再びオーナーの部屋
「別にアリエルを疑うわけでは無い、と最初に断っておく」
「はい」
今は午後の三時過ぎ。お屋敷の中。オーナーの執務室。
あれから遠征組が帰ってくるまでもう一回寝たので、頭はそれなりにスッキリしている。
ボブと私はソファに収まり、オーナーは自分の執務机。
執事さんが情報端末を片手に、オーナーのデスクの横に立つ。
「その上でもう一度確認するが。相手は“男”、だったのだね?」
「シルエットしかみていませんが、ほぼ間違い無いと思います。――身長約一八〇cm以上、ボブみたいな体型で、声も低かった」
「ボディカムの映像もそれを裏付けてる。付近の構造物との比較と足跡等の痕跡から、推定される身長は183cm強、体重92キロ弱。映像と音声から推察できる生物学上の性別は男としか言えん。……単純な筋力はアリエルの約四倍、と推定する」
「四倍以上、か。セバス。プレミアのトップリーガーとアリエルとの差を以前、検討したはすだな? 資料と計算式はすぐでるか?」
「はい。…………お待たせ致しました。筋力、となると多少話は変わってきましょうが、現状のアリエル様を基準として只今、再計算致しました。筋肉量は最大で1.27倍の差違が生じる可能性がある、と言う結果にしかなりません」
「ボブ、ライフル弾が貫通しなかったと言うのは?」
「今朝、もう一度現地を当たった上で検証した。距離は約93m、弾種は耐装甲用強壮弾。着弾角度もほぼベスト。防弾スーツを着ていてもあの距離なら着弾したら、貫通して大穴が開く。当然致命傷だ。……ジェノミレディであってもそこは変わらんし、運良く貫通を免れようが肋骨3本が複雑骨折してるはずだ」
「何事も無く立ち上がったのだったね? 防弾スーツはどうだった?」
「はい、私と同じくマントの下は、最低限のアーマーだけ、と言うかパンツのみだったと思います。ボディスーツの類は着て居なかったように見えました」
「弾は着弾した内の一発を発見できたが、簡易検査の結果。血液反応は出なかった。かすり傷すら負ってないって事だ」
「確かにただの人間ではなさそうだ。ライフル弾の貫通しない人間は、おおよそ居ないだろうからね」
「男の、ジェノミレディ……?」
「性別が男だった場合、破戒者、という呼び名があるのだよ」
え? 男の名称がある……?
女性だけに発現する、特殊な変化じゃ無かったんですか……?
「ボブ。その辺、アリエルにはすこし話をしておきたいのだが。キミはどう考える」
「オーナー、良いのか? 今のところ、コイツは現役の戦女だぞ?」
「ならばこそ、だ。アリエルは賢い。むしろ自身の成り立ちがわからないでは、何処に立って良いのか、また迷ってしまうだろう。それに斑女として、史上初めてプレミアに上がろうというこの子には、だからこそ知る権利がある。と考えているが」
「オーナーが良いなら、あとは俺から言うことはなにも無い」
「……そうか」
オーナーはアゴに手を当てつつ、ソファへと移動してくる。
「ふむ。……アリエル。破戒淑女がどのようにして生まれてくるかは、知っているね?」
オーナーはソファに収まって、右手で口元をを画すようにする。
「はい。人工授精でジェノミレディの因子を持つモノが生むか、もしくは私のように突然変異で普通の人間の元に生まれるか。の二つです」
「そうだな。君のように生まれた時には形質が発現していないものも含めて三種類、としようか。……その形質を持つものの性別は?」
「もちろん、女だけです」
「よろしい、模範解答だ」
「あの、オーナー?」
「但し、もう1,000年以上前。始めてその力を持つものが生まれた時には、それは男しか居なかった。……これは、我々専門家しか知らない事実だ」
「あの、いったい何の話を……」
「専門家しか知らない、地球政府からも機密指定を受けている話を君にしようと思って居る。うかつに口に出すと、それだけで君だけでなく私も殺される。――そう言う話なのだが、始める前に改めてもう一度、確認はしようか」
そう言うとオーナーはソファに座った背中を伸ばす。
「聞きたいかね……?」
「……はい」