈夫か……?」
私の言葉にチェスターは不安そうだったが、彼も正しい道を知っている訳ではない。
諦めたように息を吐いて、松明を手に中央の道へと進む。
黒猫のバールは私達の歩みを確認するように時折振り返りながら、迷うことなく暗闇を先導していった。
「ん……?」
最初に異変に気付いたのは、チェスターだ。
少し歩を早め、様子を確認しようと先を急ぐ。
彼が何に反応したか、私にもすぐに見えてきた。
道の前方に、微かな明かりが灯っている。
暗闇に押し潰されそうなほんの小さな明かりだけれど、確かに洞窟の中で揺らいでいた。
チェスターの後を追うように、私とキャロルも洞窟内を走る。
道の先は小部屋のようにぽっかりと広い空間が出来ていて、短くなった蝋燭の傍ら、敷かれた布団の上に包帯を巻いた黒髪の少年が横たわっていた。
「え、誰……?」
レヴィヤタンの塒に来たはずが、見ず知らずの少年を発見するとは思わなかった。
チェスターが少年の傍にしゃがみ込んで、その様子を確認する。
意識はないようだが、彼の胸は小さく上下していた。
「かなり酷い怪我をしているようだな……身体中、痣だらけだ」
チェスターの言葉に、キャロルが息を呑む。
「大丈夫、私の知っている人とは違う……のだけれど」
そう。私が探していた人物は、この少年ではない。
けど、なぜ少年がこんなところにいるのか。
レヴィヤタンはどこに行ったのか。
私にも、分からないことだらけだ。
「医師を呼んできた方が良いでしょうか」
「そうね……」
キャロルの言葉に頷きかけたその時。
「――――ッ!?」
私達が歩いてきた通路から影が飛び出してきて、長身のチェスターをあっという間に冷たい石の上に組み伏せた。









