11:一筋縄ではいかない人達
朝起きたら、ゼフはもう公爵邸には居なかった。
地球から一緒にやって来た悪魔達は、今回の件をどう思っているのだろう。
ゼフと話をしてみたかったが、彼の姿は無し。
もう一人共に王都まで来たバールはと言えば、今もソファーで丸くなっている。
何も言ってこないってことは、大丈夫ってことなのかもしれないけど~。
こちらとしては、絶賛不安を抱えている訳なんですよ!!
そこら辺、どうか分かってほしい。
バールの黒い毛並みをちょんちょんと突いていたら、尻尾で振り払われてしまった。
ああ、もう可愛いなぁ。
「ルーシー、そろそろ出発の時間だよ」
そんなことをしていたら、お兄様に声を掛けられた。
違うんです、決して猫と遊んでいた訳ではないんです。
大事な悪魔と相談をしようと思っていたのだけど……傍から見たら、何暢気なことやっているんだって思われてしまいそう。
とはいえ、お兄様にそんな様子は微塵も感じられない。
お兄様の前に立ったら、黙ったままで右手が差し出された。
掌を重ねたら、ぎゅっと握り込まれる。
お兄様、ひょっとして隠れ過保護体質ですか?
今回の婚約騒動があって、それが表に出てきてしまったのでしょうか。
王城に向かう馬車の中でも、お兄様に手を握られたまま。
ずっと落ち着かなくて不安だったけど、私の手を握りしめる力強さに、少しだけ心が落ち着く気がした。
王城に着いてすぐに、奥まった一室に通された。
謁見の間ではない。
それほど広くはないが、王城らしく贅を尽くした部屋だ。
大きな円形のテーブルを囲むように、八つのソファーが置かれている。
お父様とお母様が一つずつ座り、さて私もお母様の隣のソファーに座ろうと思ったら、お兄様が先に座ってしまった。
仕方ない、その隣に座るかと思った瞬間、ふわりと身体が浮き上がる。
「え?」
気付けば、私はお兄様の膝に抱きかかえられていた。
お兄様、少し過保護すぎやしませんか?
それだけ今回の件がショッキングだったのだろうが、昨日私の報告を聞いてからと言うもの、お兄様は一時も私から目を離すことを恐れているかのようだ。
心配してくれているのは、とても嬉しい。
今までがぎこちない兄妹関係だったと思うから、なおのこと。
お兄様も、私と同じように距離感を掴めずにいただけなのだろうか。
分からない……けど、こんな切っ掛けだったとしても、今後少しでも関係が改善されるのだとしたら、嬉しいな。
それにしたって、王城で膝抱っこはやり過ぎだ。
どうしよう……と思っていると、ガチャリと扉が開いた。
「久しいな、リチャード」
「クラレンス……」
お父様のことを呼び捨てに出来る人は、この世界にそう多くはない。
現れた男性、年はお父様と同じくらいだろうか。
その態度にはどこか気安さを感じる。
ライオネル殿下と同じ金髪緑目をした、スマートなイケメンだ。
彼がこの国の国王、クラレンス・ペンフォード陛下なのだろう。
国王陛下と言うから、もっと落ち着いた感じの人が来ると思っていたんだけどな。
お父様の方が年上なんだから、そりゃそうか。
クラレンス陛下の後ろには昨日も見掛けたライオネル王太子殿下と、長身のすらりとした女性が立っている。
薄水色の髪を一つに束ねた落ち着いた雰囲気の女性は、王妃陛下だろうか。
彼女の腕には、ライオネル殿下とよく似た四歳くらいの女の子が抱かれていた。
私達一家はソファーから立ち上がり、陛下達を出迎えた。
が、膝から下りた後も、お兄様は私の手を離さない。
陛下とライオネル殿下に向けたピリピリとした空気が、隣に居る私にも伝わってくる。
「そう怖い顔をしないでくれ。久しぶりに会った親戚同士、仲良くしてほしい」
そんな空気を察してか、陛下が苦笑を浮かべながら、私達一家に座るように促した。
最初は和やかな挨拶で始まった会合だが、お母様と王妃陛下が話し出すと、なぜかお父様が額に汗を滲ませていた。
「相変わらず仲が良いみたいで、羨ましいわ。ねぇ、ウィレミナ」
「あら、貴女こそ国王陛下とはおしどり夫婦なんじゃなくって? ナディア」
長身の女性は、やはり王妃陛下だった。
お母様とは旧知の仲らしく、親しげに話し始めたと思ったのだが、何やら様子がおかしい。
「相変わらずの若作りで、私のリチャード様を誑し込んで……っ」
え? ナディア王妃陛下、今私のリチャード様って言いました?
「あ~ら、若作りはお互い様でしょう。二人も子供が居ながら、他所の男に懸想しないでいただけるかしら」
他所の男に懸想?
それって、お父様のこと?
ああ、王妃陛下の後ろで国王陛下が虚無顔に……。
お父様はと言えば、額から汗がダラダラと垂れている。
もうやめてあげて、お父様のライフはゼロよ!
お兄様が小声で教えてくれた情報によると、若い頃のお父様と国王陛下は令嬢達の人気を二分していたらしい。
片や公爵令息、片や当時の王太子殿下。
どうしたってアプローチしやすいのは、お父様の方。
絶大的な権力者である時の王太子殿下を抑えて、お父様ったら堂々の人気第一位に輝いていたみたい。
なるほどー、ナディア王妃陛下もお父様のファンで、見事お父様を射止めたのがお母様ということなのね。
ってことは、王妃陛下とお母様はライバル同士?
王妃陛下の実家は、ティアニー家と同じ公爵家。由緒正しい家柄だ。
お父様を射止め損なった王妃陛下が王妃の座に就いているって、凄いことよね。
国王陛下は長女のアイリス王女殿下を膝に抱えて、すっかりいじけている。
そんな父親を幼いアイリス殿下が撫でている図は、なかなかに微笑ましい。
いや、笑い事じゃないんだけどね。
私は私で、挨拶を終えた後は再びお兄様の膝上に抱えられている。
とはいえ、そのことには誰も触れない。
よくよく考えてみたら、私もまだ六歳なんだった。
国王陛下との謁見とはいえ、謁見の間ではなく応接室での会合。親戚同士が集まる場だ。
子供扱いされて当然と思われているのだろうか。
もう一人の六歳児であるライオネル殿下はと言えば、母親同士の応酬に、すっかり飽きてしまったようだ。
「母上、いい加減にしてください。そんな話をする為に呼んだのではありません」
我が儘王子が、今だけはまともな人に見える。
いや、呼び出された内容は最悪なのだが。
「コホン」
わざとらしく陛下が咳払いすると、流石にお母様も王妃陛下も黙り込んだ。
と同時にお兄様の身体に緊張が走り、私の身体を抱く手に力が籠もる。
「最近のティアニー領は、随分と景気が良さそうだな」
「おかげ様で」
陛下のジャブを、お父様がさらりと流す。
「マモン商会と言ったか。かなりのやり手なようだが、あんな人材どこから見付けてきた?」
「市井には我等の想像も付かぬ才能が眠っているものです」
お父様の受け答えは、そつがない。
娘が異世界から連れてきた悪魔ですだなんて、言えるはずもない。
前歴の無い怪しい相手だろうと、とにかく誤魔化すしかないのよね。
「トランプだけではない。公爵邸の料理人は随分と独創的な料理を作るそうではないか」
おや。もうベヘモットの作る料理が噂になっていましたか。
大貴族の屋敷だけあって、公爵邸を訪れる人は少なくない。
そんな人達に良かれと思って料理を振る舞っているだろうベヘモットだが、目立つことになるのは少し厄介だな。
「何がおっしゃりたいのですか?」
お父様の声は低く、視線は突き刺すようだ。
そんな様子に気付いてか、陛下がわざとらしく笑みを浮かべて首を振る。
「そう怖い顔をするな。私としては、これからもティアニー公爵家と仲良くやっていきたいということだ」
意味ありげなイントネーション。
本題はこれからか。
「なぁ、リチャード。幸いにして、我等の長男と長女は同い年だ」
……始まった。
私の手を握りしめるお兄様の手が、じっとりと汗ばんでいる。
「茶会の席で、ライオネルはルシール嬢のことを大層気に入ったらしい。どうだろう、是非ルシール嬢を――」
最悪だ。
この先の言葉を聞きたくなくて、ぎゅっと目を瞑る。
国王陛下の言葉を遮るように、廊下からドタドタと足音が近付いてきた。
ノックの返事も待たずに勢いよく応接室の扉が開かれ、従者が飛び込んでくる。
「陛下、大変でございます!!」









