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コバルト王国・第二王子・テオドール

 コバルト王国の水路を、ピンク色のイルカ、チェリーが疾走する。

 その背には、デボラを乗せて。

 風と波に、デボラの黒いドレスの(すそ)が、ひらひらと舞う。


 チェリーの背には、丈夫な海藻を編んで作られた、(くら)手綱(たづな)を付けていた。

 おかげで、デボラは振り落とされずに済んでいる。


 街の住宅からは、サハギンの住民たちが顔を出している。


「あっ!黒姫様」

「黒姫様、おはようございます!」

「黒姫様、今日も綺麗ね」


 デボラは、住民たちへと手を振った。

 住民たちも、手を振り返す。




 デボラがコバルト王国へとやってきて、今日でちょうど一ヵ月が経つ。


 太陽の光が届かない、大洞窟の中のコバルト王国。

 デボラの肌は、浅黒いままだった。

 てっきり、コバルト王国にしばらく居れば、肌の色も少しは薄くなると思っていた。

 コバルト王国の真上にある、太陽石の大鉱脈から照らされる光。

 あの光が、太陽のものと同じなのだろうか。

 それとも、色素が完全に定着してしまっているのだろうか。


 だが、デボラは自分の肌の色など、少しも気にしていなかった。

 この浅黒い肌も含めて、アレックスは愛してくれている。

 デボラは、チェリーに乗って水路を走りながら、アレックスを想う。


 今、デボラが目指しているのは、コバルト王国の端にある、大図書館だ。

 コバルト王国中のあらゆる書物が、そこにある。

 デボラは、大図書館にいる、ある人物に呼ばれていた。


 チェリーの背に乗り、波間を滑走していると、やがて見えて来る、大図書館。

 大図書館は、王城よりも大きな屋敷だった。


「うわ、大きい!」


 小さな王城を見た時とは、まるで正反対の感想。

 ピンクのイルカのチェリーから、大図書館の入り口の階段へと、飛び乗った。

 チェリーは、そのままどこかへ泳ぎ去ってしまう。

 だが、また呼べば駆けつけてくれる。


 大図書館は、何もかもが大きかった。

 建物そのものも、入り口の扉も、廊下も、書庫も。


 コバルト王国の書物は、海藻で出来た、水と(かび)に強い紙で出来ている。

 そのため、水路から上がって来たままのサハギンでも、わざわざ水を拭かなくとも書物を手に取ってもいいのだ。

 コバルト王国は、本当に海藻文化だな、とデボラは思う。

 服から紙から、食糧に至るまで、海藻は無くてはならないものだ。

 しかし、よく考えれば、海上王国でも、植物無しでは生活がままならない。

 そういった意味では、海の中でも、海の上でも、根本は変わらないのかもしれない。


 大図書館の広々とした廊下を、デボラは歩く。

 大勢のサハギンたちが、すれ違っては、会釈をしてくれる。

 デボラも、サハギンたちに笑いかけた。


 やがて、廊下の先から、白いローブを着た、小柄な人物が歩いて来た。

 その人物は、ローブについたフードを、目深に被っている、幼い少年。

 顔立ちは、アレックスによく似ている。

 銀縁の四角い眼鏡をかけていた。




 この人物こそ、今日、デボラを呼び出した張本人。

 ネイビーブルーの髪と瞳の、十歳児。

 アレックスの弟。

 コバルト王国の第二王子、テオドール・コバルト。

 通称、テオ。




 テオは、王城には住んでいない。

 この大図書館に併設された、小屋に住んでいるのだ。

 だが、デボラのように家族から冷遇されている訳ではない。

 テオ自身の意思である。

 サハギンだが泳ぎの下手なテオは、大図書館の隣に住むことを望んだのだ。


 テオは、頭がいい。

 十歳にして、兄であるアレックスや、父であるコバルト王よりも。

 大図書館に(こも)っていながら、誰よりも海上国家の現状を把握しているのもテオ。

 テオ自身は、大図書館と自宅からほとんど出ないが、多くの部下を使って情報収集をしているのだ。

 デボラがまだコルクス公爵家で人間扱いされていなかったころ、アレックスに、デボラの状況や、その妹シェリーの男遊びの事を教えたのも、テオだった。


「やあ。デビー姉様」

「おはよう!テオ!」


 アレックスが、皇太子ではなく第一王子と呼ばれているのも、テオの存在があるためだ。

 テオは、王となる素質を十分に秘めている。

 アレックスとテオ、どちらが次の王になるのか、正式には決まっていないのだ。

 だが、テオ自身は「出世や地位なんて、ボクの人生には邪魔なだけ」と公言していることから、アレックスがこのまま王になるのだろうと、テオ自身も含めて、みんなが思っている。


 デボラは、呼び出された用事を聞く。


「それで、どうしたの、テオ?」

「浮き木の王国『フロート』の植物が、少しずつ枯れ始めてる。

 土中の栄養素が無くなってきてるせいだと思う。

 堆肥でも使えばもう少し長持ちさせられるだろうけど、結局は破滅まで時間の問題だね」


 今までならば、サハギンが海底の良質な土を、農業・林業用として提供していた。

 だが、一ヵ月前のデボラ追放をきっかけに、土と石をフロート王国との交易品から外したのだ。


 樹木が育たなければ、新しい区画が作れなくなる。

 当然、今の区画は、時と共に劣化し、崩れる。

 浮き木の王国フロートは、今や沈みゆく浮き木でしかない。


 だが、その事ならば、デボラよりもコバルト国王にでも進言すべきことだ。

 デボラは、自分だけがテオに呼ばれた理由が分からなかった。


「デビー姉様に伝えたいことがある」


 デボラの心中を見透かしたかのように、続けるテオ。


「フロート王国の皇太子と、その取り巻きども。

 そして、デビー姉様の実家のコルクス公爵家と、その関係者。

 そいつらが、デビー姉様の誘拐を目論(もくろ)んでいる」

「……え?」

「人質にする気だよ。

 サハギンに土や石を取ってこさせるためのね。

 まったく、あいつらの脳内には、対等な取引を行うという発想は無いらしい。

 自分たちが、上に立たなきゃ気が済まないんだ。

 そんで、皇太子シグナスは、訳の分からないカリスマだけは、なぜか持っているでしょ。

 まともな人間には効かないんだけど、アホな奴らは扇動される。

 現在のフロート国王と王妃がまともなのが唯一の救いだけどね」


 デボラは、自分が無実の罪で婚約破棄をされた、あの卒業パーティを思い出す。

 あの時は、あの場の全員が、デボラが悪であると疑っていなかった。

 テオ(いわ)く、あそこにいた奴らがアホの典型とのことだ。


「で、でも、なんでそれを私に?」

「アレク兄様と父様は、脳筋だから。

 ボクの口からこれを聞いたら、即座にフロートに攻め込むでしょ。

 ボクとしては、戦争は回避したい。

 コバルト王国がフロート王国に負けるとは思ってないけど、戦争になったら、少なくともサハギン側にも死者が出るだろうからね。

 だから、アレク兄様と父様には、デビー姉様から、戦争にならないように、やんわりと教えてあげて欲しい。

 言葉っていうのは、内容そのものよりも、誰が言ったのかが、重要になることも多い。

 この件は、ボクよりもデビー姉様が言うのが、きっと一番(かど)が立たない」


 デボラをじっと見つめるテオ。

 改めて、少年の頃のアレックスによく似ていると、デボラは思う。


「デビー姉様、気を付けて。

 あいつらが何を仕掛けてくるか、ボクでも全てはわからない」







 皇太子シグナスは、隠れ家の地下室で、取り巻きたちと計画を練っていた。

 コルクス公爵たちとは、別々に行動をしているため、公爵一味はその場にはいなかった。

 シグナスが、(いきどお)る。


「そもそも、俺は納得いかなかったんだ。

 なぜ、あの魚どもに、交易など面倒なことをしてやらなきゃいけないのか。

 交易など、やめだ。

 魚どもには、奴隷として、偉大なるフロート王国の労働力となる名誉をやろうじゃないか」

「デボラが次に海上国家のどこかに姿を現した時に、(さら)うのが一番いいですね」

「ああ。そして、デボラには俺の第二婦人となる名誉を与えよう」


 シグナスは、石や土を手に入れる人質として、デボラを誘拐するというのは、半分は建前だった。

 もう半分は、あの水上舞踏会の時の、美しい黒姫の姿を見て、デボラがどうしても欲しくなったのだ。


 取り巻きの一人が、シグナスに問う。


「しかし、デボラの奴、いつどこに現れるのか、見当が付きませんよ」

「それに関しては、名案があるの」


 シグナスの隣に座っていた、シェリーが、にこりと笑う。


「お姉様を人質に取るための、人質を取りましょう。

 誰でもいいわ。

 裏切り者の王国の、そこらへんの適当な子供でも(さら)って、お姉様に顔を出させればいいのよ」

「おお、それはいいですね!」

「さすがシェリー様!」

「すばらしいお考えだ!」


 その取り巻きの中の一人の、丸眼鏡をかけた男は、表ではシェリーを称賛するも、心中は穏やかでは無かった。

 彼は貴族の子息であったが、シグナス一味にスパイとして(もぐ)り込んでいる、テオの手下でもある。


(……まずいぞ。

 黒姫様は、子供を見殺しになんて絶対にできない。

 でも……。

 テオドール殿下、すみません。この流れは、俺には止められない)


 丸眼鏡の男は、顔では笑って、背筋には汗をかいていた。




 サハギンたちを巻き込んだ、運命の歯車が、動き出す。








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― 新着の感想 ―
[良い点] テオの聡明さ > この件は、ボクよりもデビー姉様が言うのが、 > きっと一番角かどが立たない 単なる知識や賢さだけじゃない ここまで周囲の受け取り方を 慮ることができる [気になる点…
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