幼馴染の聖女がひたすらに勇者様の剣で一人遊びをした結果、大事な膜を失ったらしい。 〜発狂しそうなのですわ、どうすればいいのですの!? 死ぬほど動揺してるが、後悔してももう遅い〜
私には幼馴染がいる。その子は綺麗な金髪を靡かせて、礼拝で祈りを捧げている時には絵画にさえ見えてしまう様な女の子。その子が、聖女様だとお告げが下ったのが一年前。太古に封印された魔王が復活し、世界を恐怖に陥れるとの神託と同じ時期の宣告だった。
その後、同じく神託によって選出された勇者と共に魔王の討伐に行った彼女は、見事にその責務を果たしたのだった。そうして今、勇者様一行と共にこの片田舎の教会に立ち寄ってくれたのは、故郷だからという理由の他に私のこともあったのではないかな、なんて。一気に遠くの人になってしまった幼馴染に感じている友情と羨望に、憧れも感じながら妄想してみたりして。
実際は、歓迎会を街総出で行うことになり、構ってもらっている暇なんて微塵もなくて。それに納得やら落胆やらしつつ、夜の懺悔室に入ったのが1時間ほど前の出来事。この教会の懺悔室は当番制で、今日は私の持ち回りの日だったのだ。はー、あの娘は本当に偉くなっちゃたなぁと思い出に浸っていた時の出来事だった。
「ま、まずいですのリーン、シスター・リーン!」
冷や汗を流し、眼をしどろもどろにしながら懺悔室に駆け込んできたのは、我が幼馴染にして偉大なる聖女で在らせられるシスター・アリカだった。今も美しく、賑やかで、何時も通りに言葉が変なことが特徴な聖女様は、泣きそうになりながら真夜中にやって来た……何故か、下半身を丸出しで。
「…………迷える子羊よ、何かありましたか?」
スゥ、と太腿に滴る血に、何も見なかったと己に言い聞かせながら何時もの常套句を口にする。明らかにそれ関連で、愉快にトチ狂われているのは間違いないけれど。
運動、うん、運動で大切な部分の大切な何かが破れてしまったのかな? そうだよね、そうだと言って。信仰している宗教の聖母様だって処女受胎してるし、そう言われたら信じるからさ、ね!
「勇者様の剣で己を慰めていたら、間違えて破けてしまったのですわ!」
そんな私の心からの願いは、聖女様によって一撃で蹴散らされた。
狂いそうですの~! と言って挙動不審な動作を繰り返している性女様の言葉に、私の正気がおかしくなりそうだった。
「勇者様の剣で?」
「剣と言っても、勇者様自身の肉棒ではありませんわ!」
「……その身を慰められて?」
「軽く、かる~く、するつもりでしたの!」
「…………秘部を破かれたと?」
「秘蹟の最中での、悲しい事故でしたの」
秘蹟、それは神の恩寵を信徒に与える大事な儀式のこと。
舐めるなよと思いにっこりしてしまうと、何故か性女様に微笑み返される。多分、人生を舐め腐っているからこそ出来る仕草なのだろう。なまじ可愛いから、毎回だまくらかされてしまう。けど、今回だけは流石に無理だった。
「寡聞にして存じていないのですが、シスター・アリカは改宗されたのでしょうか? 人の秘部を用いた秘技など、当宗派には存在していない筈なのですが?」
「神の血はワインで出来ていらしたのでしょう? それと一緒で、私の体は神秘が多分に含まれておりますの。ですから、その、大事なところから滴る体液も、ある意味でそれと同義に当たりますのよ~」
性女様が太腿の血を一滴、部屋にあったドライフルーツに垂らすと、ペカーと淡く光ってからそれは新鮮なブドウへと様変わりした。目を疑うような光景だけど、それは間違いなく奇跡の一端とも呼べる秘技である。
「どうされましたの、シスター・リーン。遠くを見つめられて……瞑想?」
「主について、思いを馳せておりました」
ほぼヤケクソ気味に、皮を剥いてブドウをモグモグしてみる。……うん、美味しい。もぎたてだと言われても、信じてしまう位の新鮮さ。主よ、奇跡を安売りするのはお止め下さい。
「えっと、何でしたっけ? 勇者様との行為が気持ち良すぎて気が狂いそうな話でしたっけ?」
「勇者様の剣に私の初めてを捧げてしまって、気が狂いそうな話ですわ! そうですの、まだ勇者様とはキスすらしたことすら……」
半ばどうでも良くなりながら、私は唇についていた果汁を舐め取る。最近はドライフルーツばかりしか口に出来ておらず、とても貴重なスイーツ(性女様産)だったから。
「話を聞いて下さいましっ!」
「うん、聞いてる聞いてる」
「リーン! 私に意地悪しないでください!!」
昔みたいに、呼び捨てで名前を呼ばれた。なんか懐かしいって気分になって、私も聖女様相手とは思えないほど、気安く返事をする。
「アリカ、やっぱりあなた面白いわ。何で聖女様やってるの?」
「きっと、主は顔面偏差値で聖女を選んでおりますのよ」
自分でそんなことを言うあたり、面の皮なら恐らく歴代聖女様の中で最も厚い。主よ、この聖女様は普通にあなたに中指を立てておりますが、お許しになられますか?
罰せられるなら、ほどほどにしておいてください。これでも幼馴染なんです、お願いします。
「それで、もう手遅れの膜だけど、どうするつもり?」
「ようやく本題に入れますわね、それを相談しに来たのですわ」
「相談されてもね……」
アリカの丸出しになった下半身から垂れていた血は、もう乾いてしまっていた。手遅れという文字が、頭に点滅する。私は出来るだけ綺麗に、にっこりと笑った。
「諦めなさい」
「勇者様をですの!?」
「あなたの処女膜よ。でも、流石の勇者様もアリカを娶るのはね……」
頭を抱えて、"おぉ、神よ……"と祈りを捧げているアリカは、間違いなく顔は良かった。ただ、それを下半身丸出しのままする愉快な性格は、あまりにあんまりだった。聖女様と清楚は、同義語でないと知らしめてくれる女である。
「で、ですが、勇者様から世界で一番おもしれー女と言っていただけたのです!」
「気を違えてるとは、勇者様だって言えないでしょ」
「だったら、世界で一番キチゲーな女と仰れば良い話ではないですか!!」
「言えないって話をしてるでしょ!」
ふと、昔を思い出す。アリカの顔に誑かされた男が寄ってきて、2、3分話をしたらスッと離れていったことを。2、3分でそれなのだから、1年間一緒だった勇者様はもう絶対に無理ってなってない?
「もうさ、この際告白しちゃえば? それでダメだったら、膜にも諦めがつくでしょ」
「つきませんが!? 勇者様に情けを頂戴できる時、私のお股がガバガバでしたら、どう言い訳をするつもりですの!」
「んー、私のお股は多弁でして、勇者様とお話ししたくてこうなってしまいました、とか?」
「その手がありましたか!」
「無いわよ」
何でそこで、通用するわけないってならないのか。納得した顔しないで、私まで狂人みたいじゃない。
「膜がないのも、あれば窒息しそうでしたから……そういうことですわね?」
「どういう状態なのよ!」
「いつだって、リーンは天才ですの。こうして答えを見つけてくれるんですから!」
心の底からやめて欲しい。それならいつも、私が教唆してアリカの暴走を酷くしてるみたい。確かに教会の方々に、問題児コンビと何故かセットで扱われていたけれど。甚だ不当な評価だと、訂正を求めたくて仕方なかったのだから。
「それでは、早速会話の練習をしましょう。お股が喋ってるように腹話術しますので、リーンはその懺悔を聞いてくださいまし」
「怖すぎるわよ、その絵面」
「では、行きますわ。"シスター・リーン、聞いてください。近頃貴族間で話題の、りんご果汁を塗りたくったお股にしゃぶりつく遊び。勇者様を誘惑するために、実際に塗ってみたのですが"」
「うちの国の貴族、終わってるわね」
どうして逡巡なく、そんなことが思い浮かぶのだろう。そんな気持ちに支配されるが、好きな男の方が出来たことで頭のデキも振りきれてしまったのかもしれない。勿論、悪い方に。
「"その結果、私は日夜痒くてお股を掻かずにはいられない、そんな状況に陥りました。ですが、そのおかげで最高な娯楽に出会えたのです。……そう、勇者様の剣でお股を掻くのは、とても気持ちのいいものだと"」
「本当にやってたの!? というか、回り回って遠因じゃない、バカすぎるわ」
「"いずれ、勇者様とも。そんな気持ちを抱いて、それが私の初恋だったかもしれないのです"」
「そんな初恋、あるわけないでしょ! 純度100%の性欲よ!!」
大声を出して肩で息をする私に、アリカは恥ずかしげに微笑んだ。
「ど、どうでしたか? 初めてお芝居をしたもので、照れてしまったのですが」
「もうちょっと別のところで恥じらって。頭が悪くなってるわ、アリカ。今すぐお医者様にかかりましょう?」
「? 生まれてこの方、風邪ひとつ引いたことありませんが」
久しぶりすぎて忘れていたが、そう言えばそうだった。この女は、聖女になる前から無敵の生命体だった。なので、私が風邪を引いた時とかも、結構看病してくれてたな。……悪い子じゃないんだけどね、本当に。
「リーン、あなたのお陰で何とかなりそうです。本当にありがとうございます」
「ここは懺悔室よ、全く」
ブンブンと、私の手を繋いで踊り出すアリカは、本当に世界一能天気な女の子だった。でも、何だかんだで腐れ縁でいてしまうのは、この子が面白くて飽きないからなのかも、しれない。
「そう言えばなんだけど」
「どうかしましたか、リーン」
一通り踊って、下半身丸出しだったアリカがクシャミをした辺りのこと。ふと、私の脳裏に一つのことが過ぎった。蘇ったブドウ、その瑞々しさを。それで、あれ? っと。
「もしかして、アリカの膜って勝手に蘇ったりしない?」
私の問い掛けに目をパチクリとさせたアリカは、理解が頭に及んだ途端に目を輝かせた。
「それですわ! 考えてみれば私、魔族に傷付けられても時間が経てば元通りになってしましたの!」
「なにそれ怖い」
自分で言っておいて呆然としている私を尻目に、アリカは全力で懺悔したから走り出した。何、もしかして確かめに行く気? ……どうやって?
「元に戻ってました! 破り直したら、ちゃんと破れましたもの!!」
「痴女?」
「聖女ですわ!」
自分の破瓜の血を入れた小瓶を片手に、アリカは満面の笑みで戻ってきた。毎秒狂ってる世界観すぎる、こちらまで頭がおかしくなりそうだ。
「毎秒処女、エターナル乙女ですわね」
「毎回痛いってことじゃない、それ」
「毎回ロマンティックってことですわ」
今は夜中なだけに、実はふざけきった淫夢を見ているのではないかと思うが、どうやら現実の出来事らしい。主よ、私をお救いください。
「お礼に、こちらを差し上げます」
「え?」
渡された小瓶の中には、アリカの破瓜の血。ニコニコしてる彼女は、リーンに処女を捧げてしまいましたわー、なんてほざいている。勇者様に申し訳なく思って欲しい。
「これで毎日、新鮮な果物が食べられますわね」
「幼馴染の血を、毎日啜りたくなんてないんだけど」
「好き嫌いはダメですのよ」
そもそも、この女の生き血は食べ物ですらない。要らないと返品しようとしたけど、颯爽と出ていってしまってそれすらも叶わなかった。どうしよ、これ……。
とある都市の、古い伝説。
かつて、蘇った魔王を打ち倒した勇者一行。彼らは、仲間である聖女の故郷に立ち寄り、大いなる歓声と共に歓迎された。その都市の思いやりに感動した一行は、神の奇跡を都市へと与えた。
すると、丘の上にある、その都市と同じ年輪を重ねた古い樹木が、時間が戻ったかのように青々しく蘇った。その木は、今も青い匂いを、街に届けている。
小瓶の中身、要らなかったのでリーンは街の名物の木の辺りに蒔いたらしいです。