12:神託
「なんだ、いきなり。来客中だぞ」
突然入ってきた従者に、国王陛下が顔を顰める。
それもそのはず、訪れていたのはこの国でも最高位のティアニー公爵家の面々。
陛下の従兄であり、軽々しく扱って良い相手ではないはずだ。
当然、従者もそれを分かっているはず。
その上で焦って声を掛けてきたのだから、よほどのことなのだろう。
「はっ、それが……」
従者の視線が、ちらりと私達一家に向けられる。
人前では話せないことなのだろうか。
「まったく、仕方ないな……少々席を外す」
やれやれとばかりに国王陛下が立ち上がり、従者と共に部屋の外へと消える。
暫くして、同じ従者が今度は王妃陛下を呼びにやってきた。
かなり慌ただしい。
私とお兄様、お母様だけではない。
ライオネル殿下までもが、一体何事かとそわそわしている。
ライオネル殿下と同じソファーに移動したアイリス殿下だけは、何が起きているかも分からずに、ちょこんと兄の隣に座っている。かわいい。
最後の一人、お父様は腕を組んで目を閉じたまま、じっと黙り込んでいた。
そうしたままで、どれくらいの時が過ぎただろう。
時折聞こえてくるライオネル殿下の舌打ちがそろそろ二桁に達しようかという頃、勢いよく扉が開いて、国王陛下が現れた。
「待たせてしまって、すまないな。呼びつけておいて何だが、用事はもう済んだ。今日は帰ってくれないか」
「はあ?」
同様の声を上げたのは、お母様とライオネル殿下だった。
どちらも苛立ち混じりの声だが、その意味合いは大きく異なる。
「父上、どういうことですか! 正式に婚約の話をしてくださるはずでは――」
「ライオネル!」
息子の言葉を遮るように、国王陛下が声を荒らげる。
当然、黙って聞いているお母様ではない。
「国王陛下、説明していただきませんか。まさか私達を呼びつけておいて、時候の挨拶をしたかっただけということはありませんよね」
お母様、にこにこ笑顔が恐ろしい。
なまじ普段がおっとり美人なだけに、こういう時の豹変ぶりは娘の私でさえ不気味に感じてしまう。
「いや、それがな……」
国王陛下は一瞬言葉を濁したが、自分を睨み上げる息子の顔を見て、諦めたようにため息を吐いた。
お母様もライオネル殿下も、何も言わずに大人しく従ってくれる雰囲気ではない。
「教会に、神託が下ったのだ」
「神託?」
「ああ。数年前、この国に迷い子の女児が降り立ったのだと」
迷い子とは、神に導かれて異なる世界から現れし者。
神の祝福を受け、大いなる知恵と力を持つと言われている。
ああ、それ多分私ですね。
私のことですね、はい。
ひょっとしたら他にも居るのかもしれないけど、六年前にこの地上に降り立った――というか放置されたのだから、間違い無い。
とはいえ、この世界の神から祝福なんて受けた覚えは無い。
地球の神様には、とてもお世話になりましたけどね!
悪魔達が居なければ、この世界に降り立ってすぐに野犬にでも食い殺されていただろう。
そんな訳で、私はこの世界の神も、それを崇める教会も、好きではない。
教会なんて全然縁のない生活を送ってきたのだけれど、なんで突然神託が……?
「迷い子は女児ですか……」
王太子であるライオネル殿下は、その一言で察したのだろう。
実態はどうであれ、迷い子は偉大な存在と言われている。
その力を国に取り込む為に王家の人間と婚姻関係を結ぶというのは、一番オーソドックスなやり方だ。
「へぇ。迷い子が現れたと知って、言いかけたことを反故にする訳ですね」
お母様の笑顔がますます引き攣ってきた。
美しい顔に、ビキビキと青筋が浮かんでいる。
「正式な申し入れはまだではないか!」
その勢いに圧されて、国王陛下が声を上擦らせた。
ま、確かに言いかけたところで止まってはいたけれど。
従者が駆け込んで来なければ、あのまま婚約の打診を受けていたことだろう。
「そういう訳だから、今ライオネルの婚約者を決める訳にはいかないんだ。どうか、分かってくれ」
こうなってくると、国王陛下も必死です。
なまじ我がティアニー公爵家は力があるものだから、王家もあまり機嫌を損ねたくはないのだろう。
ましてや、お父様は国王陛下の従兄だしね。
どうにか大人しく帰ってくれないかと、額に浮いた汗をハンカチで押さえている。
「分かりました。皆、帰るぞ」
お父様は言葉少なに立ち上がると、国王陛下に礼もせず、スタスタと歩き出した。
私とお兄様、お母様もそれに続く。
「この埋め合わせは、そのうち――」
「結構です」
お父様の言葉は、にべもない。
仮にも国王陛下相手にこんな素っ気ない態度を取って、良いのだろうか。
良いのかなぁ。まぁ、お父様だし。
お父様がこんな態度を取っている以上、私達がフォローする必要性も感じない。
「「「「はあぁぁ……」」」」
応接室を出て、重い扉が音を立てて閉まった後、皆の口から一斉にため息が零れた。









