91:モテ期到来?
「ティアニー嬢、どうかこの手紙を受け取ってください!!」
「ええぇ……」
今日も、アカデミーの廊下で男子生徒から強引に手紙を押しつけられてしまった。
当人は手紙を渡すなり、そのまま走り去って行ってしまう。
最近、こんなことが増えてきた。
私が迷い子であることは、教会から正式に公布された。
その上で、王太子殿下との婚約は、今もなお結ばれていない。
迷い子が見付かったなら即婚約となるだろうと考えていた貴族達は、さぞ驚いていることだろう。
同時に、王家以外にも迷い子を手に入れるチャンスが回ったと考えているようだ。
「人生最大のモテ期かなぁ」
下心丸出しで言い寄られても、嬉しくもなんともない。
ぼやく私の隣で、キャロルがくすくすと笑い声を上げる。
「ルーシーは、今までだってモテてたわよ」
「そうかなぁ」
「公爵令嬢で、色々な噂もあるじゃない。モテない方がどうかしているわよ」
色々な噂と言われると、あまり良い意味には聞こえないのだけれど、私の考え過ぎでしょうか。
「その割には、男友達ってスチュアートとデリックくらいしか居ないんだけれど……」
私の冒険者パーティーであり、数少ない友達のスチュアートとデリックは、次の授業が剣術の為に、着替えて練武場へと向かっているはずだ。
別の授業を選択している私とルーシーは、のんびりと魔術研究棟に向かっている。
「だって、ルーシーに近付いたら、怖い人が居るし」
「怖い人?」
言いかけた私の背後に、足音が近付いてきた。
「あ、あの、ティアニー嬢!」
呼び止められはしたが、聞き覚えのない男性の声だ。
あーあ、また同じような人が来たんだろうかと振り返ったところで、彼の表情が恐怖に強張っているのが目に入った。
「……?」
私、そんなに嫌そうな顔をしてしまったかしら。
相手に失礼にならない程度には、ちゃんと応対していたつもりなのだけど……。
そんなことを考えていると、不意に肩を抱かれて引き寄せられてしまった。
「何か用があるなら、我がティアニー公爵家まで連絡を入れてもらおうか」
「お、お兄様!?」
突然肩を抱いてきたのは、ジェロームお兄様だ。
お兄様にジロリと睨まれて、哀れな男子生徒はすごすごと廊下を引き返していく。
「……ね? 怖い人、居たでしょ」
「怖い……のかなぁ?」
ほら見ろと言わんばかりのキャロルの声に、思わず首を傾げる。
「全然怖くないと思うのだけれど」
「ん? 誰のことだ?」
こちらを見つめるお兄様の目は、どこまでも甘い。
先ほどどこぞの令息に向けていた声音を思うと、信じられないほどだ。
「それは、ルーシーにだけだから」
そんなことを言われても、私は私が居る時のジェロームお兄様しか知らない。
お兄様が怖いと言われても、いまいちピンと来ないのだけれど……。
「最近、群がる害虫が増えてきたな……」
……前言撤回。
何やらお兄様が物騒なことを呟いています。
流石に駆除までは言い出さないと思いたいのだけれど……大丈夫だよね? これ。
助けを求めるように親友の方を見遣れば、キャロルはやれやれとばかりに肩を竦めていた。
令息達からの注目が集まったことで、お兄様は前にも増して過保護になってしまった。
今では私の授業が終わるのを待って、毎日一緒の馬車で帰宅している。
仮にも教師なんだから、生徒よりも残ってやるべきことが色々とあるだろうって思うのだけれど……お兄様にとっては、それら全てが些末事なんだろうな。
それを嬉しいと思ってしまう私も、多分どうかしている。
「迷い子だと分かったからって、今更ルーシーを口説こうなんて、厚かましい連中だ」
今日もお兄様を待つ間、アカデミーの玄関先で生徒達に取り囲まれてしまった。
おかげで、一緒に帰るお兄様は、すっかりご機嫌は斜めだ。
「別にいいじゃないですか。相手にしなければ、それで終わることなんだし」
私がそう言っても、お兄様はまだ納得していないようだった。
尖らせた唇に、そっと人差し指を伸ばす。
「打算塗れで寄って来る人達に、私が心を許すとでもお思いですか?」
「……」
何か言おうとしたのだろうか。
開き掛けた唇が、人差し指に触れて、静止する。
不機嫌そうだったお兄様の表情が、ふと和らいだ。
「ルーシーは、すぐそうやって私を煽る」
「あ……っ」
あっという間に、逞しい腕に引き寄せられてしまった。
狭い馬車の中、お兄様の温もりが、私の身体を包み込む。
トクトクと、心臓が早鐘を打つ。
優しい指が、髪を撫でる。
ああ、このまま時間が止まってしまえばいいのに……悲しいかな、馬車はティアニー家の門を潜っていく。
「屋敷に入って、のんびりしよう」
「はい」
その言葉に変な意味なんて込められていないはずなのに、なぜだか動悸が収まらない。
意識してしまわないように、深呼吸で息を整える。
「おいで、ルーシー」
先に馬車を降りたジェロームお兄様が、私をエスコートするように、掌を差し出す。
その手に掌を重ねて、ゆっくりと馬車を降り──たところで、複数の足音と、聞き覚えのある声が響いてきた。
「ルーシー!!」
「え……?」
振り返ったジェロームお兄様の口元が、大きく引き攣った。









