18:二人の兄貴分はどちらも過保護
クラーケンのおかわりを貰おうと皿を手に焼き網の前に向かおうとしたが、屈強な騎士達が屯していて、なかなか近付けない。
こういう時、六歳児は困るのですよ。
足下をちょろちょろしていても、なかなか気付かれない。
私が小さいのではない、皆が大きいのだ! と言ったところで、大人と子供の差は埋まるはずもない。
彼等はある意味では功労者だものね。
皆が美味しく食べているならそれで良しとするか~と、諦めて戻ろうとした時。
ひょいと、身体が浮き上がった。
「あれ?」
気付けば、私は青年の腕に抱きかかえられていた。
青年と言うには、あまりに若い。
少年らしいあどけなさを残した、発展途上の美貌。
「ハーヴィー兄様!」
「食べたいのなら取ってあげようか、ルーシー」
くすんだ金髪と、穏やかなヘーゼルブラウンの瞳。
騎士の鎧に身を包んだ様は少年らしさと逞しさの丁度中間、アンバランスな魅力さえ醸し出している。
彼はハーヴィー・ヒントン辺境伯令息。
ヒントン辺境伯家出身のお母様にとっては、実の甥。
私にとっては、八歳年上の従兄にあたる。
荒くれ者の多いヒントン辺境伯領の騎士達も、ハーヴィーお兄様が一緒となれば話は違う。
彼等から一目置かれているのは、決して辺境伯家の嫡男という身分だけではない。
騎士としての腕前でも、彼等の信頼を得ているのだ。
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます、ハーヴィー兄様」
皿の上に焼いた切り身をたっぷりと乗せてもらって、自然と笑顔になる。
ハーヴィー兄様もつられたように微笑んでは、手近な椅子に座ると、私を膝の上に抱きかかえた。
「熱いから、気をつけて食べるんだよ」
「はい!」
ハーヴィーお兄様はハーヴィーお兄様で、過保護なところがある。
八歳年上の彼は、現在十四歳。
気難しい年頃だろうに、小生意気な従妹の世話を嫌な顔一つせずに見てくれるのだから、有難い限りだ。
「美味しい?」
「はい」
私が食べる様子を、ハーヴィーお兄様は目を細めて見守ってくれている。
「ハーヴィーお兄様は、食べないのですか?」
「んー、それならルーシーが食べさせてくれるかい?」
なんと。
六歳の子供に食べさせてくれと来ましたか。
普通の子供なら、こういう時はお姉ちゃんぶって喜ぶところなのでしょうか。
「はい、あーん?」
白い身をフォークで刺して、差し出してみる。
「ん、あーん」
ハーヴィー兄様が口を開けた瞬間――、
「何をやっているんだ、ハーヴィー!!」
ジェロームお兄様の怒声が轟いた。
「え、お兄様……?」
振り返ると、顔を真っ赤にしたジェロームお兄様が立っていた。
私が戻らないから、心配して探しに来てくれたのかもしれない。
もしそうなら、ちょっと申し訳ないなぁ。
「何をやっているも何も、ルーシーと食事を楽しんでいるだけだが」
「楽しんでって、お前――!」
なおも声を荒らげるジェロームお兄様に、ハーヴィーお兄様が肩を竦める。
「なんだ、ルーシーは随分と大きくなったなぁ」
そこに、暢気な声が響いてきた。
ハーヴィーお兄様のお父様であり、ウィレミナお母様の実の兄である、エディー・ヒントン辺境伯様だ。
「伯父様!」
「おお、よしよし。二年ぶりくらいか?」
テーブルに皿とフォークを置いて、勢いよく伯父様に抱きつく。
ハーヴィーお兄様に良く似たエディー伯父様は、辺境を守る武人らしく屈強な騎士という出で立ちだ。
物語で見る騎士様! って感じがして、格好いいんだよね。
何より優しくて、面倒見が良い。
ただ、血の繋がった親戚ということで、子供扱いが激しいのが玉に瑕。
子供扱いも何も、実際に子供なんだけどさ。まだ。
「やっぱり女の子は可愛いなぁ」
私を抱き上げ、わしゃわしゃと撫でながらだらしのない表情を浮かべている。
エディー伯父様にとって、子供はハーヴィーお兄様だけだ。
女の子が欲しかったと思うからこそ、姪である私をこんなにも可愛がってくれているのかもしれない。
「ルーシーさえ嫌でなければ、息子のところに嫁に来てやってくれ」
エディー伯父様は、ことあるごとに嫁に来いと言う。
私、まだ六歳よ?
ハーヴィーお兄様は、もう十四歳よ??
こんなお子様に縁談なんて持ちかけても、ハーヴィーお兄様がお気の毒だと思うのだけれど。
「ダメです!!」
エディー伯父様の言葉に反発したのは、ジェロームお兄様だった。
伯父様の腕から私を奪い返すようにして抱きかかえると、二人から隠すように私を腕の中に抱きしめる。
「ルーシーは嫁にはやりません」
「そんなことを言ったって、女の子はどうせいつかは嫁に行くんだから……」
「ダメなものはダメです!!」
エディー伯父様の言葉に、ジェロームお兄様が声を荒らげる。
どこかで見た光景だなぁって思ったら、よくある父親みたいな感じになっているわ、お兄様。
ちょっと保護者視点が強すぎやしないかしら。
「二人とも、ルーシーを抜きにして何を熱くなっているんだ」
そんなジェロームお兄様とエディー伯父様の間に入ったのは、ハーヴィーお兄様だ。
落ち着いてゆったりとした彼の声に、安心感さえ覚えてしまう。
「全てはルーシー次第、だけど……」
ハーヴィーお兄様がこちらを覗き込もうとするのを邪魔するように、ジェロームお兄様が私を腕の中に抱き込む。
「いつでも、待っているからね」
そんな様子に苦笑しながら、ハーヴィーお兄様は爽やかな声で言い放った。
……ん?
それってつまり、ハーヴィーお兄様も満更ではないということなのでしょうか。
ま、まぁ、変なところから嫁を貰うよりは、元々従妹で気心の知れた私の方が楽というのはあるかもしれないけど……。
いや、ひょっとしてハーヴィーお兄様ったら、ジェロームお兄様を揶揄っているのかな?
すっかり警戒心を露わにしたジェロームお兄様は、まるで獰猛な犬のようにハーヴィーお兄様を威嚇していた。
……なんだか今日は、皆の視線がちょっと怖い。
クラーケンはもう倒されたのに、何か別の“戦い”が始まってしまったような……。
気のせい……だといいんだけどなぁ。
宴もたけなわ。
砂浜では焚き火の明かりが揺れていた。
漁師たちの笑い声、鉄板の上で跳ねる貝の音、そして遠くにかすかに聞こえる波の音――。
初めて来た時の寂れた様子が嘘みたいに、人々の顔には生気が満ちていた。
クラーケンの脅威が消えた港町に、初めて訪れた“平穏”があった。
きっと、これからデイヴィス領は大きく発展していくのだろう。
そんな未来を予見させる、賑やかな一時だった。









