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第二話『男女比1:10って何?』

 お袋からの説教はさておき、そろそろ高校に登校しなければならない時間になった。

 すでに俺は制服に身を包み、家から出て高校へと向かっているのだが。


――怠い。


「……ふけるか」


 怠い時に学校へ行っても何かを学ぶ事などできない(因みに持論です)。

 こういう時、不良は便利だ。気軽にサボれるからな、後で絶対に苦労するだろうが、それを考えないのが不良だ。


 サボるついでに、ここら辺の事を調べておくか。お袋みたいに急に若返った奴等とかいるかもしれないし、俺の後頭部を殴りやがったクソ野郎もボコしてやりたいし。


「(ま、善は急げだ。さっさと行きますかねえ)」


 そうして俺は、よく散歩をしている街へと向かった。


 *


 不良が集まる街は基本的に裏路地の多い都会だ。

 そういうわけで、俺は今その都会と呼べるべき渋谷に居るのだが。

 流石に、俺も異変に気付いた。


 前を見ても女。後ろも、左右どちらを見ても女しかいない。

 ここに来るまでの電車内でもそうだった。どこを見ても女しかおらず、ついでにそいつ等全員が凄く見てくるのだ。

 正直、怖い。


「(いや、ここで怖がってるから奴等も見てくるんじゃねえか? ――よし、ここは一発)」


 得意の眼光で俺を見てくる女共を睨みつける。

 すると、女たちは顔を赤くして俺から顔を逸らしていった。

 ま、睨みは利いたっぽいし、いいか。


 そうして、有名な交差点の道の端まで移動し、人通りを見届けながら手元のスマホを暫く弄る。

 そして時間が経ち、いつのまにか寄っていた眉を抑え、俺は天の空を仰ぎ見た。


「……男女比1:10って何?」


 俺の顔はおそらく、かなり疲れた表情をしていたと思う。


 だが、これなら確かに道行く人々が女性ばかりなのも納得が行く。

 それに、得た情報から考える限り、男は優遇されているようだし前よりは生きやすい世の中になっているだろ、俺にとっては。


――となると、もしかして俺この世界で喧嘩とかできない? ってことは俺、不良失格なのでは?


「(いや、男女比が変わったところで不良がいるのには変わりない筈だ。男が減っても、女番長とかならいても可笑しくない)」


 善は急げパート2だ。

 柄の悪そうな奴等を見極め、絡むために道行く人を横目で眺める。

 そして、道をギャアギャアと騒ぎながら歩く集団を目にした。

 その集団は、太った醜い男を先頭に後ろを高校生ぐらいの女たちが歩いているという、何ともアンバランスな集団だった。

 

 まぁ、男女比が偏っているのだからこういう集団が居ても可笑しくはないのだろう。

 ともかく、おそらくアレは不良に近しい何かだ。なら、絡んでみる価値はある。

 そう思い、俺が一歩進もうとした時、その太った男の肩にスーツ姿の女性がぶつかってしまった。

 

「ぐわっ! お、折れた……! おい、お前! どうしてくれる! お前のせいで俺様の腕が折れてしまったではないか!」


 と、大げさに振舞う男に便乗して、スーツの女性を責める取り巻きの女達。

 そんな一幕を眺めていた俺は思わず――震えていた。

 

 これだ。この素晴らしい純度の下衆感。やはり俺の感覚は正しかった!

 もう間違いない、アイツ等は不良だ。

 つまり、俺はまだ喧嘩ができる、不良でいられる!


「さぁ! さっさと慰謝料を俺様にはぶへぇ!」


 大きな声で周りの注目を集め、気分を良くしながら話していたであろうデブ男の頬を思い切り殴り飛ばし、俺は頬を吊り上げて笑った。


「手加減して殴ったぜ? まだ立てんだろ、さっさと立てやコラ」


「い、痛いぃいいいいいい!! 痛いよぉおおおお!」


「ふ、太君! 大丈夫!? ちょっと! 貴方だ、れ……」

「アンタ、太君になにし、て……」

「わぁ……太よりイケメン……」


 男の取り巻きである女たちは一斉に倒れた男の傍へと駆け寄り、俺へと鋭い視線を向けた。

 その視線は僅か数秒で何故か呆然としたモノになっていたが、それでも彼女等が俺に敵意を見せたのは事実だ。つまり、自分の男を傷つけられた女達が俺に殴りかかってくるのは簡単に予想できる。


 その光景を想起して、俺はさらに深い笑みを口に称える。


「う、ぐ……。おい! 俺様に何をするのだ! 怪我をしたらどうする!」


「怪我? そんなもん、不良なら毎日してて当たり前だろうが。甘っちょろい事言ってんじゃねえよ」


「え? 毎日って……」

「何ぃ? 虐待でも受けてんのあの子?」

「可哀そう……」


 俺が言葉を発した瞬間、何故かこの場の空気が変わった。

 周りにいる野次馬達の目は、好奇心を孕んだものから憐れみを込めたものになっている。

 そして、その目は俺に向けられており――俺の眼前に居る太と呼ばれている男は、俺を嘲るような顔で見ていた。


「はっはっは!! 何だお前、虐待を受けているのか? はっ! 男の癖に情けなぶべらっ!」


「おいテメエ。何腹立つ顔してんだ? あ?」


 そのムカつく顔をぶん殴り、倒れた太の胸倉を掴んで無理矢理俺と目を合わさせた。

 その太は明らかに恐怖の感情を俺に対して感じており、俺はその態度にも苛立ちを高めた。


「俺が虐待を受けてるだの何だの好き勝手ほざきやがって。そんなにぶち殺されてえならやってやるよ、顔の原型が無くなるぐらいにぶん殴ってから川に捨ててやる」


「ひっ! や、やめて――」

「やめて下さい!」


 振り上げた俺の腕を、誰かが掴む。

 振り返ると、この太とか言う男の取り巻きの最後尾に居た黒髪の少女が俺の腕を掴んで涙目で俺を睨みつけていた。


「んだよ? 何か文句でもあんのか?」


「あ、あります! もうこれ以上太君を虐めないでください!」


「断る。お前の言う事を聞いてやる義理はねえ」


 そう言って俺が腕を再び動かそうとして――動かせなかった。

 こんな細腕のどこに隠されているのか、少女は恐るべき筋力で俺の腕を完全に捕えている。


 そうして沈黙が下りて約10秒。

 俺は、今も静かに俺を見ている少女に向けて、問いかけた。


「何でそうまで、この男に拘る? お前の男なのか」


「っ! ち、違います。でも、この世界で唯一私とお話ししてくれた男の子なんです! だから、助けます!」


 気弱そうに見える少女は、強くそう言い放った。


 うん、良い根性だ気に入った! コイツに免じてというか、女を殴るのは苦手だし、この太とか言う男は見逃してやろう。

 そして、俺は少女に微笑みかけて太を投げ渡す。


「ふ、太君!」


「う、うぅぅ」


 少女は太を受け取り、呻く太に心配そうに声をかけていた。


 こりゃ、俺はお邪魔虫だな。コイツ等に絡まれてたスーツの女性もどっか行ったみたいだし、俺も退散しておくか。

 俺は太に群がる取り巻き女達に背中を見せ、どこか適当な場所へ歩き出そうとして――誰かが叩かれるような音が後ろからした事で、足を止めた。


「助けるのが遅いぞお前! 本当に使えない奴だな!」


「えっ……ご、ごめんなさい!」


「誤って許されると思うな! お前がもっと早く助けてたら、僕がこんな怪我を負う事も無かったんだからな! この屑女が!」


 声のする方へ振り向くと、そこには頬が赤く腫れた少女が太に罵声を浴びせられている光景が目に入った。

 取り巻きの女達も、ここぞとばかりに少女に罵声を浴びせている。何もしなかった癖に、自分達は太の味方だとでも言わんばかりに。


 そして、太は顔を俯かせていた少女の腹を蹴った。


「この愚図が! さっさとあのムカつく男を探してこい! そうすればまた僕の近くにいる事を許してやってもぶぎゃあっ!」


「そんなに呼ばれたら行くしかねえよなぁ? えぇ? 太君よぉ」


 太の言葉を遮る形で、俺は太の横顔を殴り飛ばした。今度は加減なしの、全力である。

 

「ふ、太く――」


「もう止めとけよ」


 また倒れた太に近づこうとした少女を呼び止める。

 俺に振り返った少女は、何とも暗い顔をしていた。先程、太に罵られた事が堪えたんだろうよ。


「アイツは、お前の献身に応えてくれるような男じゃねえよ。あんな奴に手前の一生を注いでやる事もねえだろ、誰か別の男を探しな」


「……」


 俺がそういうと、少女はまた暗い顔をして俯く。

 まぁ、この太とか言う馬鹿が自分と唯一話してくれる男だと言っていたからな。別の男なんざ、いないんだろうけど。

 それでも、こんな奴の取り巻きやるよりは独身のまま有意義に人生を楽しんだ方がマシだと俺は思う。


「顔を上げろ」


「は、はい……」


 顔を上げた少女は、よく見ればかなりの美人であった。

 この顔なら、前の世界でなら引く手数多だったろうに、勿体ねえ。


 思わず苦笑交じりなりながら、俺は言葉を紡ぐべく口を開いた。


「俺から見て、お前はすげえ可愛い女の子だ。俺が言うんだから、間違いねえよ。だから、もっと自信もっていいと思うぜ?」


 俺がそういうと、少女はポカンと口を開けて唖然とし、次の瞬間には顔をリンゴみたいに赤く染めて、また俯いてしまった。


 おい顔上げろっつったろい!


「ま、いいか。じゃあな、縁があったらまた会おうぜ」


「あっ。ま、待って!」


 俺を呼び止める声を無視して、俺は適当に辺りをぶらぶらしてその日を終えた。 

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