19:ストッパー不在の生活
この世界での生活にも、すっかり慣れてきた。
赤子の頃に夜の森に放置された私ですが、この春でもう十二歳。
十二歳ですよ!!
前世の基準なら、小学校を卒業して中学校になろうかという頃。
迷い子が存在することを知って、国内外の情勢はざわついていた。
何でも、迷い子というのは有事の際に現れることが多いらしい。
今までにも魔王が降臨したり、疫病が大流行したり、そんな時に現れることが多かったんだとか。
凶事の前触れではないかと噂する人。
何が起きても神が遣わした迷い子が助けてくれるのだと盲信する人。
反応は様々だが、皆が迷い子が現れると信じて疑っていない。
それだけこの世界に“迷い子”という存在が強く根付いているのだろう。
最近ではすっかり隣国との関係が悪化している。
理由は簡単、迷い子が我が国に居ると知って孤児院を買収しようとしたり、時には孤児の幼子を攫おうとする輩が現れたからだ。
国王陛下が先に動いて、孤児院への手出しは取り締まることが出来た。
だが、子供の誘拐は後を絶たない。
迷い子が現れる時勢は、一つの国に限定されるものではない。
魔王の出現も、疫病も、大陸全土を揺るがす事態だ。
それだけに、どの国も自分のところで迷い子を囲いたいのだ。
露骨なところになると、孤児を攫って連れて行こうとする。
ペンフォード王国の隣に位置するタウナー王国の国王は、強引な手段を用いてでも自国を有利に持っていこうとするタイプらしい。
近年相次ぐ孤児の拉致事件、拉致未遂事件の裏にはタウナー王国が暗躍していると言われているが、いまだ証拠は掴めていない。
「お嬢様、おはようございます」
「んぅ……もう、朝ぁ……?」
聞き慣れた声で、意識が呼び覚まされる。
侍女のブレンダがカーテンを開ければ、窓の外から陽の光が差し込んできた。
朝どころか、既に昼に近いくらいの時間かもしれない。
「また夜更かしして研究室に籠もっていたんでしょう」
「別に籠もっていたってほどじゃないけどぉ……」
六歳の頃に王都まで旅行をした時に、私が一番痛感したこと。
この世界は移動が不便!
何より、メインの移動手段である馬車の乗り心地が悪い!!
という訳で、領地に戻ってきてすぐに悪魔のパイロンと一緒に馬車の改良に取り組んだんだよね。
パイロンは芸術と科学に通じた悪魔だ。
確か科学に詳しかった悪魔がいたよな~と思って呼び出してはみたものの、果たして馬車の改良が科学の分野なのかは今でもよく分かっていない。
まぁ本人が楽しんであれこれ取り組んでくれているから、万事OKってことで。
一見すればただの老人なパイロンだが、声が大きくて、とにかく元気だ。
馬車の改良はサスペンションを取り入れることで難なくこなし、その後もお父様の要望に応えて馬車以外にも公爵邸であれこれ実験と研究に取り組んでいる。
今では公爵邸の離れに研究室を設けて、毎日引き籠もっている。
最近は私のリクエストで、自転車を作れないか挑戦中。
その試作機第一号が、昨日ようやく完成したのだ!
最初は私以外に誰も乗れなくて、こんな乗り物を作ってどうするんだと言われたものだが、半日もしないうちに運動神経の良い護衛騎士のチェスターが乗り方をマスターしてからというもの、夜にはもう数人の騎士達が自由に乗りこなせるようになっていた。
コツを覚えれば皆勝手なもので、自分も欲しい欲しいとパイロンの研究室に詰めかけていた。
小柄な私だけでなく大柄な騎士達も乗れるようにサドルの位置を調整したり、大量生産の準備を進めたりと、あれこれ議論するうちにすっかり遅い時間になってしまった。
それと言うのも、いつもなら夜遅くになったらお兄様が止めに入ってくださっていたのが、最近はストッパー役不在になってしまったのだ。
そう、お兄様ももう十五歳。
アカデミーに通う為に、王都に滞在中なのだ。
寂しくないと言えば、嘘になる。
お兄様ときたら、六歳の頃に発生した婚約騒動以来、すっかり過保護になってしまった。
私の傍をなかなか離れたがらないのは勿論のこと、男性が近付いてくれば追い払い、誰かから誘いの手紙が届いただけでビリビリに破こうとする始末。
私は楽で良いんですけどね。
悪魔達とキャロル以外、どうせ仲の良い友達なんて居ない。
破かれて困る手紙なんて、そもそも存在しないのですよ。悲しいことに。
まぁそんな訳で、止めに入る人も居ないままつい夜更かしをして、昼近い時間になって侍女に起こされるという自堕落な生活を送っております。
毎日楽しいんだから仕方が無い。
「ブレンダ、お父様は今日屋敷にいらっしゃるかしら?」
パイロンが作ってくれた自転車、お父様にも見せてあげなくちゃ。
きっとお父様も気に入ってくださるはず。
「いらっしゃるにはいらっしゃいますが、何やらお忙しいようで……」
「そうなの?」
お父様が忙しいのは、いつものことだ。
なにせ公爵家の当主だからね。
領地を治めるトップでもあり、最近はマモン商会を通じて我が家にも大きな収入が入っている。
それらを全て一手に取り仕切ってくれているのだから、正直頭が上がらない。
「何か差し入れでも持っていこうかしら」
「そうですね。お喜びになると思いますよ」
と言うわけでベヘモットが焼いてくれたマドレーヌを手土産に、お父様の執務室を訪れたのでした。
「ああ、ルーシーか……」
「お父様、ちゃんと寝てらっしゃいますか???」
執務机に座って腕を組むお父様は、目の下に濃いクマをこしらえていた。
昼近くまで寝ていたのが申し訳なくなるくらい。
同じ屋敷の中にいるのだ、お父様がまともに寝れないくらい忙しいのなら、少しはお手伝いするべきだった。
「ああ、休める時に休んでいる。少々、厄介なことがあってな」
「厄介なこと……ですか?」
まだほんのりと温かいマドレーヌの入った籠を差し出せば、お父様が目を細めて手を伸ばす。
この分だと、食事もちゃんと食べられているのかどうか。
あまり無理はしないでほしいんだけどな。
「失礼します」
ノックの音に続き、ガチャリと扉が開く。
姿を現したのは、私と共にこの世界にやってきた悪魔の一人――今では騎士達の教育係を任されている戦の達人アビゴールだ。
「これは、お嬢様」
「ごきげんよう、アビゴール」
アビゴールは凜々しい騎士の姿をした悪魔だ。
屋敷に居る今でこそ騎士の平服を身に纏っているが、いざ戦場に立てば甲冑姿が実に凜々しい。
現在姿を現している悪魔の中でも、女性人気ナンバー1の悪魔と言えよう。
「ルーシー、また暫くアビゴールを借りるぞ」
「それは別に構いませんが……何か緊急事態ですか?」
「北方、魔の森で大恐慌の兆候が確認されたそうだ」
お父様の言葉に、思わず息を呑んだ。









