戦女の矜持
巨大なコロシアム。大きなすり鉢の底の部分。
私はそこにぼんやりと立っている。
何だろう、スタンドには誰も居ないのにこのプレッシャー。
……デカいな、マジで!
今回はシーズン中には珍しく、左手の籠手に仕様変更をかけた。
強度を上げてその分小さく、こないだのツノはオプションから標準装備に。
籠手に限らず、細かい部分のフィッティング、その他色々。
細々と変わっているはずで。
一流の選手ならそこに細かく注文を出したりする。
例えばさっきのマコティとネクスタの二人、大雑把に見えて実はすごく細かいので有名。
装備にダメ出しするのも優秀な戦女の仕事、自分のためにはもちろんだけれど。
良い戦女が2シーズン在籍すると、アーマー職人のレベルさえ上がるという。
……という話、ではあるんだけれど。
うーん、何の問題もないと思うけどな。私のこれ。
少し透明度が増した感じのするスカイブルー、ちょっとだけ太くなった金ライン。
バーンシュタインの紋章の位置は、あまりに傷が付くので、胸からパンツに変えてもらった。
場所が変わったついでに、縁取りも赤から金になった。
これはホントはネイパーだけのエースの証、だったんだけど。
――エース、ね。自覚しろ、って暗に言いたいんだろうけど。
ただの芝生に見えてかなり強化してるはずのフィールド、手榴弾を使った実験の映像では表面の芝生に見える部分が禿げただけだった。
表面はふわふわしてるけど、思い切り殴りつけてもヒビも入らない壁。
わざわざバズーカで撃った実験映像もあって。当たった部分の表面が丸く削れていたが、それだけ。
そこまで強化する意味ってあるの?
普段ここでやってるプレミアの試合って、やっぱ半端じゃないんだなぁ。
試合を観に来るお客さんは、当たり前だけど普通の人間だしね。
バトルのフィールドは最大で六面取れる。
今日は何故か決勝仕様で、中央にたった一面だけになってる。
戦闘はもちろん模擬戦も禁止。と言われてとりあえず出てはみたけれど。
観客席12万は伊達じゃ無い。ここで試合するとか、怖い。
しかも昇格戦ならお客さんもほぼ満員。
いきなりここで試合やれって言われたらビビって身体、動かなくなる。
こうやって現地を見られてよかった。
私だって、さすがに優勝する! なんて事は言わないけれど。
今期の最後の最後。昇格戦のためにここに来るつもりだから。
「あぁ、居た居た。……アリエルぅ! マコに来てるって聞いて探してたんだよ!」
緑色の肩まで覆う、珍しいタイプのレオタードのようなアーマー。
光を跳ね返す綺麗な焦げ茶色の髪は肩で綺麗に揃えられて。
鍛えあげた筋肉がまるで彫刻のよう。
右手には、承認を取るために持ってきたんだろう。短めのクラブを持っているが、本来の彼女は五〇キロを超えるメイスを使う。
最大五m、六〇キロの大槍を振り回すネイパーの、直接のライバル。
彼女は、ここ数年。毎年、昇格争いに絡む優秀なステイブル、クレイシアstb.のエースであるシャルレ。
ネイパーがディビジョン1に居た時から今まで、ずっと順位を競ってきた。
私とネクスタよりも、この二人の関係はもっと深くて強い気がする。
この人も、ボブは今期の上位候補に挙げていたな。
「シャルレが私に用事? ……ネイパーは今日、来てないよ?」
「ネイじゃないよ、アリエルに用事があるの。今、……良い?」
「いいですよ。……別になにもしてないので」
ホントはウォーミングアップのシーケンスくらい、流してみたかったんだけど。
コロシアムに圧倒されて、動けなくなってました。
つまり、何もしてないのでした。
お客さんも居ないスタンドの雰囲気に飲まれるとかさ。
仮にも私だってクレストリーガーなのに。
「あのぉ、さ。怒らないで聞いて欲しいんだけど。クレイシアのディビジョン1にね……」
「プレア、ですね。……別に怒る理由は無いでしょ。――別に面識が有るわけじゃ無いけれど。多分、今。みんな大変ですよね。本人だけじゃ無く」
クレイシア所属の斑女。
バーンシュタインのエリィよりは二つ上。
タイプはテクニカルなんだけど、奇抜なことはやらないクレバーなスタイル。
でも、それでごく普通に結果が出る。
と言うのは私から見ると、まさに天才の所業。と言って良いくらい。
去年ディビジョン1にあがって、斑女であることと、その戦闘スタイルから“正攻法のアリエル”などと言われていた。
大きなお世話だ! と思いつつ、
――そんなこと言われて、かわいそうに。
とも思っていたので名前は知ってる。
ディビジョン1にあがった昨シーズン。
いきなり昇格候補に上り詰めたが、クレストの入れ替え戦では、実にあっさりと昇格を逃してしまった。
まぁ、かなり実力のある子なのは間違い無いんだよね。
私の時の入れ替え戦は、かなり運も良かったし。
運も実力のうち。なんて私も言ってはいるけれど。
でも、さすがにアレと比べられたら迷惑だろうな、とは思う。
まだ年齢は普通の人間ならジュニアハイ。
天才であろうと、多少精神が不安定なのは、年齢的に仕方ないところではある。
その彼女、今期はしかし序盤から伸び悩んで、前半の日程終了に至る。
「まぁ、私だってあの年頃は人の言う事なんか聞かなかったけどね。……でも、あの子のすねかたは、なんか違う気がして、そんで気になってるのよ」
「今でも人の言う事聞かない人に聞いて、大丈夫なの? それ」
「こないだネイがね、あなたに聞いてみろって。……怒るかも知れないけど、とも言ってたけど」
「怒らないけど、多分役にも立たないよ。……元々は私と違って明るい子だって聞いてる。今。ツンケンしてるか落ち込んでるか二択だと思うけど、どう?」
「あたり。今期に入ってから全然口、聞いてくれなくて」
彼女も確か協会教育期間の5才を過ぎて、形質が変化した子だったはず。
私やエリィと同じく、いきなりステイブルに放り込まれた口だ。
――二歳以降に能力が発現した者に対して、どう能力を伸ばして良いのか知らないからだ。
オーナーは、政府系の研修所で生化学を研究する専門家。
斑女をわざわざ第三の発生方法とした上で、通常の破戒淑女より優秀だ。と言いきった。
不条理な花々。
名前だけならすごく優秀そう。
……私もそうなんだけれど。
「自分の価値がわかってないんだ。特に斑女は、廻りから好き放題言われるからね」
「あなたにも、彼女にも。……そんなに非道いこと、言ってたかな私。知らないで言ってたら、ごめん」
「ステイブルや戦女の関係者は言わないよ、言えるわけ無い。――実力勝負で結果が全て、後は何も無し。……ご存じの通り、そう言う世界です」
デビュー前、ディビジョン1に一人斑女が居たが、言われ方は散々だった。
アレをみて、選手登録をためらった私は、デビューが半年、遅れた。
ボブは意外にも怒りはしなかったものの、ひと言、
――邪魔しやがって。本質も見えねぇクソどもが。
と、呟いたのを覚えている。
「アリエル、あなた……」
「今は自分のできること、洗いざらい全部、見直してると思うし、それで良いと思う。――自分の価値を自覚できてないなら、それを前面に押し出すなんてできない。自分で自分を信じられないなら。あとは信じてくれる人なんか、居ないもの」
――ダメならダメで良いじゃねぇか。ダメじゃねぇとこ、あんだろ。一つくれぇ。
――は? 莫迦なのか? そんなこと、俺が知るかよ。あったりめぇじゃねぇか。
――自分のことくれぇ、自分で考えろ。他人にわかるわきゃねぇだろうが。
軍警察に掴まって射殺されても良い、そのうち絶対にボブを殴り殺してやるっ!
あのころ、半分は本気でそう思ってた。
まぁ、今だって。やって良いならボブをぶん殴る、というのはそこまで悪い選択だとは思わないが。
「みんな心配して優しくしてくれる。……それがますますイラッとくる。軽く言いやがって巫山戯んなって思う。八つ当たりだってわかってるのに、ムカつく」
「苦労、してきたんだねぇ」
「多分一番苦労したのは、それでも諦めないで面倒みてくれたネイパーだと思うよ。――自分が優秀だって思わないなら。優秀な動きなんかできるわけないんです。彼女。プレアは、試合の映像見た限り私と違って天才肌だから、ますます。でも……」
「ん? なに?」
「なんかきっかけを作ってあげられたら。そしたらスイッチ、入るかな? なんて」
「きっかけ、ねぇ」
「私が優勝して、斑女初のプレミアリーガになる。とか言うのはどうですか?」
斑女は普通の戦女よりも優秀。それをアピールできたら。
エリィだってやる気のギアがもう一つくらいは、あがるかも知れないし。
「何処まで本気で言ってるの? 真面目に聞いてたのに!」
「真面目だよ? ……斑女も普通の戦女も関係無い。みんな戦女なんだもの。――アイツにできるなら私はもっと! って思ったら、スイッチ入るかなって」