戦女は淑女たれ
大きなオブジェの頭に手を突っ込んで、右手でぶら下がっている状況になった。
エラく不自然な格好なのではあるけれど、この状況を知覚できてる……?
「あれ? まだ、生きてる? ……スッパリいくと、痛くない、って言うけど。手しか痛くない」
「何を縁起でもない。あとで回収すれば良いのですから、ナイフから手を放しなさいっ! ……無駄に怪我が増えますわ。バナナを掴んだ猿なのですか、あなたは」
バーサーカーの肩に乗ったネクスタが、右手を引っ張り出して、下に降ろしてくれた。
「全く、小手先の誤魔化しなどと。そんなことに命をかけるのは感心しませんわよ」
とりあえず、座り込む。……もう動けないよ。
あれ? 右手の感覚、ないや……。
「ネクスタ、さん? どう言う、こと、ですか?」
「絶対にわざとでしょう? 試合だったらまた、叩かれること請け合いですわよ!」
右手は肘まで血まみれ、まるで力も入らないけど、特にもげたりはしてない。
胸のアーマーと無線機は無くなって血も出てるけど、内臓は出てない。……あれ?
「手も使わず無線機で切っ先をずらすなど、どうやったら思い付くのです! 相手の剣が、正中線から1cmでもズレたら。……どうなさるおつもりだったんですの!?」
いや、そこを怒られても。本人も斬られたつもりだったんだし。
「しかも一撃目で手首と肘を脱臼したのに、骨同士を突き当たるように肩だけで調整した上で、そのまま突き続けるなどと。痛い、とか思わないのですか?」
ほんのコンマ数秒の出来事を細かいトコまでよく見てるなぁ。これだから戦女は……。
「いや、それは。すごく痛かった、……です」
それに痛いか痛くないかと言われたらすごく痛かったし、今だって痛い。どころか痛すぎてビリビリする感覚しかない。
「全くあなたときたら、いつでもいつで、も。……ほ、本当に、本当に、わたくし……、あ、アリエルが。ぶら下がって、動かないから。……し、アリエルが、死んで、死んでしまっ……、死んでしまったのだと……」
私の正面。私の左肩に手を置いたネクスタが突然、泣き始める。
……これにどう、リアクションを取れと。
「まぁまぁ、あの、ネクスタ、さん……? 生きてたんだから、別に泣かなくても、良い。のでは……」
「巫山戯て良いときだとお思いですのっ!? 死んでたら、本っ気で! 蹴っ飛ばしているところですわっ! ……あぁ。本当に、切れてない……、お腹の中身も、出ていませんわ。本当に、良かっ、た」
よく見ると、両方のおっぱいのちょうど真ん中からおへそまで。血が赤い線を書いて地面にしたたり落ちている。
……ほんの数センチで死んでたんだな、本当に。
ネクスタが涙を拭くと、足元に置いたカタナを持って立ち上がる。
……あれ? ……ネクスタ?
「ちょっと。アンタも左腕。……なんか、おかしくない?」
肩が脱臼してる? それに、あれは二の腕も折れて……。
「おや? 今、言われるまで気がつきませんでしたが。 少し痛めたようですね。ですが、あなたの右腕ほどではないでしょう。大事ありませんわ」
「アンタも人のこと、言えないじゃない……。大丈夫なの?」
そう思ってみると、左手首もただぶら下がってるだけだし、指も2本、角度がおかしい。……アンタの方が私より痛いだろ、それ。
なにをどうしたのか、ほうぼう欠けて、ボコボコになったカタナ。
……時速4,000キロのマシンガン、見切るだけで無くて受けてた!?
その衝撃を複数回受けてその結果、脱臼して骨折したってこと……?
しかもその状況下で、利き腕はまだしっかり確保してる。
ネクスタさん、実は最強なんじゃないんですか……? アホだけど。
「あんたこそ痛いって思えよ!」
「今になって痛みが来たようですわ、本当に集中すると痛みさえ感じない。と言われたことがありますが、まさにその通りなのですね」
そのネクスタは、左腕をだらんとたらしたまま、ボロボロになった右手のカタナをみると。
「ふむ。チューンしたはずなのですが、重さも重心も、微妙にずれていましたし。さらに改良が必要ですわね」
一旦膝を付いてカタナを置くと、姿勢良く立って右手を真っ直ぐ横に伸ばす。
「計時停止! 格式フォーミュラA1の特別試合、5分32秒! アリエル、バーサーカー双方試合続行不可と認め、終了を宣言します!」
ネクスタは、無事だった右手を真っ直ぐ上に上げる。
「ノックダウンは同時、バーサーカーの意識喪失を認めた。よって、勝者、……アリエルっ!」
上がった右手が私の方へと振り下ろされる。
命がけの一戦をやった直後だっつーのに。
ドンだけ体力余ってんのよ、……このイノシシ女は。
そしてネクスタの審判の真似が終わった直後。
場内全部のスクリーンやディスプレイに、
【END OF THE SPECIAL GAME 5:32】
【WINNER : Ariel [BLUE / GOLD]】
【TEAM : -Stable of Bernstein-】
文字と一緒に私の写真と、バーンシュタインのエンブレムが一緒に表示される。
カメラの他にも集音マイクもあったんだ。
つーか、どこから持ってきたの? この画面。
《只今の試合はご覧の通り、5分32秒、試合終了が成立しました。勝敗確定の正規発表まで、暫時お待ち下さい。なお、確定までベッドデータは破棄しないようご注意下さい》
マコティの声がコロシアム中に響く。
瞬間に乗っかってくる、まぁ知ってるけど。なんてノリの良い。
……ホンモノの試合みたいだな。
「総合闘技場のスペシャルマッチで一勝しちゃったよ。……別にやらなくても。あいたたた……」
「右腕は力を入れてはいけませんわ。……左手だけでバランスを」
ゆっくりと立ってみる。お、右手のほかは意外と大丈夫。
「マコティも乗ってくるなら、お約束。と言うヤツなのでしょう? ならばやっておいて正解なのですわ。……胸は一応手で隠しなさい、はしたない。……監視室のカメラで見えています。マコティだけで無く、殿方も見ているのですよ?」
「アンタならともかくさぁ。……私にその辺の商品価値って、あると思う?」
右手が動かないのでとりあえず左腕で胸を隠してみる。
「あまり安売りするものではありませんでしてよ。――なお、アリエルはドレスコード条項違反とし、獲得分のうち10ポイントを剥奪としますっ!」
スクリーンもその言葉が終わると同時に真っ赤に染まって点滅し、
【DEPRIVATION OF POINTS -10】
【Ariel:Stable of Bernstein】
【VIOLATION OF Dress code clause】
【OFFICIAL AND CONFIRMED】
画面がお馴染みの表示に切り替わる。ただ二段目に私の名前が出るのは始めて。
って。だからマコティ、対応早すぎでしょ……。
しかも公式発表って。
「……せっかく、始めて出たA1で勝ったのに。引かれちゃうんだ、ポイント」
「当たり前ですわ。我々は淑女であることを求められておりますのよ? わたくしども戦女の素肌の価値、それは当然史上最高、比肩するものなどないのですわ!」
何故か自然発生を始めたジェノミレディは、政府が一括管理し、淑女として教育することにした。
なるほど。せめて最低限、服くらい着ろよ。……ってことなのか。
1,000年分の伝統があるんだから、きっとネクスタが正しいんだろうね。
エリィ。戦女は淑女にならないと、いけないらしいよ。
私はちょっと、キビしいっぽいんだけれど。
君は、大丈夫ですか?