イレギュラリティ・フラワーズ
「でも、今のオーナーのお話だと。感染はするけれど、別に熱が出たり頭が痛くなったり、寝込んだりはしないんですよね?」
「女性にしか感染しない、そして一般の病気のような症状は何も無い。そこは間違いがない」
「それって、問題なくないですか?」
「表面上は、な。当然に問題はあるのだよ。――セバス? 例の検体検査のデータ、今。出せるか?」
オーナーは、隣に座った執事さんから端末を受け取る。
「全大陸から5,000人ずつ、女性のサンプルを集めてみた統計がある。ウイルス感染率は……。全大陸平均99.9997%だった」
20%から、ほぼ全員になっちゃったんだ。
「特に薬やワクチンも作られたわけでは無い。感染力を考えればそこまで不思議では無いのだが。……気になるとすればこれが一昨年のデータだ、と言うことだ」
1,000年前じゃ無くて、おととし?
私がディビジョン1に上がった年!?
「ちなみにステイブル・オブ・バーンシュタイン所属のジェノミレディは、所属部署を問わず、全員が感染してるのを確認している」
「私も、……ですか?」
「大丈夫だ。健康その他に全く問題がないことは、それこそ900年以上前から確認がされている。……ただ、唯一の弊害として。ジェノサイダーがそれ以降、生まれなくなった」
「……それは、つまり」
「マッドサイエンティスト達の目論見は成功していたのだ。だが話はそこでは終わらなかった……」
――感染したことで何も変わらなかったように思えたが、一つだけ。後遺症とも言える症状がある事がわかった。
――いったい何をどうしたらそうなるのか。我々は今でも研究を継続してるのだが、男のジェノサイダーが生まれなくなった。
――男になることが確定している受精卵を人工的に着床させたにも関わらず、ジェノサイダーの形質を持った女が生まれたのだ。
――当時の政府は、生殖能力が相変わらずないことにまずは安堵した。
――寿命は4倍ほどに伸びたが、身体能力は劇的に落ちた。人間と比べればそれでも異様なほどに高いのだけれどね。
――もちろん、基本性能自体、今の君たちより三倍以上高いのだが、ジェノサイダーと比べれば大幅な性能劣化でしか無かった。
――ちょうどその頃、ジェノサイダーを戦争に投入するのは人道的にどうか。と言う議論が世界中で持ち上がった。
――各陣営全てが投入した以上、将兵の死亡率を下げるための技術なのに、将兵が冗談の様に死んでいくようになったからね。
――いくらジェノミレディとは言え、普通の人間に勝てるわけが無い。しかも寿命が長いからその分知識もある。ある意味かえって厄介な存在、というわけだ。
――各陣営がたった二年で、作成修了の条約を了承せざるをえなかった。
――いくら作っても女性しかうまれてこないのだ。ここは作れないから作るのをやめた、と言えるのかも知れないが。私は歴史も軍事も疎くてね。
――破戒淑女の呼称もその頃にできた。相変わらず一般人を超越した力を持つ彼女たちを、とりあえず隔離し、あえて貴族の淑女のように教育したからだ。
――寿命が尽きるまでのたった40年の間、粗暴な行いをしないようにね。
――ジェノサイダーは人工生命体、作らなければ最大一〇年で居なくなる。時間は長いがジェノミレディも然り。これで人類の過ちは精算された。と誰もが思った。……その時は。
「……その後。誰かが内緒で作った?」
「いや、意図ぜず作った。……ではないな。産んだのだ、ふつうのあかんぼうとして、ね」
「……! でも、ジェノサイダーは作らないことになったはずなのに!」
「何故そうなったのか、今でもわかっていない。だがジェノミレディは一定確立で自然に生まれ続け、そして君だ。アリエル」
「……私、ですか?」
「形質が始めからは現れない、それを当初、不条理な花々、と呼んだ。今の斑女だ」
「イレギュラーなのはそうでしょうけれど……」
「何がイレギュラーなのか。……簡単な話さ。始めから破戒淑女として生まれたものよりも、性能が良かった」
「でも、私は……」
「事実を隠蔽し続ける世界政府上層部と各国政府。アカデミーと委員会、そしてミレディステイブルのせいなのだよ。幼少期から伸びしろを見極め、そこを目指して性能を向上させる。それこそ赤ん坊のウチからね。……人工的に作られるものなどは、その養育に特化する形で受精前から調整される」
「……あの」
「先に話して良いかね? ――ありがとう。今の斑女がどうして目立った戦歴を残せないのか? 簡単なことだ。……二歳以降に能力が発現した者に対して、どう能力を伸ばして良いのか、誰も知らないのさ」
「バーンシュタイン以外のステイブルに回されたら、お前はただのスピードファイターとして育成されて、今でもディビジョン2どころか参入戦止まりだ。ネクスタとやり合っても、勝負にならねぇ。それこそ瞬殺だ」
隣で黙って話を聞いていたボブが、オーナーの話を引き取る。
「臨機応変に戦術を変えることを厭わない頭の回転の速さ、小手先の器用さだけはテクニカルファイターを越え、パワーファイターを上回る一発のスピード。……オーナーに言われなきゃ俺も気が付かないトコだった。――お前の巫山戯て言う完全バランス型。まさにお前自身がそうだ、っつう話だ」
「すまんなボブ。――と、まぁ。学者崩れのつまらん昔話はこんなところだ。質問も補足説明も一切受け付けない。だがアリエルは知っておくべきだ。と思ったので長話に付き合ってもらった」
「ありがとうございます、オーナー。……でも今のお話だと、現在はジェノサイダーは生まれないのではないですか?」
「質問は受け付けない。と言ったつもりだったが?」
「これは昔話への質問じゃ無くて、夜に会ったジェノサイダーの話です」
「なるほど。キミは知っていると思うが、そう言うのを世の中では詭弁、と言うのだよ? ――まぁ作っていない。ことになっている、建て前の上ではね。世界中で研究は続けているよ。……それに君と会話が成立した、と言うことは記録に無い程に知性が高い。国内にそれほどの成功例が居たとは驚きだ」
「アリエル様を。……拉致するつもりだったのでしょうか?」
本気でそうなら、私に勝ち目は無かったけれど。
まさか、そんな可能性が……?
「もしかすると、そうかも知れない。アリエルの場合、内性器がある程度成長してから能力が発現したからね。自然妊娠の可能性さえ、計算上0,05%を超える。欲しがる向きがあっても不思議じゃ無い。誰だか知らないが男性体を“持っている”なら、なおさらだ」
どうなってるの? 私の身体って!!
ただの破戒淑女じゃ、無い!?
「もしも、きのうの彼との間で子供ができたなら。史上初の、本物のジェノサイダー。どころかポストヒューマンを生み出す可能性さえある。蓋然性はそこそこ高いのでは無いか? 私を含めて世の中、頭のオカシイ化学者は思うより数が居るからね」
「え? えぇ!? いったい何の話を……!」
「なに、変態科学者のたわごとさ、気にしなくて良い。それにこれ以降、君が彼に会うことも、ほぼあるまい」
「こちらで映像は抑えております。それは先方も承知でしょうが、画像の加工にはまだ時間がかかります」
「そこは多少、時間がかかっても構わんから続けてくれ。――私を含めた一部の専門家は、アリエル。君の特殊性に以前から気が付いて居る。頭が回って機転が利く、ともね? その君に顔を見られた以上、当分外の世界には出てこれまい」
「ほぉ。オーナーはこの一件、アカデミーに資料を提出する気は無い、と?」
「あぁ、ないね。むしろ何処の誰がどうやって作ったのか、そちらに興味がある。多少時間がかかってもそちらを調べるさ。……わざわざ役人に研究の目を潰させるつもりなど、毛頭ない」
「ふむ、マッドサイエンティスト、ね……。なぁ、オーナー。この件を委員会にさえ伏せる、とすると……」
「暗殺を企てる可能性が出てくる、か? ――アリエル。……クレストでは、キミと仲の悪いものは居るかね?」
ささやかなおっぱいのスキマに爆発物を押し込められるのは、それは困るけど。
「みんなと、そこそこ仲は良いつもりですけれど」
「わかった。ならばそれは気にしなくて良い。こちらで考えておく。――長々とすまなかった。戻って良いよ。……無駄に時間を取ってしまった。出来ることなら、今日は休みにしてくれると嬉しいが」