2:捨てる神は神と思いたくもないが、拾う神は神様以上の存在です
ハッキリと言おう。
異界の神は、間違いなくクソである。
しかも、救いようのないタイプの。
おっと、失礼しました。
つい言葉が汚くなってしまった。
いや、でもそう言われても仕方が無いと思う。
異世界に転生しました。
夜の森に一人放り出されました。
今の私は、赤ん坊です。
ただ泣き叫ぶことしか出来ません。
この状態、詰んでいませんか?
ここからどうやって助かれと言うのか。
転生者とはいえ、赤ん坊は赤ん坊。
叫ぼうとしても喉からは掠れた泣き声しか出ないし、視界もぼやけて何もよく見えない。
起き上がろうとすると、手足が重く、まるで鉄の塊のように動かせない。
転生チートどころか、ガチもんの赤ん坊じゃないですかーやだー。
じんわりと、夜の寒さが染みてくる。
素っ裸ではないようだけど、私を包んでいるのはどうやら薄いおくるみ一枚だけ。
危険な夜の森で獰猛な動物達に食い殺されるか、それより先に凍死する未来しか見えない。
召喚するなら、もっとまともなところに召喚してよね!!
ラノベでよくある王城に召喚されるシーン。
あれって凄く良心的なんだな……ってしみじみ実感しました。
要らんわ、こんな実体験。
夜の森は不気味で、時折梟の鳴き声のようなものが聞こえてくる。
身体をもぞもぞと動かしても、茂みが揺れる程度。
赤ん坊の身体では、ぶーんと周囲を飛び回る蝿を払うことさえ出来ない。
ここで死んだら、身体に蛆が集って悲惨なことになるんだろうな……。
あああああ。
第二の人生、ろくなことがなかった。
異界の神とやらに文句たらたらの辞世の句でも詠んでやろうかと考えていると、ガサリと草木の揺れる音が聞こえてきた。
「…………」
私が動いた音ではない。
私以外の何かが動いた音。
凍死、餓死より食われて死ぬ方が先だったみたいだ。
どうしよう、どうせなら苦しまずに死ねる方が良かった。
凍死も餓死も辛いだろうけど、痛いのも嫌だ。
どうして私がこんな目に遭うのか。
草木を踏む音は、どんどんと近付いてくる。
ああ、もう終わりだ――…
そう覚悟を決めた瞬間、私の身体はふわりと浮き上がっていた。
「赤子のままでこのような場所に放り出すなど、何を考えているのか……」
聞こえてきたのは獣のうなり声ではなく、低く穏やかな人間の声だった。
おそるおそる見上げれば、灰髪を美しく整えた壮年の男性が、私を優しく抱き上げていた。
夜闇に浮かぶその顔は安心感を覚えるほどに落ち着いていて、私の混乱した心を一瞬で静めてくれた。
人間だ。人間に拾われた。
それだけで嬉しくて、赤子のままわんわんと泣き声を上げてしまった。
赤ん坊だから、どうせ泣くことくらいしか出来ないんだけどさ。
男性は私を抱きかかえたまま、とんとんと優しく背中を撫でてくれる。
不思議だ。人肌のはずなのに、どこか人間離れした冷たさがあるような……?
いや、でもそれすら今の私にはありがたい。
助かった――そんな思いと共に、どっと疲れが押し寄せてきた。
捨てる神あれば拾う神ありって言うけど、捨てた神はぜってー許さん。
拾ってくれたおじさまには、感謝しかない。
耳元でぶーんぶーんと、羽音が響いている。
さっき纏わり付いていた蝿かな、これ。
あの時は恐怖を感じていたけど、今となっては、もう怖くない。
見ず知らずの誰かの手に抱かれるうちに、自然と意識が沈んでいった。