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最終節・最終試合

「ホントにここまでこれた。……あと、ひとつ」

 上着の襟。ここまで私を支えてくれたグラジオラスをかたどったバッジに、そっと触れる。


 ――みっともないから、それは公式の場所では付けないで。……お願い、します。


 制作者当人から、そういう風に要請が来ているが。

 これは私のお守りだから、今シーズンは絶対外さない。

 ネクタイを少し緩める。


《20 minutes before entry. The next "milady" must be ready within 10 minutes.》


「20分前、か。こんなに気合いが入るもんだと思ってなかったね。試合前の緊張感が楽しい、なんてさ。インタビュー用のお約束なんだと思ってた」 


 場内放送が響くロッカー室。着ている服を下着含めて、全て脱ぎ捨てる。

 ここからは女の子はしばらく休業、“淑女”の時間だ。

 上着をハンガーにかけてロッカーに入れる。


 かつては幽閉されて唯々、淑女として生きることを強制された。

 それに比べたら、私の今のなんと自由なことか


 鏡に映る自分の姿。ぱっとしないなりに生き生きして見える。

 たった数ヶ月でここまで変わるもんだろうかね。

 我ながらいい目をしている。

 状況は確かにガラッと変わったけれど。

 




『……はい。ここからの放送は、フィールドの整備が進むホルシュコロシアムイースター、試合一五分前のAコートに代わります。今期最終節。今シーズンの最終試合ですが、誰がここまでもつれると予想したでしょうか、最終試合まで優勝が決まらないのは、実は東地区では10年前まで遡らないと有りません』


『そンなに遡るんだ。でも、ここまでもつれるのも珍しいね。昇格リーグ出場枠が確定したのも前節だからね、その顔ぶれも含めて、今年の東クレストは最後まで面白いです』


『シーズン序盤はもう一つ調子があがりませんで苦戦しましたが、中断以降、今までがウソのように勝ち試合を量産、ここまで18節の長きにわたって、勝率トップに君臨し続け、ここまで上り詰めました。――もう徒手の狂犬とは言わせない。今や名実共にバーンシュタインのエース。今の時点での暫定首位、アリエルの登場を、満員のミレディバトルファンが、今か今かと待ち構えています』


『先日、オーナーとちょっと話をしたんですがね。……例の、軍の博物館から突然起動して逃げ出したバーサーカーの件。これを鎮圧するのに、中心的な役割を果たして、自分も結構な大怪我を負ったんですけど。でもアリエルは、オーナーに会って開口一番。「一般の方で怪我人がいなくて良かったです。でも、今期の昇格がダメになったらすいません」。といって、オーナーを驚かせたそうです。……あの時点で昇格戦への出場は、もう彼女の中では確定事項だった、と』


『たまたま居合わせただけだ、と言うところも含めていかにもアリエルらしいエピソードではあります。――その件では、実はその場で一緒だったネクスタも含め、二人共。結構な深手を負うことにもなったんですが、後半戦の40試合、二人共、後半開幕戦、たった一試合の欠場だけで、あとは全試合出場してきました』


『人命救助の功績もあるんだから、勝ち点の救済措置をすべきだ。なんて話にもなりましたが。結局自力でここまで来ました』

『今後の事もありますから、これはシーズン後にキチンと話し合い、しておいて欲しいところですね……』




「まぁ良い宣伝にはなったよね。まさか、ホントにグッズの話が来るとは思わなかったけど。……ボブは、ホントに来ないつもりだな?」


 ――控え室には行かない、自分でするこたぁわかってんだろ? コーチングエリアに直接行く。後で会おう。グラサンのおっさんに、さっきそう言われて別れた。


 自分でできること、ね。

 今だってたいした事は出来てないし。


 おっぱいもキチンと収まったし、籠手のロックも確認した。

 試合前にする事なんてそんなもの。

 ボブが言うのはもちろん、そう言うことじゃ無いだろうけど。


 腰に頂くバーンシュタインの紋。

 そして籠手には、後期からグラジオラスの花を描いてもらった。


 ――グラジオラスの花言葉は勝利。


 私はバーンシュタインの紋章にポイントを捧げなきゃいけない

 そしてこの花のメッセージに応えなくちゃいけない。


 そう言う義務がある。

 自分で背負うことにしたんだから、そこは曲げられない。


 暗い廊下を、明るく口を開けた出口に向かって歩き出す。




《The warm-up area is now open. Start warming up.》


『ウォームアップエリアオープンの放送と同時。早くもスタンドの東側、大きく湧きます。スカイブルーにゴールドの縁取り、後期からのワンピース型のアーマーと、そして右腕のグローブから繋がる二の腕までのアームカバーも青と金。スピードファイターでありながら、被服隠蔽比率38%。規定ギリギリのアーマーをリーグ戦で見るのは、今期はこれが最後。アリエルが、彼女にしては珍しく、エリアオープンと同時に出て来ました』


『この人は結構、出てくるの遅い傾向があるんですが。今日はやっぱり特別、と言うことですかね』


『後期から籠手に書き込まれた花のイラスト。これには勝利の意味があるのだそうですが。果たして優勝という大輪の花を、このフィールドでも咲かせることができるのか。出て来るなり、いつも通りに自分の体を、動きを点検するかのように、その場で、ぴょんぴょんぴょん、と飛び跳ねています。蒼穹の稲妻、ステイブル・オブ・バーンシュタインのアリエルが、東アップエリアに出て来ました』


『良い意味で緊張を感じない、良いですね。――お、西側も来たね』


『そして、ほぼ同時に西のスタンドも大歓声。東地区の老舗、キリュウイン・ファームを象徴する正統派スピードファイター。今期、一気に頭角を現したネクスタがいつも通りに悠々と登場です。照明を跳ね返すキリュウインの赤に、自身の髪を映したかのような輝く黒のライン。手の甲から肘までを覆うのは、後半戦から変更した外骨格を連想させる、特殊な構造のシールド。そして左肩から二の腕までのアームカバー。当然それらも深紅に染め抜かれております。天の使わした神の一振り。現在暫定二位、ネクスタが、西のエリアに姿を現しました』


『これまで試合の内容が綺麗すぎて、そこが不安だったんですが。このシーズンで泥臭い勝利も拾えるようになった、隙のないスタイルに磨きがかかりましたね』


『思えばディビジョン2登録からずっと、常に定石をひっくり返して、狂犬と言われたアリエルのライバルとしてここまで4年、ずっとやりあってきたわけですが』


『二人とも同い年でね、ディビジョン2デビューが12? 13? ですからね。……まさに天才同士。時代が少しズレたら、お互い女帝として悠々と君臨できたはずです。考えてみるとすごい時代を見てることになります、僕ら』


『そしてここ11節の間、一位と二位のこの二人。ポイント差が最大21、最低2。両者譲らず、ついにこの最終戦までやってきました。アリエルはここまで一位を譲りませんでしたが、一方のネクスタも。一試合でひっくり返せる位置を淡々とキープしたまま、ついに今日の最終節です」


『決着はこの最終戦までもつれ込んだ。どころか本来、優勝候補の一角と目されていたホルシュ・イーストのマコティ、クレイシアstbのシャルレを前節。この二人が直接対決で撃破して、三位と四位に各々、自分の力で押しこめた。昨シーズンでは考えられないですよねぇ』


『今シーズンが始まった当初は、よもや決勝戦がこの顔合わせになるなどとは、誰が考えたことでしょう」


『アリエルもネクスタも。シーズン最初はここまで来ると思ってなかったよね。失礼ながら僕も昇格レースに残れれば上々、昇格戦なら御の字、って思ってました』


『今期のアリエルは特に前半、伸び悩みました。その上後半開始直後は、バーサーカー事件での自身のケガが影響したことに加え、本来のバーシュタインのエース、優勝候補の一人でもあったネイパーに故障が相次ぎ失速。この人にステイブル全ての期待がかかることになりました』


『でも、そのプレッシャーを見事にはねのけた。最大12連勝は見事のひと言。たった一人でバーンシュタインをファーム三位確定まで持ち上げた。以前は精神面が不安だったですけど。今期はだいぶ強くなったね、頼もしくなった。いちどステイブルにお邪魔したこと、あるんですけど、何しろ後輩達も彼女に絶対の信頼を置いてる』 


『さぁ、間もなくファンファーレ、本日演奏する陸軍第一音楽隊が準備を始めました。会場のざわめきもも大きくなります。――ここで現在の投票状況を確認していきましょう、今回の単純勝利はB1戦ですので引き分け無し。いわゆる生の数字、と言うことになりますが、アリエル49、ネクスタ51の拮抗、と言うことになってます』


『ここまで拮抗するの、今期初めてじゃ無い?』


『1%の拮抗は全クレストでも今期始めて。売上も今期の最高、オッズはもう最低なんですが、驚いたことに数字は、今になってもまだ伸びてます』

『これはもう、儲けとか勝ち負け度外視でね。ファン投票的な何かですね。きもちはわかる、この試合、確かに迷います。……ここまで来たら、両方勝って欲しい』


『但しこの試合は今期のラスト、優勝のかかったB1戦。引き分けがありません。アリエルがバーンシュタインはもちろん、なにより斑女まだらめとして、東はもとより西、中央。3クレストの全てに通じて史上初の優勝を手にするのか。それともキリュウインの看板を背負ったネクスタが、見事名門の意地で叩き潰すか。双方、それぞれに退けない事情があります』


『どっちが勝っても全く不思議な部分が無い、まさに実力も人気も伯仲の二人ですね。実はこの二人、性格的に真逆に見えるんですが、普段はとても仲が良いそうですよ』


『お互い手の内を知り尽くしたスピードファイター同士、アリエル3分以内が12%で投票一位、次点11%はネクスタ5分以内。勝ち時計連動も見事にバラけてます。勝利条件オプションボックスは、最大で3897倍なんて言う数字が出ています』

『今日はアリエル1分以内が少ないね、55倍だって。二人がやり合ってるのを、ずっと見てたいってことかな。……フィールドマイクの拾うこの二人の会話も、面白いんだよね』


『また今節のステイブルポイント連動、これもまだホルシュ・イースト3位内が確定しただけ。アリエル勝利だと連勝ボーナス分が乗りますので、現在一〇位のバーンシュタインですが、なんと一気に今節の首位に躍り出ます』

『これ、連勝中だからアリエルが勝つとホルシュ、クレイシアに押されてキリュウインが4位におちるんだ。いやー、しびれる展開だね』


『最新オッズだと、ホルシュ、クレイシア、キリュウインの組合わせが一番人気。これをバーンシュタインがひっくり返す、と』

『両方、はもう無いんだね。今朝の時点でこれを予想しろ、と言うのはむつかしい』



『今日は、お互いに絶対負けられない事情があります。意地とプライドのかかった戦いです。現状の勝ち点差は5。ほぼ勝った方が優勝、と言うことで良いでしょう。さぁ、審判団がメインゲート下、準備を始めました。ファンファーレも間もなく。……それでは東クレスト今期最後、引き訳なし、完全決着のみのB1戦、試合の様子は実況席から、我々は終了のブザーのあと、再びお目にかかります。――用意ができたようです。では実況席、お願いします!』




「フィールド内、安全確認終了。異常を認めません」

「対魔力フェンスの設置、稼働状況、問題ありません」


「フィールド内の最終確認終了を承認。全員配置について結構です。――本試合の主任審判、パルレです。よろしく。……試合前最終確認を行います。まずは本人確認から」


 主審が姿勢良く立つ。


「ステイブル・オブ・バーンシュタイン、アリエル。本人で間違いは無いですか?」

「はいアリエルです」


「キリュウイン・ファーム、ネクスタ。本人で間違いはないですか?」

「相違ありません、ネクスタです」


「双方、本人と認めます……」



 せっかくだから、一分以内でカタを付けてみんなをがっかりさせる。

 ……って言うのはどうだろう。

 なんか盛り上がってるから、そう言うカタチで台無しにする。うん、なんか良い。

 きっとエリィは喜ぶだろうけど。オーナーは面白がってくれるだろうか……。



「東クレストリーグ最終節、その最終試合。格式はフォーミュラB1。制限7分、優勝決定戦のため、時間内に決着がつかない場合。インターバル1分の後、時間無制限で決着までの延長となります。……事前の反則行為は無いものと認め、試合開始条件の成立を承認、準備完了を宣言します。――両名、開始位置に!」 

 


 審判がゴーグルを降ろして大きく下がり、ネクスタと私もそのまま後ろに数歩下がる。

 ネクスタはカタナを抜刀すると、そのままさやを後ろに捨てる。

 私はナイフを抜いて逆手に構え、重心をさげて。

 ネクスタに向けて、指を一本あげてみせる


「一分、それで私の優勝」

「逆になって吠え面をかく姿が、わたくしには鮮明に見えていましてよ」


 

「では、――開始っ!」

 審判の右手がスッと上がり。

 すり鉢の中にいつもの気の抜けたブザーが響いた。





――終わり――

最後までお付き合い頂きまして、ありがとうございました。

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