1:八雲家
というわけで最初は八雲家です。
この話の紫は基本、いい奴です。
「ふぅ…」
所変わってここは、博麗神社。
この神社の巫女・博麗霊夢は日課の境内の掃除の最中。
相変わらず閑散とした境内に舞う枯れ葉を丁寧に箒で集めてゆく。
…その時。
がさっ。
「!?」
草場から何やら物音がした。
箒を握りしめ物音の方向に恐る恐る霊夢は向かう。
しかし…。
がさっがさっがさがさっちょこん。
「にゃっ」
「…橙? なにやってんのそんなところで?」
「あー霊夢ー」
そういうと橙は草場からひょっこりと出てくる。
「これ、紫さまから霊夢にー」
そういって持っていた手ぬぐいを霊夢に手渡した。
「あー紫が言ってたやつかぁ。
了解、了解」
そういって霊夢は手ぬぐいを受け取ると、
「お茶でも入れるわ、入って橙?」
と橙を招き入れた。
コトン。
「はい、どうぞ」
「わーい、いただきますー」
霊夢に出された羊羹と玉露をおいしそうに橙が食べる脇で、紫からの預かりものを確認する霊夢。
確認すると霊夢の顔がほころぶ。
それをまじまじと見ていた橙が不思議そうに首をかしげた。
「ねぇ、霊夢」
「ん? どうかした?」
「紫さまから何もらったの?」
「ん…あーいや、本をね」
紫が持ってた本を橙に出して見せる。
「あーその本。
私も読んだよー…難しくてわからなかったけど」
「あーそうだろうね。
私も読めるかわからないし」
「そっかぁ…ところで」
そういって橙は羊羹をほおばりながら、うれしそうな顔で霊夢に問いかけた。
「霊夢は、紫様のこと、好き?」
ぶっ…げほげほ。
霊夢は、橙に入れたタイミングで入れておいたお茶を口に含んでいたお茶を気管に入れてしまったようだ。
「きゅ、急に何を言い出すのよ!」
「だって気になるじゃない。
紫様は私にとっては家族だし…結構嫌ってる人も多いって聞くから…だから霊夢はどうかなーって。
で、好きなの?」
「…そんな…そりゃ、少なくとも、その嫌いじゃないけど…」
「じゃぁ好き?」
霊夢のあいまいな返答に、橙は不思議そうな顔でさらに深く聞いてくる。
「…好きよ…どう、これで満足?」
真っ赤な顔で霊夢が目を閉じながら答える。
対する橙はうれしそうな顔で話を続けた。
「…ですって、紫様ー?」
「えっ!?」
振り返るとそこには見覚えのあるスキマが…。
「…紫…聞いてたの?」
「…」
スキマからは無言…つまり肯定のようだ。
「紫様ー?」
橙は何が起こっているのかわかっていないようだ。
すると、紫がスキマの向こうから話しかけてきた。
「…霊夢、今日、うちに来なさいな。
夕飯でも、一緒にどう?」
「…へ?」
嫌味でも言われるのかと思った霊夢は、意外な紫の一言に目が点になった。
「…橙からも言って」
「はーい! よかったら霊夢、うちに来て! 紫様も言ってるし」
指名された橙はうれしそうに霊夢に声をかける。
「…そうね。
たまには…お呼ばれしようかしら
萃香も妖怪の山で飲み会してて、明日には帰らないでしょうし」
「きまったー!! 早く行こう、霊夢!」
嬉しそうに霊夢を急かす橙。
「…もう」
橙にせかされながら、神社の戸締まりをして、二人は八雲家に向かった。
「ただいまー」
「こんにちは」
「おかえりなさい橙。
いらっしゃい、霊夢」
「藍しゃまぁ~」
八雲家についた霊夢と橙を迎え入れたのは藍であった。
「しかし、珍しい御来訪ね、霊夢?」
どこか嬉しそうに藍が霊夢に問いかける。
どうやら、紫と霊夢の話は藍も聞いていたようである。
「今日はゆっくりしていってね。
いつも橙もお世話になってるみたいだし」
「いつも?」
「ええ。
チルノやリグルとあなたの神社でよく遊んでるって話よ?
そうでしょ、橙?」
「うん!」
嬉しそうに橙がうなずく。
「まぁ境内は子供の遊び場だからね。
別に感謝されることはないでしょう?
感謝されるとしたら…うちの神様かもしれないけど」
時刻は午後五時半。
藍は食卓に早めの夕食の準備をする…もちろん、四人分。
「さて、今日は早めに御夕飯にしましょう。
橙、紫様を呼んできて」
「はーい♪」
橙が紫を呼ぶために部屋から出る。
霊夢は目の前に並ぶ八雲家の夕食に目を向けた。
「ごめんなさいね、急だったからいつも通りのごはんにしてしまったわ」
「いえいえ…こっちの方がいいわ。
最近…お金がなくて、こんなにちゃんとしたご飯食べてなかったの」
「ちゃんとしてるかどうかはわからないけど…橙は喜んでくれるけどね。
紫様は文句ばっかり」
言っていることとは裏腹にうれしそうな藍。
式神だけに、紫のことはよくわかっているようである。
「紫様連れてきたよー」
「…ふわぁぁ…」
眠そうに紫が姿を現す。
「相変わらず眠そうね、紫?」
「…もうすぐ冬眠の時期だからね。
それはそうと、よく来たじゃない、霊夢」
「ええ、お招きありがとう。
久々にちゃんとした御夕飯にありつけるわ」
「…相変わらず色気より食い気ね、霊夢」
軽口を言い合う間柄がとても心地よい。
橙だけは心配そうに見ているが、藍が何か伝えると、橙もうれしそうにしている。
「さて、藍。
いただきましょうか」
「はい、紫様。
じゃぁ橙、いただきます」
「いただきまーす」
「いただきます」
そして四人はそれぞれに箸をすすめる。
それから世間話をしながら夕食を終わらせ、霊夢を中心に話をしていた。
しかし、楽しい時間というのは過ぎてしまうもので…。
「あら、もう七時すぎてるわね」
霊夢がふっと話が途切れた時に時計を見た。
「あら…どうする、霊夢?」
「そろそろお暇するわ。
家族の時間を邪魔しちゃ悪いし」
「あら…霊夢だって家族みたいなもんじゃない?
紫様を慕ってくれてるんでしょ」
藍がいたずらっぽく笑いながら答えた。
「…そのことは早めに忘れてね、藍」
「善処します」
「それじゃ、そろそろ帰るわね」
そう言って霊夢は帰り道を歩き始めた。
その帰り道。
家族について、霊夢は考えていた。
八雲家、守矢神社、永遠亭、紅魔館、地霊殿…みんな家族。
帰りに迎えてくれる人がいるのはうらやましいけれど。
私は…家族を捨てた。
父も、母も、姉も…みんな私が外の世界に残してきた。
「お母さん、かぁ…ってあれ?」
そんな風に考え事をしていたが、ふっとあることに気づいて、霊夢は足を止めた。
「…竹林」
どうやら永遠亭の入口の竹林の前にいたようだ。
博麗神社はとっくに過ぎてしまっているが、時刻ももう20時を過ぎていた。
帰ろうか、と今来た方向に戻ろうとした、その時。
「…どうしたんだ?」
そんなぶっきらぼうな声が聞こえた。
~to be continued~