13:港町到着!
薄々そうじゃないかとは思っていましたが、あの神託とやらは執事のゼフことベルゼブブの仕業でした。
眷属を通じて眠る教会関係者の耳元で同じ文言を聞かせて、それが神託に依るものだと思い込ませる。
迷い子が居ると信じさせることが出来れば、後の話は簡単。
ティアニー公爵夫人が身重であったことは、公爵家の関係者は勿論のこと、お父様の従弟である国王陛下も知っている。
この世界に実在する両親から生まれた私は、迷い子では有り得ないのだ。
ま、表向きはそう思われているってだけの話なんだけどね。
迷い子を欲する王家は、私よりも迷い子を婚約者に迎え入れるべきと判断するだろう。
ライオネル殿下は、王家唯一の男児。
他に迷い子の婚約相手に適した相手は居ない。
国王陛下も、迷い子の話を聞くなり、あっさりと婚約話を撤回された。
撤回などという話ではない。
そんな話題など“最初から何もなかった”かのように扱われている。
やはり王家にとっては私より迷い子が大事なのだと、妙に納得してしまった。
かくして、私は王太子殿下の婚約者という面倒臭い立場から解放されたのでした。
お茶会の席でライオネル殿下があれこれ口走った分、妙な噂は流れていそうだが、それもすぐに迷い子登場の噂に掻き消されることだろう。
後は、私が迷い子であると知られなければ、それで良い。
これまで以上に、地味ーに大人しーく生きていきます。
はい。これはフラグでは無い。
フラグでは無いのです。
これ以上王家からあれこれ言われぬ為に、そそくさと王都を離れた我等ティアニー家一行。
最初は真っ直ぐ領地に戻る予定だったのですが、私がデイヴィス伯爵家のご令嬢と親しくなったことから、デイヴィス領に寄っていこうという話になった。
デイヴィス領は、王国の南東。
王都の西側にあるティアニー領から見て、デイヴィス領は王都を挟んだ反対側に位置する。
帰り道とは言えず、反対方向まで足を伸ばす形になるのだけど、せっかく王都まで来ているのだからね。
デイヴィス領の北方には王国北東の守りの要、お母様の実家であるヒントン辺境伯領がある。
ヒントン辺境伯領は隣国タウナー王国に接した領地だ。
タウナー王国とは今でこそ小康状態だが、一昔前は紛争が絶えなかった。
その為、ヒントン辺境伯家の騎士団は我が国で一番の精鋭揃いと言われている。
ウィレミナお母様も、ああ見えて実は剣の達人なのだ。
私がキャロルと仲良くなったことで、一番喜んでくださったのはウィレミナお母様だ。
勿論娘に友達が出来て嬉しいというのもあるのだろうが、その相手がご近所のデイヴィス領の令嬢というのもあるのだろう。
「お母様はデイヴィス領に行ったことがあるのですか?」
「ええ、何と言ってもデイヴィス領には海があるからね。以前は観光スポットとしても人気だったのよ」
以前は……ということは、やはりクラーケンの出没で人が寄りつかなくなってしまったということだろうか。
それはそうだ、危険な魔物が現れるところに、好き好んで足を運ぶ人は居ない。
観光客の足は遠退き、交易は出来ず、漁業も危険で、多額の賠償金だけが残る。
こんな状況じゃ、デイヴィス領の財政が苦しいのは当然だ。
「何かしてあげられないかなぁ」
膝の上で丸くなっているバールを撫でながら呟けば、お母様が暫し考え込んだ。
「クラーケン……クラーケンねぇ。せめて、海の魔物でなければどうにかなるのだけど……」
海の魔物でなければ、どうにかなるのか。
私は公爵夫人としてのお母様しか見ていないが、公爵家の騎士達でお母様に心酔している者は多いと聞く。
海上という不利な条件さえどうにかなれば、十分に戦えると言うのなら――、
これはお父様に話を持ちかけてみるべきかしら?
「わぁ……!」
という訳で、やってきましたデイヴィス領!
屋敷はまだまだ遠いけど、馬車の中からも青く広がる大海原が見えてきた。
大海原と言ってもデイヴィスは湾状になっていて、内陸部まで海が入り込んでいる形だ。
丁度この大きな湾の中にクラーケンが住み着いているというのだから、湾の出口を通っての交易は勿論のこと、湾内部での漁業も危険と言われるはずだ。
見渡す限り、緩やかに弧を描いた砂浜が続いている。
穏やかで平穏な海。
こうして見ているだけでは、とても恐ろしい魔物が棲んでいるとは思えない。
海の近くには、小さな市場が広がっていた。
市場に並ぶのは野菜や果物だけではない、新鮮な魚貝も積まれている。
「漁は全く出来ないという訳ではないのですか?」
「そうね、沖に出なければクラーケンと遭遇することは無いと聞くわ」
それはそうか。
巨体のクラーケンが浅瀬までやってくることは、早々無いのだろう。
「海岸沿いで釣りをする分には、安全という話よ」
「そっか。じゃ、お魚食べられるんですね」
私とお母様のやりとりに、バールの尻尾がゆらゆらと揺れる。
「そうね。後で市場も見てみたいけど、まずはご挨拶に行きましょう」
「はい!」
賑わう市場を横目に、馬車は真っ直ぐに海沿いの崖を登っていく。
海を見下ろせる小高い丘。
どうやらそこがキャロルのお家――デイヴィス伯爵邸のようだ。
「ルーシー、いらっしゃい!」
「へへー。来ちゃった!」
馬車を降りた私の元に、キャロルが走ってくる。
私達を出迎えてくれたキャロルは、王城で会った時のようなドレス姿ではない。
もっと活発そうで動きやすいワンピース姿だ。
うん、こっちの方が似合っている。
子供は元気が一番だよね。
「紹介するね、こちらは私の両親」
「初めまして、ルシール嬢。キャロルとお友達になってくれて、有難う」
「いらっしゃい。歓迎するよ」
「こんにちは、お邪魔します」
キャロルのご両親は、とても優しそう。
公爵家ご一行が突然やってくるなんて、受け入れる方も大変だろうに、嫌な顔一つせずに迎え入れてくれる。
「皆様も、良く来てくださいました。たいしたおもてなしも出来ませんが、どうぞごゆっくりお過ごしください」
「お世話になります」
お兄様もキャロルのご両親に挨拶をして、私と手を繋いで歩く。
だがお父様とお母様は私達兄妹とは距離を置いて、伯爵様に声を掛けた。
お父様が短く声を掛けると、伯爵様の表情が一瞬で強張り、大人達が一室で額を付き合わせての話し合いが始まる。
そう。
これからティアニー公爵家とヒントン辺境伯家共同で、デイヴィス伯爵家を巻き込んでのクラーケン討伐大作戦が展開されるのだ――!









