憂鬱
ゴールデンウィーク明けの月曜日。
五月になって初めての登校とのことで朝から全校朝礼があって、朝から教室で疲れているクラスメイトがちらほらいる。
今は全校朝礼が終わり、それぞれ自分達の教室に戻ったばかりで少し騒がしい。担任達は職員室で会議をするとか何とかで、しばらく教室に来ない。
そんな教室で、ユキは疲れている一人のクラスメイトが目に付く。
ユキは自分の席の前の席でうなだれている親友に近寄る。
「大丈夫か?ショウ?」
「ダメ、朝礼なんて悪い文化だよ…」
「何が文化だよ…まだウチはゆるい方だろ、胡坐とか掛けるし」
「うぅぅぅぅぅーーー」
長い話を人が密集した体育館で聴いたのが堪えたのかショウはうめき声を上げている。
ユキとショウが通う雪花高等学校は他の高校よりか偏差値が少し高めだが、それを差し引いてでも余りあるメリットがあり、それは校則のありとあらゆるものが緩々な点だ。
髪染め可から始まり、携帯端末の持ち込み可や制服の着崩し・アレンジなど可能、帰宅途中の寄り道など他の高校で禁止にしている行為をしても校則違反にならない。当然、不潔な身だしなみだったり条例違反などは言われなくとも指導が入る。
「そういえば一昨日の帰りは大丈夫だったのか?」
「あー、なんとかな。家に着いてソッコーで……」
ショウは、ユキと話していたが途中で言葉が切れて、廊下側の方へ目線を動かした。
「…?どした?」
「いやなんか、いつもより騒がしくね?」
それを聞き、ユキも耳を傾けてみたが、確かにいつもよりか五割増しで話し声が聞こえる。
「どうしたんだろうな…」
「いや、俺に聞かれても知らん」
ショウが気付いたのがたった今なのだから当然だな、と思い近くのクラスメイトに目をやる。
「なぁ、何かあった?」
ユキはクラスメイト達に聞き、それに対して髪が少し長めの男子が振り向く。
「ユキ達はまだ知らないの?」
「あぁ…」
「コレはまだ不確定の情報だが教えて進ぜよう!」
振り向いた男子が意気揚々と語り出す。
「この学年に”背の高い女子生徒”が転入してきたらしい」
ユキは一瞬だけとある事を思い出したが、すぐその考えを振り払う。
「不確定なのかよ」
隣のショウが不満そうに言い、目の前の男子も不満そうに唸っている。
「うーん、しょうがないだろ。僕も人から聞いた話なんだから」
おそらくこのクラスメイトも今周りで話している他のクラスメイト達に聞いたのだろう。
「でも、噂になっているって事はどっかに情報源あるんだろう?誰かが目撃したとか」
ユキも気になってしまい、クラスメイトに知っていることを訊きただす。
「あー、確か今朝、見知らぬ女子が一組の女子と一緒に職員室に入るのが見えたって」
「そうだとしたら、一組か?転入生が入るの」
「そうなんじゃない?」
流石に噂話だとこの位の情報しか得ないだろう。
「ありがとうなー」
「おう!あ!今度そこの三人含めた四人でカラオケにでも行こうよ」
ユキがお礼を言うと、クラスメイトは言いたいことだけ言って元々話していた輪に戻っていく。
「気が向いたら誘ってくれ」
ショウが答える頃にはもうすでに他のクラスメイトと話していた。
「忙しいやつだな…」
「そうだな……」
ショウが頬杖をしながら呟くのに、ユキも賛同する。
あの後、担任の先生が戻ってきてショートホームルームが始まった。
軽く連絡事項や熱中症の喚起などを淡々と話していく。
「──それと今日から転入生が一組に入ってるからな、以上。号令」
担任の最後の連絡事項にクラスメイトの数人が反応する。
──やっぱり!どんな子ですか~?
──一組ぃー、遠いじゃん!
──なぁ、あとで観に行こうよぉー
「ハイ、うるさいぞ~。観に行くなら迷惑掛けないこと~、日直~早く号令しちゃって~」
担任が気怠そうにクラスメイト達を制止させ、日直に号令を急かす。
担任が教室から居なくなった直後に、教室から数人の生徒が廊下へ消えてしまった。
ユキ達のクラスは六組で転入生が入ってきたのが一組の教室とは、同じ学年では一番遠い位置に教室があった。
「もう何人か行ったのか…元気だな」
「そりゃあ、観に行きたいだろ?フツー」
ユキとショウはショートホームルームが終わった教室で席に座って雑談している。
「そうだよ~、ショウ。多分全く興味示してないのそこの寝ているアマサキとショウくらいだと思うよ」
先ほど噂の事を教えてくれたクラスメイトが近寄ってきた。クラスメイトは右手の中指と人差し指でショウとその一つ前の席にうつ伏せになっている生徒に向かって指差してくる。
「だってさぁ、どうせ関わる事皆無の人を観に行って何が楽しいの?」
「えー気になるじゃん、僕も行こうかと思ったけど今は人ヤバそうじゃん。そうだ!昼休みに観に行こうよ!二人と昼飯は学食だろ?ね、ユキ」
「そうだな、食堂に行くのにどうせ通るし、ついでに観に行こう」
「うぃー…」
ショウは溶けてるが、一応一緒に観に行くようだ。
「転入、生か…」
「どうしたの?」
「いやなんでもないよ」
最近、同じ言葉を聞いたのが引っかかって、その思考が頭から離れない。第一、どこら辺にするとかも聞いてないしそんな偶然がある筈がない。
なんとか囚われている思考を振り払おうとして頭を左右に振り、事情を知らない二人に不思議そうな目で見られた。
その後は午前の授業を真面目に受けたが、ユキが苦手の文系の教科が三枠もあったので少し堪えた。
「さぁさぁ、行くよ~」
「分かったから引っ張らないで~、才里~」
「服が伸びる~」
ユキとショウは、昼休みに入った数分後にクラスメイトこと風雨才里に首根っこを掴まれ、廊下を歩いている。
ユキは体勢がこのままだと倒れそうなので才里の手を振り払い、才里の隣に立ち上がる。ショウはというと才里にそのまま引きずられている。
ショウがあーだこーだ言っている内に目的地の一組の出入口に到着する。
「とうちゃーく!!なぁ?噂の転入生はドコドコ?」
到着早々、顔の広い才里が一組の生徒に聞いている。
「んあ?あー才里かー、転入生?ほら、席は後ろの方の……って居ねぇ!」
才里に聞かれた一組の男子生徒は、恐らく転入生の席と思われる机を指差したが、そこには誰も座っていなかった。
──あれ?転入生どこ行ったか知らない?
──私知らないよ~
──私も何処行ったか知らないー
──確か…昼休みが始まったらすぐに誰かに連れて行かれたような?まぁ、校内の案内でもしてるんじゃね?
どうやら一組の教室内にご本人は居ない様子。
「ちぇー、まさか出遅れるとは…」
才里は舌打ちしながら、一組の教室内を隅々まで睨んでいる。
「居ないならしょうがないか、じゃあ学食行くよ!早くしないと席なくなっちゃうよ、早く~」
切り替えが早すぎるではないかと心配になるほど諦めが早かった。
(流石に本人が居なきゃどうしようもないとしても…ってはや!)
才里は目を離した一瞬でいなくなり、気付いた時には十メートル程先で手を振って此方を見ている。
「全く、切り替え早いな。しょうがない、ショウ行くよ」
ユキは傍にいるショウを連れて少し早歩きで才里を追いかける。
「いいけど、ミスイはどうする?」
「アマサキは寝てて起きそうもないから置いてきたけど、起こして連れてきた方がよかった?」
「寝てるんなら大丈夫でしょ、どうせ夜更かしした反動だろうし」
「俺らも人の事言えないけどな」
「確かに」
ユキら二人は教室に残って寝ている友人のことを話しながら才里を追い掛ける。
「…っ!おっと、ごめんなさい…ってすずじゃん!」
「此方こそごめ…ん?!ユキか~!」
ショウと横並びで廊下を疾走してると曲がり角から出てきた女子生徒に肩がぶつかってしまった。
ぶつかったのは顔見知りの同級生で、よろける程度で済んだいたのを確認していると、先に走る才里が此方を見向きもせず先に進んでいるのが見えた。
「ちょっと今急いでるから!ごめんな~今度何か奢るから」
「全くしょうがないわね。てゆうか廊下走るなー!」
「それは才里に言ってくれ」
ユキとショウは先に進む才里を追い掛けるべく、再度走り出す。ぶつかってしまった女子生徒に注意されるが、ショウがそれに対し才里に責任をなすりつける。
走り出したユキ達の後方から何か叫ぶ声が聴こえたが、聴こえないふりをして才里の後を追う。
「はぁはぁ、しかし食堂に着いたのがいいけど、才里はどこ行った?」
「ッ…スーハァー…アイツ、途中で見えなくなるし…追い掛けてる時にスズナリに目を付けられるし。…見つけたらまず説教かな?」
「そうだな…」
ユキとショウは食堂に向かう才里を追い掛けていたが、いつの間にか前に居た才里を見失ってしまった。とりあえず同じ目的地の筈の食堂まで来てみたが、才里は現在も二人で探しているが見当たらない。
「マジで何処行ったんだよ……居た!!」
「えっ!何処?…って人が多いんだから走るな~」
どうやらショウが先に見つけたらしく、人垣を縫う様に窓側の隅っこに向かい移動して行き、ユキはその後を追い掛ける。
ユキ達の入ってきた入り口の反対側に学食を注文・受け取りができるカウンターがあり、そのカウンター近くの窓側の席に才里は座っているのが人垣の間からチラッと見えた。
「…たっくもー!俺達を置いていくなよな!」
「ははは、ごめんごめん。ほらさ、席がなくなったら困るしさ…ははははは…」
ショウ達に追いつくと、ショウが才里を叱っていた。ユキはと言うと追い掛け続けで疲れて、怒る気も失せてしまった。
「やっと追いついたが…まぁ、俺はいいかな。さてと、ほら二人でカウンター行ってくれば?俺は待っとくから」
そういうとまた才里はショウを引っ張ってカウンターに向かった。
あの後ユキとショウはうどんを、才里は豚丼を頼んで残さず食べつくした。
「はー食った食った!学食を食べたの初めてだよ」
才里は満腹になったのかお腹をポンポンと効果音がなりそうな感じでお腹を手で叩きながら歩いている。
ユキ達は早々に昼食を食べ終え、食堂から教室がある棟に戻る為に廊下を三人で歩いている。
「そうなのか?まぁ、学食は遅く来れば食えないし、席を取るのは面倒だから俺も週明けくらいだよ。来るの」
週明けは基本的に週末にミクト(ミックトライブ・ヘイム)を遅くまでやっていて、遅刻しそうになるので家族には弁当はいらないと言っておいた。
「俺もこんな人混みに来るのは週に二、三回が限度だしな」
ショウは基本ユキと昼食を食べることが多い…いや、他の生徒と一緒に昼食をとっているのを見たことがない。
ユキ達は教室に戻ろうして廊下を歩いていると、「あ、やべ!僕、先生に呼ばれていたんだった」と言い残し、才里は職員室の方向に消えていった。
その場に残された二人は食堂で買った飲み物を飲みながら教室に向かう。
──なぁ、彼女が例の?
──かもな、見たことないし。
──背高いなー、俺なんて身長抜かれてるし。
──スタイルもスラっとしてていいなー。
教室付近まで歩いて来るとなんだか人だかりができていた。
「ん?あれ、どうしたんだろうな?」
「ん~?…うぇ~、何でこんな人いるの?」
ユキの問いに後ろからひょっこりと覗いたショウは変なうめき声を零す。
どうやらこの人だかりの中心にこの騒ぎの中心人物がいて、そしてその人物は俺たちの一年六組の教室の扉の前に立っているようだ。
どうにか隙間から中心人物を覗こうとしたが二、三回かチラッと見えただけで誰だかよく見えなかった。
教室の前の人だかりがいつまでも居なくならないので、しょうがなく割って入る。人と人の間を少し強引に縫いながら前に進んでいく。
「ちょっと……んしょ、通してくんない?教室に入りたいんだけど、おっと………え──」
もう少しで人だかりを抜けそうになった時に、こけそうになって上半身が前のめりになってしまった。その勢いで人だかりの前にようやく出られ、前に顔を向き直す。すると中心にいた二人の生徒が目に入った。
ユキは目の前の生徒に見覚えがあった。見覚えがあったが、本来居るはずもない人物を前にして言葉が出てこない。
「狭い~、ってどうした?」
ユキの後ろにぺったりと付いてきたショウが目の前で動きを止めたユキを見て、不思議そうにこちらに問いかけてきた。
ユキはショウの問いかけに反応できない。何故なら目の前の光景を目にしてそれどころではなくなっていたから。
そんなユキとショウに目の前の二人が此方に気付いて、顔を向けてくる。
「ちょっと何処で油を売っていたのよ!」
「あ……本当に…この学校に、居たんだ…」
一人は呆れ半分、怒り半分の表情。もう一人は片方の生徒の後ろに隠れていたが此方を見るなり、始めは不安な表情だったがだんだんとまるで曇っていた空が晴れたかの様に、顔から不安な感情はなくなっていた。まるで失くしていた宝物を見つけた子供のように。
「な、んで?」
「…うっそぉ」
ユキとショウはほぼ同時に驚きの声を零す。
目の前にはユキとショウの知り合いのスズナリ居て、その隣に立っていたのは本来この学校に居る筈のない人物。
半年間一緒にゲームをし、つい先日リアルで初めて会ったギルドメンバー。
正真正銘の、《ルト》はそこにいた。
お待たせいたしました!ユキネコです!!!
前回の投稿から約二週間で投稿に成功いたしました!!
本文は前々から脱稿はしていたのですが、挿絵担当ユキネコの納品が遅れてしまってここまで遅くなりました。
さて、今回からはユキ達の学校生活が始まりましたがしばらくは学校生活を中心に、ゲームはギャグ多めになりそうなので、期待せずにお待ちください。
次回も出来るだけ早めに出したいと思いますので、挿絵担当のユキネコに急かしたいとおもいます。
それでは、次回もお楽しみに!!!