ポンコツ幼馴染探偵曰く「絶対あなたが犯人です!」
"何ともない平日に惨事は起こる。"
"そしていつも、隣にいる探偵は言う。"
"あなたがこの事件の犯人です。"
何ともない平日の夕方、とある家での話だった。
「酷い事件だよな、これ」
「……っ」
眼下に広がる惨状を見て、僕はそう呟くしかなかった。
まさか帰ってきたら、
───彼女の1番のお気に入りである『クマのぬいぐるみ』に見たこともないような大きなシミができていたなんて。
「私のくまっちが! 私のくま、くまっちがぁぁああ!!!」
「一旦落ち着こう。犠牲者が他にいないか確認して……あとは状況せい──」
「うるさーい! だまれ!」
「っ痛!? 急にビンタするって何さ。このヒステリック系ポンコツ幼馴染め!」
ただ状況を整理することを促すだけで全力平手ビンタをかましてくる彼女こそ、被害者の一匹であるクマの持ち主であり、幼馴染であり、ポンコツ探偵として有名な──緋色坂夢見である。
ピンク色の長髪に、同色の瞳。
整った顔立ちからは凛々しさを覚えるけれど、しかし性格は真反対だ。
「これは事件だよ」
「事故ではなくて」
「事件だよ! ──絶対に誰かが私のクマちゃんを、明確に意図的に殺意を持って殺したんだ!」
「……いや、死んでるとは限らないと思うけど」
「限るよ!」
「うーん」
事故現場は緋色坂家。
しかも緋色坂夢見の自室。
被害者はクマのぬいぐるみ。
「事件の発生推定時刻はうん、ホント最近」
「すごい曖昧で結構。どうしてそう思ったの?」
床に倒れるぬいぐるみの前に屈む緋色坂は、まるで探偵みたいにそう言い切った。
「そりゃシミが濡れてたからだよ。まだ乾いていないってことは、たった先犯行は起きたの!」
「はあ」
「どう? 名推理でしょ。家族が犠牲になったんだから、私の今の頭はとっても冴えているよ」
「すごいよ、ただ一人を除く小学一年生ばりの推理だ」
「ふーはっはっ……って笑いたいところだけど、それどころじゃないんだよなあ」
だって殺人現場だから。とは口にしなかった。
「そうだね。でもこれを見てよ緋色坂」
「む」
部屋を歩いて、屈む彼女の隣に立つ。
「床には一緒に濡れたコップが倒れている。これで答えは明白じゃないか」
「どーいうこと!」
「察しが悪過ぎる……。緋色坂、このコップは元々一体どこにあったんだ」
「えーっと、机の上だったかな」
「うん。で、事件現場は机のすぐ下だ」
「えーっと、それはつまり?」
「コイツが何らかの理由で落ちて、コップの中に入ってた液体がぬいぐるみに掛かった」
「あー? なる……ほど?」
納得したような納得していないような微妙過ぎる返事だ。多分納得も理解もしていないな、この感じ。
「でもでもね、ぬいぐるみはベッドの上にあったんだよ」
「うーん」
じゃあダメだった。
確かによくよく考えてみれば、ぬいぐるみを床に落としているなんてありえない話だ。
まあ普通の人間なら分からないが、緋色坂は重度のぬいぐるみ好きで定評があるからな──。
床に置いておくなんて、放置するなんて言語道断だろう。
「そういえばさっきさ、ちょっとした地震があったよな──」
「あ」
そこでようやく、この事件が実に単純な仕組みであることに気がついたのか口を開くピンク少女。
「分かった!」
「何が」
「犯人が」
「いや待て、今の話からしてこれは事件じゃなくて事故だろ──だって、地震だぜ? 地震でぬいぐるみとコップがうまいこと落ちて、それから──」
「うるさいうるさいうるさーい! 名探偵である私の話を聞けー!」
名探偵。
しかしポンコツ名探偵だ。
「ごほん、分かったんですよ」
「……はあ、一応聞いておこうか」
咳払いして。
言う。
「ずばり。絶対にあなたが───」
定型。
もはや彼女という探偵と付き合うにあたって、嫌というほど何度も経験するであろうこの様式美。
緋色坂夢見は僕に対してビシッと、勢いよく指を差す。
ああ、ほら来た。
まただよ。
だから言われるんだよ。
僕に、
ポンコツだって。
「犯人です!」
◇
「じゃあ現場検証の真似事といこう」
「──待って」
彼女のいつもの決めつけは無視してから、屈み込んでコップを手に取ろうとしたのだが……緋色坂に遮られてしまう。
「なにさ」
「犯人と思わしき人物に事件の物的証拠を触らせるわけにはいかないの!」
「……さっきの決めつけ、本気で言ってるの」
「本気に決まってる。それ以外何があるっていうの」
「──ふざけてるよなあ、全くさ……」
緋色坂は急いでコップを手に取る。
あくまでも僕たちは真似事をしているだけで、警察ではない。
もし『犯人がコップを持って、わざとぬいぐるみにシミを作った』などの犯行を起こしていたとて、指紋の確認なんてしょうがない。
だからだろう。
彼女はガツガツと物を触っていく。
確認したところで何も分からないだろうに。
「うーんと」
「ぬいぐるみを凝視して、どうした」
「……良かった。生きてる」
「ちょっと待て。生死の判断を今するのかよ!?」
そもそも『ぬいぐるみ』であることはさておき、
だが、さて置いても!!!
「おかしいよなあ、それ」
「私のくま◯ンをバカにしないで」
「そのクマのぬいぐるみは『くまっち』て名前じゃなかったっけ? つーか……そもそも馬鹿にしてないし、僕は熊本県出身でもない」
「……どういうボケ?」
本気で意味がわからないみたいな表情をされて、ちょっぴり辛いのはナイショだ。
「ごめん」
「じゃあ貴方が犯人であると認めれば、許してあげる」
「じゃあ許して貰わなくて結構だね。職権濫用だからな。それとも職権逸脱?」
「……」
「というかそもそも、どういう論理で組み立てていったら僕が犯人って結論に落ち着くのか、そこが腑に落ちないよな」
そもそも考えて、
前提からしておかしいのだ。
「詳しいことを説明するまでもなく、僕にはアリバイが存在するんだしさ。それで決着だ」
アリバイ───犯行出来ない決定的証拠を、僕は持っている。
「だってシミは濡れてるから、犯行が起きたのはすぐさっきだ。でも僕はたったさっき、君と一緒に高校から帰宅してきた。放課後勉強会をするために一緒に帰ってきた。これをアリバイと呼ばずして何で呼ぶんだろう? 思いつかないな……」
「それにさ、理由もない。なんでわざわざ幼馴染との絆を傷つけるようなことをしなきゃならねーってんだ」
「それに地震があったんだし、事件なんかより事故の可能性の方が高い。犯人なんてそもそもから居ないっていう方が有り得る話だ───しいて犯人をあげるとしても、地球だ。もしくは日本の下にいるプレートたちかな」
「少なくとも僕ではない。可能性としては本当にごく一部あるかもしれないけど、言い切れる材料は"決して"ない」
「僕を犯人にあげるぐらいだったら、まだ緋色坂自身が犯人である方が筋が通っているし、ベタなストーリーだし、分かる。探偵が犯人パターンな」
「それを聞いて、さあ、どう思う? ポンコツ名探偵さ……ん?」
ここまで話して、硬直することになる。
僕は自分が犯人ではないと『出来るだけ丁寧に説明し』、『犯人だと断定してきた探偵にその推理内容を質問した』それだけだったのだが。
逆効果──というか、効き過ぎたらしい。
彼女は目尻を赤くしていた。
頬に水滴を垂らしていた。
あ。
「……ぐすっ、っ」
「あれ」
「っ、っぅ、ぅ、ごめんなさい……ごめんなさ……」
そう、緋色坂夢見は泣いていたのだ。両手を目元にやって涙を拭く、目を擦る。
ピンクの少女だが気持ちはブルー。
「───ちょ、やべ」
脳裏をよぎる言葉はそう『言い過ぎた?』。
ぬいぐるみとコップを机の上に置いて、僕は彼女の前に屈み、表情を覗く。
「ごめんって、緋色坂。別に責めてるつもりじゃなくてさ」
「うう、うぅ」
「あう、泣いている女の子に僕は弱いってのに……」
もしかするとポンコツ探偵なりに、そういう策略で僕を籠絡させ、犯人に仕立て上げるつもりなのかもしれないが!
「分かったよ。僕が犯人で良いさ」
勿論、犯人ってのは先述した通り有り得ない話だ。
にしても、まあ。
──ああ、本当に弱いよなあ。
悪女に捕まった場合、すぐに警察署とかに連れてかれちゃうような弱男だよなあ。
「……ぐすっ、ぃや、やぶちゃは……犯人じゃなぃよ。私が、間違ってた……」
"やぶちゃ"
"緋色坂だけが使っている僕のニックネーム"
"本名は鶴河 薮"
「まあ、間違ってるけど。うんうん」
「うう」
不意に幼馴染が僕の胸元に飛び込んでくる。
まるで映画のワンシーンだ。
実際には、実にふざけてるシーンなのだけれども。
「あ、因みに」
唐突に声が切り替わる。
なんだ。
やっぱり嘘泣きだったのか?
「……私を泣かせた犯人は?」
いや、本当にやはり泣いていたらしい──まだぐずった声をしながらも顔を上げて、上目遣い。
そして、そんなあまりにも単純な質問をしてくるのだった。
ぬいぐるみの話は迷宮入りか……。
彼女としては許せない部分もあるのだろうが、なにせ何にも証拠がない。
そうだ。これは鼻から探偵が取り扱うべきではない事故なのだ──、だから選択の時点で彼女はポンコツだったということ。
真相はわからないが……まあきっと地震のせいだろうなあ…………、
「ねえ、ぼーっと、してないで」
「え? ぁあ、ごめん。考え事してた」
「じゃあ分かった? 私を泣かせた意地悪な犯人が誰だか」
まあね。
実にフザけた回答だと思っちゃうけれど。
「まあ絶対に僕が」
コレ以外は正直、似合わない。
「──犯人だろうね」
作者の連載作品(完結まで既に書いています。あとは投稿するだけ)『このフザけた世界で生き残る』の方も宜しくお願いします!!
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デスゲーム紛いの頭脳戦必須な夢泉学園で──主人公である狭間北がなんとか生き残ろうと奮闘(実は最強)する物語です!