狂犬、もしくはアリエルP
そのドレスコード条項を逆手にとって相手を潰そう。
と言うのが強制装甲脱衣と言う戦術。
アリエルがポイントを削った、と解説に言われた前々シーズンのディビジョン1。
リーグ戦95試合中、実に23試合で相手のアーマーを剥ぎ取って勝った。
徒手の狂犬、なんて実に愛らしい、ほのぼのしたあだ名が付いたのはこのせい。
全体で見ればそれだけで230ポイントを削ったことになる。
その上、次の試合から。選手によってはしばらく消極的になる傾向もある。
ネクスタはかえって調子を上げるんだけれど、コイツはアホだから除外。
解説が言った通り。そのシーズンはまさに私の存在が勝ち点を削り、平均を下げていたのである。
しかも相手はネクスタ含め、ほぼ昇格候補。
試合の流れを重視する解説やファンには嫌われる道理だ。
但し、勝負である以上は勝たなくてはいけない。
私を拾ってくれたオーナーに報いる、最高にして唯一の恩返しは勝つこと。
ボブもそう言って速攻に加え、アーマーパージと言う戦術を磨くように言った。
……だから。
「くっ、……来るなっ!」
こちらの意図に気がついたネクスタが、全力で距離をとろうとするがそうはいかない。
ここで離されては勝ちの目が無くなる。……もっとも。
後ろ向きに下がるのと正面に突っ込むの。どっちが早いかなんて考えるまでも無い。
「遠慮すんなっ! クレストでもプロデュースしてやる!」
さらにナイフを振るってラッシュは継続、狙いは全て顔と首。
後退と防御に気を取られて、ネクスタのボディのガードがほんの少し。意識から離れる。
そのわずかな隙を突いて、胸に下からナイフをねじ込みつつ、パンツのロックは外せないので、左手でそのまま引きちぎることにする。
――メキ!
――パキン!
片方は保険のつもりだったけど、両方いけた!
二つの金属質の音がすると同時に、ネクスタとの距離が一気に開く。
……左手、痛い。ロックごとねじ切った時に切れたかな。
さすがほぼ皮膚と同じ強度とは言え、鉄のパンツだ。
「アリエルっ! あなたねぇ!」
左手に掴んだ金属の塊を投げ捨てる。
「……往生際の悪い。人気、出ないぞ?」
内股でわきを締めて不自然に立つ彼女に対して、
――シュっ!
額めがけてナイフを投擲する。
過たず刃先を前に額へと向かったナイフは、ごく簡単にカタナに叩き落とされるが、その瞬間。
金属質の音を立ててブラとパンツが、文字通りに弾け飛び。
「イヤぁあああ!」
ネクスタはカタナを放りだし、胸を押さえてその場にしゃがみ込む。
おっぱい、ドンだけおっきいのよ!
後ろにメーター単位で飛んだぞ! ……鋼鉄のブラが。
ワンシーズンでそんなに成長するもんなのか?
アイツとは同い年なんだけど。何処でそんなに差が付いた……。
「計時停止、試合中断! ……ネクスタのドレスコード条項違反を確認、失格!」
レフェリーが、いったん横に上げた右手を高く上げ、場外で待機していた副審がタオルを用意、場内に入る準備を始める。
「第十一試合は中断のまま終了。――対戦者失格により勝者、アリエルっ!」
レフェリーの右手が私に振り下ろされた次の瞬間。
試合終了のブザーが鳴り、会場から沸き上がる歓声。
……そしてブーイング。
うん、平気。……慣れてるから。
『Bコートでの第十二試合、ファンファーレ時間は3分遅れ、との発表です。……えー。先程の十一試合の結果を受けて、未だ場内騒然。4分58秒、十一節ぶりにドレスコード違反での決着。事故以外での意図したアーマーパージは今期二度目。アリエルが仕掛けたのは、実は意外にも今期は初。でした』
『もうね。男のお客さん大喜びで、まぁ。たまには良いのかも知れませんが。ははは……。でもね、アレを狙ってできるのが、アリエルの怖いところだよ。馬鹿にされがちではありけど、観察眼、柔軟な対応力と、ここ一発のスピード。そしてなによりテクニック。全部がそろわないとできない。逆に言うとそのテクニックが他に使えないのか、と。もうそこが毎回残念で……』
――とりあえず控え室に戻って、シャワーを浴びて、着替えた。
引きちぎったロックの破片で左手を怪我したので今、ボブが簡単に消毒した上で包帯を巻いている。
「他に出来れば苦労しないっての……。弱いヤツは大変なのよ!」
「勝ったんだから良いじゃねぇか、言わせとけ。――それよりあと5分で勝利者インタビューだぞ」
「ボブだけ喋れば良いじゃ無いですか。今回は久しぶりに滅茶苦茶言われそうだし」
ディビジョン1では、勝利者インタビューでブチ切れて二試合出場停止になった。
そのせいで昇格が危うくなったからね。
「……良いだろう。挨拶だけして拗ねた顔しとけ、あとは俺がやる。――但し、出ねぇ、ってのは無しだぞ?」
「……わかってます」
だからといってそれを拒否すると、こんどは懲罰としてファームポイントを削られる可能性がある。
少なくてもオーナーは、それは望んでない。
インタビュー。私に出ない選択肢は、無い。
『そしてまだ確定してないんですが、アリエル5分以内の投票だけが非常に低くて、その上オプションボックス、反則勝ちが付くと……、このまま確定なら、なんと。一〇〇倍を超えそうです!』
『クレストリーグで一〇〇倍越えが二節連続。すごいね……。我々、仕事無くなっちゃうよ』
『アリエル勝ちの人気順に並べると、3分以内が一番多くて、次になんと1分以内、5分以上、と来て一番低い5分以内。となるわけですが。……だいぶ他の選手とは傾向が違います』
『アリエルの場合、前半に一気に勝負を決める以外には、長期戦で相手の自滅、と言うのがパターンでしょうけど。しかし極端だね。――ファンファーレ前後に、ここだけ率が落ち込んでると言うことは、締め切り直前に爆発的に投票が増えたようだけど……』
『まもなく第十二試合一〇分前です。試合前解説と予想、Bコートへお渡しします。我々は十三試合で再びお会いします……』