幕間:母鳥の気持ち
子供の変化に気付かない親など、居るだろうか。
母である私を見る、ルーシーの目……彼女の瞳は、時折奇妙な怯えと、拭いようのない罪悪感を孕んでいた。
娘がただ者ではないことに、気付かない訳がない。
同じ頃、沸き上がる迷い子の噂。
私とも、夫のリチャードとも違う、ルーシーの顔立ち。
そんなの……気付くに決まっているでしょうに。
あの子が迷い子だということは、つまりは、身籠もった我が子は命を落としたということ……。
そのことに悲しみはあれど、ルーシーを恨む気にはなれない。
あの子だって、大事な我が子だもの。
せめて、もう少し早くに真実を知っていたなら……
生まれてくることのなかった我が子に対して、もう少し手厚く出来たのに。
「ねぇ、一つだけ教えてくれる?」
「……なんだ」
深夜の公爵邸。
久しぶりに夫と二人でグラスを傾ければ、つい、口まで軽くなってしまったみたい。
「亡くなった子供は……どうしたの?」
「……我が家の墓に埋葬してある」
「そう……」
それっきり、言葉は続かない。
ただ、時折グラスを持ち上げる音だけが響く。
「ご先祖様と一緒に、ちゃんと毎年、お参りには行けていたのね」
ぽつりと呟く。
そこに我が子が居ることを知らずとも、墓を詣でることは出来た。
これからは……違った気持ちで墓を訪れることになるだろう。
「ルーシーにも言ったけれど、私、あの子に対しては微塵も怒っていないの」
私の言葉の先を予想してか、リチャードが、グラスをテーブルに置く。
甲高い金属音が鳴り響いた。
「……でも、貴方に対しては、別だわ」
「ああ」
彼の応えは、低く短いものだった。
まるで、私にそう言われることを、覚悟していたみたい。
「せめて、もっと早くに打ち明けてくれていたら……なんて、言ったところで仕方ないんでしょうけど」
何を口にしようとも、結局同じような言葉しか零れてこなくて、ぐいとグラスを煽る。
甘いはずのワインが、やけに渋く感じられる。
「水臭いじゃない……馬鹿」
「ああ、そうだな……」
せめて、言い訳でも何でもしてくれたらいいのに。
この人ったら、私に言われるがままなんですもの。
「馬鹿よ。貴方ってば、本当に……」
ぽろりと、頬を何かが伝う。
文句を言っているのは、私の方なのに。
ずっと騙されていたのも、内緒にされていたのも、私の方なのに。
どうして、貴方の方が辛そうな顔をしているの?
「すまない、ウィレミナ……」
陛下達を上手く言いくるめた時みたいに、ご神託でも何でも言い訳に使ってくれれば良いのに。
リチャードの太い指が、私の頬を撫でる。
「貴方もルーシーも、嘘が下手なんだから……騙すなら、もっと上手くやりなさいよ」
騙すなら、相手を傷付けるだけの覚悟をもって騙しなさいよ……。
本当、変なところで詰めが甘いというか、優しいんだから。
死産の直後、悲しみのあまりに私は生きる希望を失っていたらしい。
落ち着いた今ならば分かる。
死産を隠していたのは、私の為でもあったんだ……って。
可愛いルーシー。
心優しいルーシー。
私を長年騙し続けてきたんだと、自らを責め続けていた、優しい我が子。
どうか、私のことで傷付かないで。
貴女は何も悪くないのだから。
ああ、ただ──
リチャードに対しては、もう少しだけ、素直になれなくても良いわよね?
久しぶりに、少しだけ……夫に甘えたい気分だった。









