第五話『営業スマイル』
一週間自宅謹慎。
それが、俺が高校から受けた例の暴行事件の処分である。
――なんか、甘くね?
そりゃあ別に流血沙汰にはなってないし、相手の骨折った訳でもないから退学にはならないだろうなと思っていたが。
結局あの後、教師連中からの説教とは言えないただの注意だけで俺は解放された。
もし、アレがこの世界の教師たちが男に説教する際の平均的な例だとしたら、この世界の男共がここまで傲慢になるのも納得がいく。
「(だからって俺に教科書投げつけたあのデブは許さんけどな! 次会ったら今度は足腰立たないぐらい殴りつけてやる!)」
無意識に吊り上がりそうになる口端を何とか堪え、俺は制服に身を包んで近所の喫茶店まで足を運ぶ。
今日は前に申し込んだバイトの面接の為、一応制服を着て行っているわけだ。
まぁ多分、普通に私服でも良かっただろうけど。
どうせこの世界男に甘いし。
だが、これはバイトをする上でのケジメだ。
ここはやる気のあるところを見せるのが、バイト先への誠意ってもんだろう。
正直、面倒だと自分でも思うが。
「(できる限り静かで楽そうなところを選んだつもりだが……さて、どうなるか)」
鬼が出るか蛇が出るか。
出来れば退治できそうな蛇であってほしいもんだ。
やがて目的地である喫茶店へと辿り着き、木造の静かな雰囲気のある店の外装をみて、安堵の息を吐く。
どうやら、期待通りの店らしい。
チャリンと鳴る鈴のついたドアを開けて、中に誰もいない店内に足を入れる。
「失礼しまーす……(静かすぎて居心地悪いぜ)」
てっきりカウンターに店長らしき人物が居ると思っていたのだが、カウンターには誰も立っていなかった。
という事は、おそらくキッチンの方に居るのだろう。
見知らぬ場所だと妙に緊張するから、余り店内を歩き回りたくないんだが。
「(行くしかねえよなぁ……。めんどくせっ)」
落ちる気分を止める気もなく、店の裏側へと足を進めた。
キッチンの方へと近づくにつれ、コーヒーの芳醇な匂いが漂ってくる。
コーヒーか。
昔、格好つけて砂糖もミルクも入れずにブラックで飲んで、余りの苦さに噴き出した時からしっかり苦手意識が付いちまった。
自分でも思うがクソダセえな俺。
「あのー……って」
「おや……? こんな閑古鳥の鳴く喫茶店に、アンタみたいな美男子が何の用かね?」
キッチンに足を踏み入れた俺の視界に入ってきたのは、年配の婆さんだった。
この喫茶店、あの婆さんが個人経営してる店なのか。
通りでバイトの雇用人数が少なかった筈だ。
今まで一人もいなかったらしいからな。
あくまでネットの口コミだから、どこまでホントかは分からんが。
「前にバイトの申し込みした國上って者なんすけど」
「んん? アンタがそうかい。てっきり女だと思ってたよ」
「いや、名前『鉄郎』だったでしょ」
「最近は男らしい名前の女も増えてるからねぇ」
会話をしつつも、老婆はキッチンから出て店内の椅子とテーブルを用意していた。
おそらく、面接用のモノだろう。
「(これから面接か……柄にもなく緊張してきたぜ)」
と、俺が面接に向けて心構えを整えていると、目の前にいる老婆が声をかけてくる。
「ほら、さっさとここに座りな」
「うす」
言われた通りに椅子に座ると、老婆は目を丸くして俺を見ていた。
何だ? あまり見んじゃねえぞコラ。
「男にしては素直だね……気に入ったよ」
この時点で!?
ただ婆さんの言う通りにしただけなんだが!?
「アンタは俺が働く先の店長様だ……です。言う事を聞くのは当たり前……です」
「ハハハ、敬語は無しで良いよ。老い先短いただの婆さんに、アンタみたいな美男子が敬意払う意味はないだろうさ」
えぇ……? そういう感じ?
自虐するような奴俺の周りにはいなかったから、あまり婆さんが言ってる意味は分かんねえな。
まぁ、自分から敬語使わなくていいって言ってるから、それには乗るけども。
「分かった。なら、タメ口で話させてもらうぜ」
「はぅっ! 年下美男子からのタメ口……良ぃ……!」
何が良いんだろうか。
「じゃあ、早速だけど、店の仕事について説明させてもらうよ」
「うすっ! ……ん?」
店の仕事?
婆さんの言葉に首を傾げる俺。
そんな俺を見て首を傾げる婆さん。
やめなさいってアンタがしても可愛くないから。
「あの、面接とかってないのか?」
「面接? そんなもん必要ないよ。接客の態度がどんだけ悪かろうが、男の店員が居るだけで客なんてどんどん入ってくるからね。面接なんぞで落としたりしないよ」
なるほど、男の少ないこの世界だと男ってだけで重宝されるわけか。
それで、そんな男が働いている店に女が集まって来ないわけがない、と。
「分かった。じゃあ、改めて説明してくれ」
「ふふ……言われんでも、これからしっかり説明するさね」
*
あの面接から三日。俺は学校にも行かずにこの店での研修を終え、一日八時間労働で働いていた。八時間は流石にキツイかと思っていたが案外そうでもない。
やっぱり喫茶店にして正解だったな。ファミレスとかとは違って、客は空いてる席に適当に座ってくれるし、呼び鈴鳴らされたら注文聞いて、店長のとこ持ってけば言いだけだし。
まぁ、何故か注文が小分けにされているのが難点だが。
この件について前に婆さんに追及したところ、「男のアンタと長く話す為にわざとやってるんだよ。我慢してやってくれ」と言われた。
「(別に苦でもないから、そこまで気にしちゃいねえけどよ。セットにした方がお得だぜ? 値段的に)」
と、俺がそんな事を考えながらテーブルを拭いていると、またチリン、チリンと鈴の音が店内に響いた。
因みに、朝早くから店内は多くの女性客――主に社会人と大学生のお姉さん方――で溢れているが、それでも店の静かな雰囲気は消えていない。
非常にやりやすくて何よりだ。
「ご注文はお決まりでしょうか」
「え、えと! あ、ああああアイスティーを一つ、お願いします」
慌てすぎ慌てすぎ。
そんな慌てんでもアイスティーも俺も逃げんよ。
「畏まりました。少々お待ちくださ――」
「あ、あと!」
声を上げた少女に目を丸くして、すぐに表情を切り替える。
ていうか、俺の言葉を遮るとはいい度胸ですなお客様。女じゃなきゃ普通に殴ってました、はい。
「そ、その……す、スマイル下さい!」
「は?」
赤い顔をして「言っちゃった……!」とか悶えている少女を前に、開いた口が塞がらない。というか、現実にこんな事言う奴本当にいたのか。ありゃ完全に創作の中の話で、仮にあったとしても友達弄る時とかだと思ってた。
と、俺が呆然として無言でいたのが原因なのだろう。少女の表情は段々と不安気な色を帯びていき、周りからの視線も集中してきていた。
よくよく耳を澄ませばヒソヒソ話をしている客の声も聞こえてくる。内容は、アイツ等の顔からしてこの少女への嘲りってところか。だとしたらそれは――
「(俺のせいか)」
情けねえ。女に恥をかかせて、そのまま放るなんてのは結局この世界の男共と同類じゃねえか。
「あ、あの……やっぱり今のなしで――」
と、少女が口にしようとした言葉を遮って少女の顎に手を添えて、顔を上に向かせた。どこぞの少女漫画みたいな行動に一瞬気恥ずかしくなって逃げ出したくなるが、それは男の意地で耐えきった。
「(さぁ、俺よ。女の頼みにゃ120%で応えるのが男だ。そうだろ?)」
口角を上げ、歯を見せるように俺は笑った。
「特別ですよ、お客様」
瞬間、店内の音が消えた。
結局恥ずかしさに耐えきれなかった俺は「ごゆっくりどうぞ」とだけ言い残してその日のバイトを終えた。というか無理矢理終えて帰らせてもらった。
「(はぁ……。絶対上手く笑えてなかった……)」
世の店員様達はああいう頼みは『営業スマイル』とやらを披露して受け流すそうだが、生憎と俺にはそんな技術は無く。昔っからの餓鬼っぽい笑顔を晒してしまった。
――恥ずいぃいいいいいいいい!!!
「(嗚呼……死にたい)」
この日、SNSで『天使or純真 貴方はどっち?』等というアンケートが大きく盛り上がった事を鉄郎は知らない。
因みに、純真の方で参考画像として貼られた写真については明示しないでおこう。




