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第四話『ドッペルゲンガー』

『この世界には元々の俺が居た』


 という事実を先日とある女から聞いたわけだが、何とも信じ難いもんだ。

 正直なところ、俺は今も男女比1:10なんて与太話を信じ切れていない。

 そんなところに、実は俺のドッペルゲンガーが居たんだと言われても余計混乱するだけだ。


 それに、その“前の俺”とやらの行動パターンが不可解すぎる。

 お袋の前では普通なのに、学校では人が変わるらしい。

 当然人には裏表があって、それを使い分けて社会の中を生きていくのは現代日本人として当たり前の技術だ。

 けれど、人がその技術を扱う理由は主に社会での体裁を保つため。


 “前の俺”がやっていた事は、全くの逆効果にしかならない。


「(つまり、俺には理解できない何かしらの考えがあったって事だな。俺にはそんぐらいしか察せねえから、それ以上の事は分かんねえけど)」


 ならば察せないなりに、俺にもできる事がある。

 それは、“前の俺”と同じように、学校では態度を変えて過ごしてみる事。

 そうすれば、周りから視線を集める事も多少は無くなるだろう。



 だが、俺はそれを絶対にやりたくない。


 一体どんな考えがあって“前の俺”がそんな行動を取っていたかは知らないが、俺は自分の在り方を変えるつもりはない。

 そもそも、俺は不良だ。

 俺が不良になったのは、なりたい自分になろうと思ったから。


 故に、俺がわざわざやりたくもねえ事を“前の俺”の為にやってやる義理はねえ。


「(ただ、それだともしまた入れ替わった時に絶対めんどくさい事になるんだよなぁ)」


 面倒臭くなるのは主に対人関係だが、それ以外にも出そうとすれば幾らでも問題点は出せる。 

 なら、この問題点をできるだけ少なくしてやるだけだ。


 俺がこの世界ですべき事は、できるだけ独りで過ごして“前の俺”が作り上げたこの現状を変えないようにする事。

 それには、この街から一旦消えてやるのが最も簡単で確実だ。


「(大阪にでも引っ越すか)」


 バイトの募集要項をスマホで眺めながら、俺は薄らと浮かぶこれからの計画を想像してため息を吐いた。


 *


 引っ越すには金が必要だ。

 幸いにもこの世界では男が家族と離れて一人暮らしするのは意外と当たり前のようで、お袋も何とか納得させる事ができた。

 そのように男が一人暮らしできるのは、月一で国からの支給金があるかららしい。

 その額、およそ100万。


 前の俺はそれを、きっちり一カ月で使い切っていたらしい。

 金銭感覚イカレてんのかよ。


 ただ、俺はその金に手を付けるには気が引けたのでバイトを始めようとしているわけだが、どうにも悩む。

 バイトをするのは決定だが、どうせなら楽で時給が高いところで働きたい。

 せめて、掛け持ち可能なところで。


「(となると、飲食店か何処かのショップだな。宅配は無理だ)」


 男には学校に通わない奴は多くいる。

 だが、出席がゼロでも卒業できてしまうほど、この世界は男に甘いらしい。

 故に、学業の方が疎かになろうと然程問題はない。

 というか、俺が死んだのが高3だったから高1、2の学習範囲は分かっている。

 努力さえすれば、後から追いつける筈だ。


 とりあえずは三つのバイトの面接に応募し、スマホの画面を切り替える。

 SNSを開くと、とある動画がトレンドに上がっていた。


『男と男の大喧嘩! 殴られる太! 謎のイケメン登場!?』


「タイトル付けた奴頭おかしいだろ……」


 特に“大喧嘩”の部分だ。

 確実に俺の圧勝だった、喧嘩にすらなってなかった。

 そこんとこをしっかりと認識して貰いたいねえ!


 ぶっちゃけ、盗撮なんざ前の世界でも幾らでもされてきた事はある。

 喧嘩シーンよりも映える場面は現実では少ない。

 SNSに上げればそりゃ伸びるだろうよ。


 だが! あの馬鹿が俺と喧嘩してたみたいな言い方だけは遺憾だ。


「(ん? もう十二時か……。普通に学校サボっちまったなぁ)」


 これなら、登校しててもよかった。

 どうせ暇だし。


「……行くか」


 前にも何回か遅刻した事はある。

 昼からでも学校に行って、出席しといた方がいいだろう。

 たとえ、行かなくとも卒業できるとしても、学べる事は学んどいた方がいい。


 制服に身を包み、俺は学校へと足を運んだ。


 *


 校舎は静かだった。

 どうやら、もう既に午後の授業が始まっているようだ。


 授業を邪魔しないよう廊下を静かに歩いていると、その途中で俺の頭にどこからか飛んできた教科書がぶつかった。


「ってぇな……」


 教科書の飛んできた方へと目を向けると、そこには前に見た高笑いしていた男が授業中だというのにも関わらず、堂々と飲み食いをしている姿があった。

 その教室内の女達は、教師を含めそれを当然のように扱い、構わず授業をしている。

 多分、アイツが机に教科書がないのはアイツが適当に教科書を何処かに放ったからだろう。

 そして、それが俺の頭に当たったってところか。

 

 あの男が近くにいた女に偉そうな口調で何かを命令し、女は喜んだ様子で教室の扉付近へと歩いていく。

 おそらく、飛んで行った教科書の回収でも命じたんだろう。

 

――テメエで来いやクソデブがッッ!


「ひょえっ!?」


 いつの間にか、命令された女が扉を開けて俺の顔を見て固まっていた。

 女の悲鳴に反応して教室の全員がこちらを向き、同じように固まる。

 唯一、飲み食いに夢中になっているデブ男だけは目線を俺に向けてないが。


 こめかみに青筋を浮かべ、野球投げのようなフォームでそのデブ男に手に持った教科書を投げつけた。


「ブフッ!」


 投げた教科書はそのままデブ男の脳天に直撃し、デブ男は口に頬張っていた食べ物を豪快に吐き散らした。

 きたねえ!


「そこどけ」


「え、あ……」


 扉の前に突っ立っていた女を退かし、無遠慮に他教室へと入り込む。

 何が起きたのか把握できてないのか、デブ男はキョロキョロと周りを見渡しているだけだ。

 そんな間抜けな姿に俺は、


「制裁!」


 という名の拳を以て終止符を打った。


「ぐふっ……」


 呻き声を上げて、デブ男は気絶した。

 まぁ、脇腹に思い切り拳を叩き込まれればそりゃあ痛みに慣れてない奴はショックで意識失くすか。


「それじゃ、俺はこれで」


 デブ男が倒れた直後、教室内がざわめきの嵐になったので、俺は即座に逃げた。

 その場に居た教師から名前を呼ばれた気もするが、気には留めずに走る。

 どうせなら、これで退学処分にでもしてくれればいい。

 その方が俺も楽でいい、お袋に別の学校に編入するとでも言っておけば納得してくれるだろうしな。


 絶対渋い顔になるだろうけど。

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