89:真実
「一方の意見を押しつけるならば、相手からの反感は当然覚悟しなければなりませんが」
私の言葉に重なるようにして、日が遮られ、薄暗くなった王城に稲光が差し込む。
続いて、耳を劈くような轟音。
び……
び……
びっくりしたあぁぁぁ!!!
え、今の私、かなり悪役みたいじゃなかった?
見れば、薄暗くなった部屋の中、それ以上に国王陛下とライオネル殿下の顔が青ざめている気がする。
可哀想に、アイリス殿下は震えてしまって、王妃陛下にしがみ付いているようだ。
いやいや。
そんなつもりはなかったんだって。
少し牽制を入れるくらいのはずが、これじゃまるで私が脅したみたいに見えない?
今日の計画としては……って、計画も何もしっかりと立てた訳ではないのだけれど、とにかくいざとなれば私が迷い子であることはバレてしまっても仕方がない。
その代わりに、こちらの主張はしっかりと伝えること。
その為に、ゼフとバールとで演出があればしてくれる……って感じに言われた気はするんだけれど。
え、その演出って、こういうことだったの???
チラッと、お父様に視線を向ける。
うわぁ、なんか満足そうに親指を立てているよ……。
いざとなれば、バラしてしまってもOK……ってことだけは、前もって話しておいたんだよね。
それ以外の細かいことは、お父様とゼフにほとんどお任せしていたのだけれど……
その結果が、今のこの有様かぁ……。
ははっ、王族を軒並み恐怖のどん底に突き落としてやったぜ!!
って、洒落にもならないよ。
「……も、申し訳ございませんでした、父上……」
冷え切った空気の中、震えた声を絞り出したのは、ライオネル殿下だ。
「僕が、結婚するならば彼女でなければ嫌だなどと我儘を言ったばかりに、神の怒りを受けることになるだなんて……」
「か、神の怒り!?」
ライオネル殿下の言葉に、思わず上擦った声を上げてしまった。
神の怒りって、あなた。
それは言い過ぎでしょ。
……と思った瞬間、王城の庭園から何かが倒れるような地鳴りが響いてきた。
激しい衝撃で、王城全体が揺れ動く。
え、一体なに???
窓から外を見れば……
王城の庭園、その中央に位置していた大きな木。
その木が落雷によって焼け焦げて、倒れた音だったようだ。
あー、なるほど。
さっきの雷は、大きな木に直撃してたって訳ね。
って、いやいやいや。
演出を入れるにしても、タイミングってものを考えてよ。
私は別に陛下と殿下を脅すつもりはなかったっての!!
「なんという……」
国王陛下は、呆然と中庭の倒木を見下ろしている。
ライオネル殿下にいたっては、ボロボロとその双眸から涙を零していた。
うわぁぁぁ、泣かないで!
泣かせるつもりじゃなかったんだって!!
王城まで呼びつけられたのはこちらだというのに、なんか物凄い罪悪感を感じるんですけど……。
別に神の怒りとか、そんな大仰なものではないのだけれど……陛下も殿下も、すっかり怯えさせてしまったようだ。
どうしよう、この状態。
助けを求めるようにお父様の方を見遣れば、目を細めて、一つ頷いてくれた。
「事ここに至っては、全てを正直に申し上げます」
冷え切った空気の中、お父様が静かに語り出す。
これだけの騒ぎが起きて、神の裁きとまで思われて……これ以上、真実をひた隠しにすることは出来ないと判断したのだろう。
うん。
私は、最初からお父様の判断に、全てを委ねていた。
これだけ神罰めいたことが起きたからには、悪いようにはならないだろう。
……と、そう思っていたのだけれど。
「私共の第二子は……死産でした」
お父様の言葉に、お母様が息を呑む。
そうだ。
真実を告げるということは、お母様に残酷な現実を突きつけることでもあったんだ。
……ダメだ。今はとても、お母様の顔をまともに見られない。
どうしよう。
どうしたらいい?
十何年も、私がお母様を騙し続けていたという事実が、明るみに出てしまった。
膝の上に置いた手が、微かに震える。
その震える手を、誰かの掌が包み込んでくれた。
……お兄様だ。
私の隣に座るお兄様が、ぎゅっと掌を包み込んでくれている。
「丁度同じ頃、迷い子様がこの世界に降り立ったのです。私は御使いから迷い子様を預かり、自分の子供として育てるように言い付かりました」
そう。現れたのは神の遣いではないけれど、あの日、ゼフが死産に悲しむティアニー公爵家の存在を知って、私をお父様に預けてくれた。
それが、全ての始まりだった。
「死産した子供の代わりに、迷い子を育てることにしたか……よくもまぁ、今まで秘密を守れてきたものだ」
「それも全て、御使い様のおかげです」
陛下の呟きに、お父様が答える。
「なにせ、出産に立ち会った医師、屋敷の使用人は勿論のこと、妻でさえ当時のことを覚えてはおりませんから」
「なん……っ」
そう。
私を公爵家の子として育てさせる為に、皆の記憶を捏造したのだ。
そんなことまで、全てが明るみに出てしまった。
「それほどの御業……人ならざる者の手によるものだと、お分かりいただけたでしょうか」
「う、うむ」
人ならざる者っていうか、まぁ、要は悪魔の手によるものなんだけどね。
「全ては、此度の迷い子様に自由な暮らしをしていただくため」
「自由に……だと?」
陛下の声が、僅かに上擦っている。
それはそうだろう、今まさに王命で私をライオネル殿下と婚約させようとしていたところだったのだ。
「はい。迷い子の意思を曲げて何かを強制させるようなことがあれば、神罰が下るだろうと」
ここまで来ると、私自身に神罰が下ってもおかしくない気はしている。
一番神の意志とやらを捻じ曲げているのって、私なんじゃないかな。
まぁ、私を夜の森に放り出した神とやらには、恨みこそあれど、信仰する気なんて微塵も起きないんですけどね!!
「その結果が……これか」
国王陛下の視線が、再び焼け焦げた倒木へと向けられる。
ぶるりと身を震わせたように見えたのは、きっと気のせいではない。
王城の庭園にある大木に雷を落とせるのなら、王城にも……そう考えたのだろう。
「一応聞いておくが、ルシール嬢」
「はい」
陛下に声を掛けられ、姿勢を正す。
私の手は、いまだお兄様の温かな掌に握りしめられたままだ。
「君は、ライオネルと一緒になってくれる気は……」
「政略結婚に興味はありません。ここまで育てていただいたことには感謝していますが、好きでもない男性と添い遂げるよりは、それ以外の形で恩を返したいと考えています」
ライオネル殿下が、目を伏せる。
好きでもない男性……という言葉で、傷付けてしまっただろうか。
でも、それは偽りのない本音だ。
「そうか……」
陛下の返答は、ため息に塗れていた。
「……政略結婚でなければ、良いのか?」
「え?」
静まり返った部屋に、ライオネル殿下の声が響く。
え、今ので話が終わったんじゃないの?
どうしてまだ食いついてくるの。
「ルシール嬢、君は……誰か、心に決めた相手が居るのだろうか」
「え? えーと……」
ライオネル殿下に問われ、暫し呆けた後……チラッと、ジェロームお兄様を見上げる。
目が合った瞬間、深い海の色をした瞳が、パァァァっと輝いた。
「ま、まだ分かりません!!」
咄嗟に、そう答えるのが精一杯だった。
どうしてだろう、心臓がバクバクとする。
お兄様に握りしめられたままの手が、やけに熱い。
先ほどまでは、手の甲に掌を重ねる形だったのが……今では、互いの掌を握りしめるような形になっている。
ああ、もう、どうして。
「それ、なら……」
それまで俯いていたライオネル殿下が視線を上げ、こちらを見つめる。
「僕を好きになってくれ、ルシール嬢!」
「はあぁぁ!?」
何ですか、その爆弾発言は!
ちょっとお父様、こんな時に吹き出さないでくださいよ!!
お母様は「あらあら……」なんて呟いて扇で口元を覆っているし、お兄様はお兄様で、顔を引き攣らせてライオネル殿下を睨み据えている。
「い、いきなり何を言うんですか!?」
「いきなりではない、僕は初めてあった子供の頃からずっと好きだったんだぞ!」
ちょっとぉぉぉ!?
国王陛下も、王妃陛下も、王女殿下も、うちの両親も居る中で、何を言ってんの!?
あまりのことに唖然とする私の肩を、ジェロームお兄様がぐいと引き寄せる。
「俺はルーシーがもっと小さい頃から、ずっと彼女だけを見守り続けていた」
「お兄様???」
いやいや。なんでお兄様はライオネル殿下に張り合っているのよ。
「ようやく、血の繋がった兄妹ではないと言えるようになったんだ……これからは、殿下だろうが誰だろうが、ルーシーの傍には寄せ付けないからな!」
ってぇ、お兄様!?
ちょっと、なんて宣言をしてくれてんのよおおぉぉぉ!!!









