15:海の男?
目の前にはどこかなよっとした大男。
軽くウェーブした黒い髪が、日に焼けた肌を覆っている。
黙っていれば、美青年と言えなくもない。
しかし――、
「いやだぁ、分からないのぉ? アタシよぉ、レ・ヴィ・ヤ・タ・ン♪」
「レヴィヤたん?」
自分で自分に“たん”を付けるのは、どうかと思う。
それはそれとして、レヴィヤ。レヴィヤ……。
うーん。誰だろう。
「え、本当に分からないの?」
私が腕を組んで考え込んでいると、彼は少ししょんぼりとした様子でこちらに手を伸ばしてきた。
そんな彼と私の間に、お兄様が割り込む。
「妹に手を出さないでいただきたい」
「あらぁ、手を出すだなんて人聞きが悪いわぁ」
大袈裟に嘆いてみせはしたものの、お兄様に腹を立てた様子はない。
「話には聞いていたけど、本当に仲が良いのねぇ。小さな騎士様だわぁ」
ベヘモットのことを知っていた口振りからしても、悪魔の一人だとは思うんだよね。
でも、当てはまる悪魔が浮かばない。
レヴィヤ、レヴィヤ……。
レヴィヤ、たん………………あれ?
「ひょっとして、レヴィヤタン?」
「最初っからそう言っているじゃな~い!」
“たん”は接尾語のたんではなく、そこまで含めての名前でしたか。
レヴィヤタン。
ベヘモットが陸の怪物なら、こちらは対をなす海の怪物だ。
リヴァイアサンという呼び方の方が、一般的に馴染みがあるかもしれない。
悪魔や怪物に分類されてはいるが、神が天地創造の五日目に作り出したとも言われる、規格外の存在なのだ。
それが何故か、デイヴィス領の市場でしなを作っている。
「ルーシー、知っている人?」
「えーと、確かゼフのお友達だったと思う」
お兄様の怪訝な視線を受けて、あらかじめ決めておいた言葉を返す。
嘘は吐いていないんだよね。
だいたいの悪魔は、ベルゼブブのことは知っている訳だし。
「よろしくね、お坊ちゃん」
レヴィヤタンにウインクされて、お兄様がぞわわと身体を震わせる。
「ここに居るってことは、手伝いに来てくれたの?」
海のことなら、レヴィヤタンに任せれば万事解決だ。
クラーケンがどの程度の相手なのかは分からないが、海の中でなら敵無しだろう。
「いえ、久しぶりに潮風にあたりに来ただけよぉ。アビゴールが居るなら、わざわざアタシが出向く必要も無いでしょ~」
カラカラと笑うレヴィヤタンを、お兄様は胡乱げに見つめている。
まぁ、見た目は完全に怪しいオネエだよね。
レヴィヤタンはハマグリ屋さんのおじさんから焼きハマグリ? を受け取って、汁を啜っている。
完全にオフモードというか、遊びに来ているようだ。
でも、ねぇ。
「ね、皆の様子を見てきてはもらえない?」
「あら、どうして?」
レヴィヤタンは目をぱちくりと瞬かせた。
あまり長くない睫毛が、バッチリとマスカラで彩られている。
「お父様とお母様、それに公爵家と辺境伯家の騎士達が向かっているの。万が一にでも、皆に怪我をしてほしくないから」
悪魔にこんなことを訴えるのも、おかしなものだ。
彼……それとも彼女? にどう思われるかは、正直分からない。
それでも、今回は私の我が儘に皆を付き合わせてしまった形だ。
お父様にしてもお母様にしても、わざわざデイヴィス領に手を貸す必要は無いのだ。
いくら恩を売ることが出来たとしても、大事な騎士達を危険に晒してまで危険に踏み込む必要は無い。
私がキャロルを助けることを望み、そして悪魔という確実にクラーケンを倒せる手段があるからこそ、お父様は承知してくださったのだ。
お母様に至っては、悪魔の存在を知らない。
完全に娘可愛さ、娘の友達を助ける為に実家の騎士達を動員してくれている。
そんな人達を、危ない目には遭わせたくない。
私自身は、何の力も持たない。
でも海の魔物として名を馳せているレヴィヤタンなら、きっと皆の役に立てるから――!
「ん~、まぁいいわ。そういうことなら、手を貸してあげる」
必死の説得が通じたのかどうか。
やれやれとばかりに笑いながら、レヴィヤタンが歩き出す。
向かう先は、波が打ち付ける砂浜。
振り向いた彼女は、再び短い睫毛に覆われた右目をパチパチと瞬かせた。
「明日は大物が揚がるから。バーベキューの準備をしておいてちょうだいネ♪」
チュッと軽やかなリップ音を残して、レヴィヤタンが立ち去る。
その背中を見送りながら、お兄様が苦々しげに呟いた。
「ゼフの友達には……変なのが多いな……」
お兄様、ごめんなさい。
それについては、何もフォロー出来ません。
砂浜に超巨大生物が打ち上がっていると連絡が入ったのは、翌朝のことだった。
[小話]
リヴァイアサン、ベヒーモスといった通りの良い名ではなくレヴィヤタン、ベヘモットとしているのは、参考資料と表記をあわせている為だったりします。









