8:お茶会は社会の縮図
月日は流れて、お茶会当日。
お茶会の為にお母様から様々なレクチャーは受けたものの、身についているかはいまいち怪しいところだ。
社交界のマナーとか、覚えておくべき貴族家とか、元日本人には難しいって。
特に、各貴族家の名前!! 横文字ばっかり並ぶじゃない。
覚えなきゃって思うのに、右から左に抜けていってしまうのが困ったものだ。
貴族家だけでなく、王家についても色々と教わった。
お茶会の主役となるライオネル王太子殿下は、私と同じ六歳。
お母様曰く、年相応の我が儘王子という話だ。
国王夫妻にとって、初めての子供。
しかも王位を継ぐべき男の子となれば、そりゃ甘やかされて育つよね。
こんな風に言っていると悪いことのように聞こえるかもしれないけれど、六歳の子供なんて、元々我が儘で当たり前だと思うの。
前世で言うなら、小学校一年生。子供で当然だ。
私やお兄様みたいなのが珍しいと思うべきだろう。
王都の中心にある、ペンフォード王城。
その王城の敷地内、西の離宮との間に広がる大きな庭園。
今日の茶会は、色とりどりの花が咲く広大な庭園で行われるようだ。
私が庭園に通された時には、既に何人もの令息達令嬢達が席に着いていた。
席が決まっている訳ではなく、思い思いの席に座っているらしい。
人気なのは、やはり王太子殿下が座る中央のテーブル。
王太子殿下の席だけは他とは違い、ビロードの赤い布が掛けられている。
要注意席を分かりやすくしてくれているのは、とても有難い。
王太子殿下と同じテーブルには、ひときわ豪華なドレスを纏った令嬢達が座っていた。
今日集められた子供達は、全員が王太子殿下と同じ六歳。
煌びやかに着飾っているとはいえ、年端もいかない子供達がまるで大人のように気取って座る姿は、愛らしくもあり、どこか不自然で笑ってしまう。
子供達まで“社交の仮面”を被っているだなんて、すごい世界だわ。
子供達の中にあっても、やはり面倒な人間関係というのは存在するようだ。
同じテーブルについて話し込んでいる子供達を見ると、幼いながらに既にいくつかのグループが存在していることが分かる。
そして子供達の上下関係は、席順に現れていた。
王太子殿下の席に近いほど身分が高く、発言力のある子供なのだろう。
端の席に行くほど、ドレスの宝飾が控えめになっていくのが分かる。
私も一応は公爵家の令嬢だ。
中央の席についてもあれこれ言われることはないだろうが、そもそもそんな目立つ席に座る気はない。
うっかり王太子殿下と意気投合なんてしたくはない。
という訳で、一人で端の空いている席に向かう。
周囲の花々を愛でながら歩いている最中、ひそひそと囁き合う声が聞こえてきた。
「あのドレス、前にも見たんじゃなくって?」
「そうよねぇ、飾りは変えているようだけど、年始に見たのと同じものだわ」
「デイヴィス伯爵家の財政が厳しいというのは、本当のようね」
少女達の無邪気で残酷な声は、一番端の席に一人座る女の子に向けられていた。
小柄な女の子がベージュブラウンの髪を顔に垂らし、スカートの裾をぎゅっと握りしめながら俯いている。
彼女が纏うドレスは、上質な生地ではあるが、流行とはほど遠いデザインだった。
おそらく、誰かからのお下がりを仕立て直したものなのだろう。
新品のドレスでなければ陰口を叩かれるだなんて、面倒な世界だ。
一人の少女を嘲笑する流れがどうにも面白くなくて、少女と同じテーブルにツカツカと歩み寄る。
「こちら、よろしくって?」
「あ、はい」
声を掛ければ、少女がパッと顔を上げた。
真っ直ぐこちらを見つめる、穏やかな青色の瞳。
純朴そうで、可愛い女の子じゃない。
「私はルシール・ティアニー。貴女は?」
「キャロル・デイヴィス……です」
「そう、よろしくね」
笑顔で挨拶をすれば、キャロルの瞳がキラキラと輝いた。
「はい!!」
うん、素直で良い子だわ。
こんな子が同じドレスを着ているってだけで悪く言われるなんて、本当社交界というのは厄介なところね。
さて椅子に座ろうとしたところで、隣のテーブルから声が掛けられた。
「あの、ティアニー公爵家のルシール様ですか?」
「そうですが、何か」
先ほど、キャロルのことを囁き合っていた少女達だ。
彼女は顔を見合わせて、何やら頷き合っている。
「あの、よろしければこちらのテーブルにいかがですか?」
「ご一緒させてください」
「ルシール様にお会い出来るなんて、うれしいです!」
少女達はキャロルを無視して、次々と私に話しかけてくる。
どうも、私を自分達の居るテーブルに招きたいらしい。
そんな様子に、キャロルは再び目を伏せてしまった。
「申し出は嬉しいけれど、私はこちらでいいわ。キャロル嬢とお話してみたかったの」
「え――…」
少女達の戸惑う視線と、キャロルの驚きに満ちた視線がこちらに向く。
わざわざ王太子殿下から遠い一番端のテーブルを選んだというのに、どうして近付かなければいけないのか。
そもそも、複数人で一人を悪く言うような輩と一緒にお茶を楽しむ気にはなれない。
「そういうことだから、ごめんなさいね」
「…………っ」
私に断られた少女達は、そそくさと自分達のテーブルに戻っていく。
後には、どこか呆然とした様子のキャロルと私だけが残された。
「よかったのですか?」
「何が?」
「私と一緒だと、ルシール様にもご迷惑を……」
キャロルの言葉に、ゆるりと首を振る。
「迷惑も何もないわ。私がこの席に座りたいと思ったから、来た。ただそれだけよ」
そう。私は王太子殿下から一番遠い、この席が良かったのだ。
そこにキャロルがどうこうは関係ない。
迷惑が掛かるなどと気にしているようだが、我が家は公爵家。
早々迷惑を掛けられるものでもない。
「だから、気にしないで。仲良くしてくれたら嬉しいな」
「ありがとう……」
ふわりと花が咲いたように表情を綻ばせるキャロルの目には、僅かに涙が滲んでいた。
こんなに良い子に嫌な思いをさせるなんて、社交界許すまじ。
「ねぇ、キャロル嬢。よければ、私のお友達になってくれない?」
「えっ、わ、私で良いのですか!?」
ふと思いついたことを口にすれば、キャロル嬢が声を上擦らせた。
「もちろん。私こういうお茶会に出るのは初めてのことで、友達も居ないの。仲良くしてくれたら嬉しいわ」
「私も……ぜひ、よろしくお願いします、ルシール様」
信じられないといった様子で声を震わせるキャロルに、にこりと微笑みかける。
「様付けはやめてちょうだい。ルシールか、ルーシーでいいわ。家族は私のことを、そう呼ぶの」
「ルーシー……」
「ええ。よろしくね、キャロル」
こくこくと何度も頷くキャロルに、先ほどの令嬢達から憎々しげな視線が向けられる。
私がジロリと睨め付ければ、彼女達はすぐに視線を逸らした。
「そうだわ。キャロル、良ければ今度我が家に遊びに来ない?」
「え、よろしいのですか!?」
「ええ、是非。ティアニー領は王都のすぐ近くだから、時間がある時にでも来ていただけると嬉しいわ」
今現在、我が家には子供用ドレスが余っている状態だ。
中には私に似合わないような可愛らしいデザインのドレスまで、様々に取り揃えられている。
一度も着ないで終わるのは勿体ないし、キャロルに幾つかプレゼントしましょう。
お友達がドレスのことであれこれ言われるのは、私だって嫌だもの。
「よければ、デイヴィス領についても色々教えてくださらない?」
「はい、喜んで」
つまらないお茶会とばかり思っていたけど、こうして二度目の人生で初めてのお友達が出来たのでした。
やったー!!









