【最終話】君といつまでも
コバルト王国付近の浅瀬に建てられた、議事堂。
そこには、全ての国の王が、集結していた。
中央では、浮き木の王国フロートの国王が、王冠を頭から取り外す。
目の前には、サハギンの国、コバルトの国王夫妻。
フロート国王は、脱いだ王冠を、コバルト国王に手渡した。
「これで、やっと肩の荷がおりました」
「今まで、お疲れ様でした」
フロート国王は、国王であることを辞めた。
浮き木の王国フロートは解体され、独立した各国に分割統治されることになったのだ。
フロート国王は、決して愚王の類ではない。
だが、皇太子が愚かであったことが、唯一にして、最大の汚点であった。
どうすればよかったのだろう、と思う。
もう少し息子に目を向けていれば、とも思う。
だが、凄まじい激務である国家運営の仕事に塗れた中で、一体、何ができたであろうか。
もし仮に、過去に戻れたとしても、やはり皇太子の教育は、教育係に任せる以外のことはできないだろう。
これが、フロートの運命だったのだ。
フロートだけではない。
どの国も、今は善政を敷いているが、これから先の未来のどこかで、いつフロートと同じ轍を踏むことになるとも限らない。
歴史は、繰り返さざるを得ないのだ。
いつかどこかで、愚者が王となっては国が滅び、賢者がまた新たな国を作る。
そのサイクルが、歴史と呼ばれるのだろう。
踊るジョッキの王国『チアーズ』のドワーフ王が、二十人以上いる、各国の王へと声をかける。
「さて!今日はこれから、コバルトの皇太子アレクサンダー殿下と、黒姫デボラ様の結婚式!
我がチアーズのビールで、みんなで乾杯といこうじゃねえか!」
すると、鋭い女性の声がかかる。
濃い紫色のドレスを着た、若い女性だ。
「お待ちになってくださいまし。
結婚式でビールなど、無粋。
ここはエレガントに、豊穣の紫の王国『ベル』のワインこそが、相応しいですわ」
その女性こそ、ベルの女王、その人であった。
チアーズ王が、鼻を鳴らす。
「ふん!なら、お客に決めて貰おうじゃねえか。
どっちの酒が人気かを!」
「望むところですわ!」
チアーズ王と、ベル女王が、火花を散らす。
★
今日もまた、吹き抜ける風の王国『フラッグ』の上空には、染め上げられた色とりどりの布が、旗のように風に靡いていた。
その中の、仕立て屋の一室にて。
頭に虹色の巻貝を乗せたマダム・タイドが、大号泣していた。
「うお~ん!おんおん!
デビーちゃん、とうとう本物のお姫様になるのねえ!
幸せに、なるのよお!」
マダム・タイドの濡らしたハンカチは、既に三枚目に突入していた。
目の前には、真っ白なウエディングドレスを着た、デボラが笑う。
「にしし。行ってきます!」
デボラは、棚の上に立てかけてあったブーケを手に取り、仕立て屋のドアを開けた。
その途端、デボラの上空から、色とりどりの花びらが、降り注ぐ。
「黒姫様!おめでとう!」
「どうか、お幸せに!」
「黒姫様、とってもきれいよ!」
フラッグの国民の手から、花びらが舞う。
国民たちも、涙している。
二階や三階の窓からも、デボラへと花を撒く。
「あははっ!みんな、ありがとう!」
フラッグの街道に敷かれた真っ赤な絨毯を、数えきれないほどの人々に祝福されながら、歩くデボラ。
その先の、海へと続く階段の手前には、黒いタキシードを着た、アレックスが立っていた。
アレックスが、自分の肘を差し出す。
「さあどうぞ。お姫様」
「ありがとう。王子様」
デボラは、アレックスの肘をそっと抱える。
短い階段を下りると、目の前には、どこまでも広がる、青い海。
デボラが手を一振りすると、海の上に、空気の塊の道が出来る。
ふたりは、透明なバージンロードに足を踏み出した。
こつこつと、音を鳴らし、ふたりは歩く。
透明な道の下には、カラフルな珊瑚礁。
同じくカラフルな魚の大群が、アレックスとデボラの下を通り過ぎた。
「ふふっ」
「デビー、どうしたの?」
「あのお魚たちも、恋をしてるのかなって」
「そりゃあ、もちろん」
生まれては、恋をして、儚く散ってゆく。
この世に生まれた命なんて、そんなもの。
でも、その短い時間の中で、どうしようもなく愛おしい幸せがある。
こつこつと、音を鳴らし、ふたりは歩く。
やがて、透明な道の両側に、数えきれないほどの筏が見えてきた。
どの筏も、満員だ。
誰も彼もが、ビールのジョッキか、ワインのグラスを手に持っていた。
チアーズ王と、ベル女王は、未だ火花を散らしている。
「まさか、ビールとワインが、ちょうど半々とはな」
「ビールごときに引き分けとは、悔しいですわ」
「そりゃあ、こっちのセリフだ!たかがワインに、ウチのビールが勝てんとは……」
そんな戦が起きているとは露知らず、観客たちは、ジョッキとグラスを掲げる。
片眼鏡をかけた紳士、フラッグ王の声が、響く。
「アレクサンダー殿下と、黒姫デボラ様に!乾杯!」
アレックスとデボラの両脇から、ジョッキとグラスがぶつかる音が、雨音のように降り注ぐ。
その瞬間、オーケストラの壮大な演奏が始まる。
踊るように指揮を取るフォルテ王は、満面の笑みだ。
その演奏に混じって、騒がしい声が聞こえてきた。
鉄の檻に入れられた、コルクス公爵夫妻と、元皇太子シグナス、そして、デボラの妹のシェリーだ。
「デボラ!儂を助けろ!育ててやった恩を忘れたのか!」
「デビー!娘なら、母を助けるのは当然でしょう!ほら、早く!」
アレックスは、半眼になって、コルクス公爵夫妻を見る。
「なんで、あいつらがいるんだ?」
「ふふっ。テオの仕業よ」
そして、フロートの元皇太子シグナスと、デボラの妹シェリーは、互いに怒鳴り合っていた。
「このビッチが!よくも俺を騙したな!」
「アンタだって、私の身体で気持ちよくなってたでしょ!それくらい許容しなさいよ!」
「はぁ~?毎晩のように違う男を連れ込んでたなんて知ってたら、最初からお前なんて選ばないさ!
あっ!デボラ!
俺が間違っていた!真実の愛に目覚めたんだ!
君こそが、俺の運命の人だ!」
「ムキーっ!お姉様の癖に、なんで幸せになってんのよ!
そこは、私のいるべき場所でしょっ!
アレックス様ぁ!そんな貧乳女なんてやめて、今からでも私に乗り換えましょ!」
醜い争いを繰り広げている、シグナスとシェリー。
檻の近くの椅子には、スーツを着たテオとヴィクトルが座っていた。
二人とも、シグナスとシェリーの様子を見て、指を差して、げらげらと笑っている。
「くくくっ!
よかったね、シグナスさん。
ボクのあげたシェリー嬢の調査資料が役に立ったみたいで。
ぷぷぷっ!」
「はははっ!ざまぁ!」
それにつられてアレックスとデボラも、くすりと笑う。
ふたりは、聖人でも何でもない。
悪趣味とは分かっていても、つい笑ってしまった。
こつこつと、音を鳴らし、ふたりは歩く。
オーケストラの美しい旋律が、シェリーたちの罵声をかき消した。
やがて、デボラの作った透明な道は、終わりを迎える。
道の果てには、コバルト王と王妃が立っていた。
王が、二つの結婚指輪の入った、小さな箱を手に持っている。
王は、箱の蓋を開けて、アレックスとデボラへと指輪を差し出す。
箱から、指輪を取るアレックスとデボラ。
デボラは、右手に指輪を、左手にはブーケを持っている。
観客席へと振り向いたデボラは、思い切りブーケを空高く投げた。
「次の花嫁、だーれだ!」
デボラの声と共に、空を舞うブーケ。
すると、波しぶきとともに、ピンク色のイルカが透明な道の上空を横断し、ブーケを咥えた。
その後を追って、弧を描くようにジャンプする、青いイルカ。
デボラは、目を丸くする。
「あははっ!次は貴方ね、チェリー!」
そして、王と王妃は、左右に分かれると、浮かんでいた筏に乗り、道の先を手で指し示す。
もう、デボラの作った道はこれで終わり。
目の前には、海が広がっているばかり。
コバルト王は、アレックスとデボラに告げる。
「さあ、行きなさい。
今日、この海は、君たちふたりのものだ!」
デボラは、アレックスと顔を見合わせる。
そして、少年と少女のように、ニンマリと笑う。
「行きましょ!アレックス!」
「ああ、行こう、デビー!」
自身へと、空の魔法をかける、デボラ。
そしてデボラとアレックスは、見えない道の終点から、青い海へと飛び込んだ。
どこまでも広がる、青い世界。
そこに、ふたりきり。
アレックスは、指輪を手に持ち、デボラに微笑む。
「デビー。手を出して」
左手を差し出す、デボラ。
その左手を取り、アレックスは、薬指に指輪を嵌める。
アレックスの髪と瞳と同じ色の、ブルーダイアモンドの指輪。
デボラは、嵌められた指輪のダイアモンドを、アレックスに見せる。
「似合う?」
「最高に」
そして、デボラもまた、アレックスの左手の薬指に、指輪を嵌めた。
デボラの髪と瞳の色。
ブラックダイアモンドの指輪。
「これで、僕たちは、いつまでも一緒だ」
「うん!ずっとね!」
アレックスは、デボラの腰を抱き寄せて、唇にキスをする。
思い切り抱き合い、水中をくるくる回るふたり。
それはまるで、海の中を舞い踊っているかのようで。
唇を離したアレックスが、デボラの耳元で囁く。
「デビー。もうずっと離さない」
「離しちゃ嫌よ、私の王子様」
そして再び、キスを交わす。
★
それから、何年が経っただろうか。
コバルト王国の王女、サハギンと海上人のハーフであるミリアムは、海の中を揺蕩っていた。
すると海上から、美しいフルートの音色が聞こえてきた。
ミリアムは、その音を聞くと、顔が熱くなるのを感じる。
頭上には、小船が浮いていた。
ミリアムは、フルートの音に導かれるように、小船に向かって泳ぎだす。
小舟の上には、情熱の音の王国『フォルテ』に住まう、一人の少年が、フルートを吹いていた。
そのすぐ横に、水面から顔を出すミリアム。
それに気づくと、フルートの音が止まる。
少年は、ミリアムに挨拶をした。
「やあ、ミリー」
「こんにちは、ウィル。
今日も、隣に座っていい?」
「もちろんどうぞ、お姫様」
ウィルは、ミリアムの水かきのついた手を取り、船の上に持ち上げる。
船に上がったミリアムは、ウィルの向かい側に腰かけた。
「ねえ、ウィル。今日はね、私のお友達を紹介したいの」
「友達?」
「でておいでー!」
ミリアムが大海原に声をかけると、巨大な黒い影が、海からせり出してきた。
それは、大きなクジラ。
クジラが潮を吹き、ウィルとミリアムの頭上に虹がかかる。
「うわーっ!すごいね!」
「でしょ?」
自慢げに、腰に手を当てて胸を張る、ミリアム。
ウィルは、ミリアムを見ていた。
「ん?どうしたの、ウィル?」
「ねえ、ミリーはお姫様なんだよね?コバルト王国の」
「そうよ」
「もう、婚約者とか決まってるの?」
「まだいないわ」
ウィルは、真っ赤な顔で、ミリアムの目を見る。
「ほんと?じゃあ、もしミリーが十八歳になっても、婚約者がいなかったら……」
そして今、新たな運命が、回り始める。
七色の虹の下で。
黒いクジラの横で。
どこまでも続く、青い海の上で。
【完】




