スイートピーとグラジオラス
「と言うわけでお昼前には帰ってくるから、みんなはそれまでいつも通り練習と仕事。遠征組が帰ってきたら、そしたらこんなにいっぱいあるんだし。みんなで、お花とお菓子を分けましょ? ――それで良い?」
――はい!
うん、良いお返事。
その場に集まった全員が、練習着に着替える為に一度、部屋へと向かう。
午前中は基礎練習と筋トレ。
検査部や技術部所属の子達も、健康維持のために午前中は戦女と一緒に身体を動かす。
彼女たちの“仕事”も急ぎで無い限り、基本的には午後からである。
その一人を呼び止める。
「エリィ、ちょい待ち」
「……え? ……な、なに? わたし、アリエルの朝食の準備を、しないと……」
「私も寝癖直してこないといけないんだけど、その前に……」
私は、巨大な花束の中から、一束、ピンクと白の花束を引き抜く。
何しろデカいから。これくらいではバランス崩れたり、しないでしょ。
「これ、あなたにあげる。お部屋に持っていって」
「あとで、みんなでわけるって……」
「それはそれ。これは私がオーナーからもらったのよ。だから私から君にあげるの」
エリィは不思議そうな顔でこちらを見返す。
「私はね。まだ普通の女の子だった時、お花屋さんになりたかった」
「花を売る人、……になりたかった。の?」
――それだとなんとなくアレな感じになるな。間違いはないんだけれど。
この子が絡むと、どうして全部……。
まぁ、わざとやっ照るわけで無し。お花屋さんがピンときてないか……。
エリィも気が付いて居ないし、ここはとりあえずスルーで。
「だからお花のことはちょっとだけ詳しい。私は斑女だから、他の戦女が知らないことも、すこしだけど知ってます」
「……? 話の意味が」
「その花はね、スイートピーって言うの。そこまで珍しいお花じゃ無い。あのデカい花束の中にもいっぱいあるね。でも、花びらがまるで飛び立つ蝶みたいで、私は好きな花」
「これ、……スイートピー?」
「そう、スイートピー」
スイートピーは個人的にも好きな花だ。
ここに来る前には庭で育てていたくらい。
あの花壇は、六年以上にもなるんだもの。……もう、無いよね。
「で、ここからが本題。お花にはね。それぞれ花言葉、って言うのがある」
「はな、ことば?」
「大事な人にお花を贈る時。その花に思いを込めて、花そのものをメッセージとして渡す。花の種類によって、そのメッセージがそれぞれ違うんです」
「えーと、スイートピー、でいいの? ……うん。これをアリエルが、わたしにくれた意味。花に意味。花束にメッセージが、ある?」
「スイートピーの花言葉は、新たなる門出。……あなたはこれから戦女として改めて出発する、って決めた。ならばこの花は今、あなたに贈られるべき。でしょ?」
きょとんとしたまま、エリィが固まる。
「ま、まぁ花言葉なんて知ってても。おおよそ生きてる内には使わないと思ってたけど、役に立ったね。――君にカッコつけられて良かったよ。はは、あはは……」
などと誤魔化してみるが、これはかっこ悪い。
エリィが、俯いて肩を振るわしてるもの……。
やっぱり、慣れないことはするもんじゃないな。
「……ごめん、なさい」
俯いた顔から床へ水滴が落ちる。あれ? 笑ってたんじゃ……
「……なさい。うるさい、とか……、うぅ。あっちいけ、とか、ひっく。……ほっといてとか言って。……ごめんなさい」
うん。言われてるね、毎日。
昨日と今日は言われてないから、違和感あるくらいだよ。
「いやあのね、多分だけど勘違いしてるよ? それって、それ程大変な話では……」
「ちゃんとみててくれたのに、……反抗して、つっぱって……。わかってたのに」
あれ? リアクションが予想と、違う……。
でもそうだね、この際だし。……こう言う時は、こうだ!
少し大袈裟に、――ぎゅっ、と抱きしめてみる。
「え……っ!? あ、あの」
昨日、始めて気がついたんだ。
こう言う極端な表現で無いと、この子には届かない。
特別扱いするな。と言われてたんで、気が付いてあげるのが遅れた。
ずっと一人で流れに逆らってきたから、大事なものが他の子達よりすり減ってる。
元が少ないんだから、わかりやすく補給してあげないと全然足りない。
誰にも大事にされてない、って思い込んでる。……昔の私みたいに。
「やれやれ。かっこ悪いから、思い出したくないのになぁ。……私もさ、ディビジョン2に登録される少し前、かな? そうやって泣きながら謝った」
「……?」
「ネイパーがね、ちゃんとみててくれたのに。私だけが莫迦で力もなくて斑女で、だから価値が無くて、誰にも相手にされなくて。世界で私だけが一人ぼっちで、世界で一番不幸な女の子なんだ、って。……思ってました」
抱きしめた手を離して、エリィと目を合わせる。
涙目の、怒りそうな、笑いそうな不思議な顔。
「アリエル、あのね。わたし……」
「あなたがバーンシュタインの紋章を背負って、ステイブルのために勝ち点の計算をするようになったら。……そして、もしもその時。道が見えなくなって、歩けなくなってる下の子を見つけたら」
普段なら怒るよなぁ。と思いつつ、――ぽん。とエリィの頭に手を置く。
「今度は君が花束をあげなさい。バーンシュタインは全員、姉妹だよ? みんな心配してるんだ。特に斑女はそこがわかってない。……ううん、違う。私はネイパーに言われるまで、……わかってなかった」
置いた手に金色の髪の毛を絡めて、わしゃわしゃと動かす。
「ちゃんとみんな、気にしてくれてたのにさ。――でも君はちゃんと自分で気がついてた。ちょっとだけ捻くれてるけど、ね」
「――ちょ、……さ、さっき直したのに、髪の毛!」
「あはは、あなたはクセがつかないから良いじゃ無い。――私は寝癖のまんま、寮長さんに、はしたないっ! ……ってまた怒られちゃう」
ちびっ子チームにたたき起こされて、そのまま出て来たからなぁ。
ネクタイも曲がって長さもおかしいし。
このままの姿で会ったら、ほぼ間違い無く怒られる。
「もう! ……あ。――ね、アリエル?」
「ん?」
「その、ピンクの花のついてるの……。うんそれ、一本だけ。もらっても、良い?」
「まぁこれだけあるんだから、良いんじゃ無い? ……でも、一本でいいの?」
彼女が指をさす花を、一本だけ抜き出すとそのまま渡す。
「はい、どうぞ。お嬢さん」
「私は花の名前、知らない。……なんて言うの? これ」
「これはグラジオラス、ね。……どうしたの?」
「ナイフみたいで、でも花がふわってしてて。アリエルの花だと、……思って」
それ以上言葉で話すのはやめて、彼女は無造作に茎を折って。
上手く切れなかったので戦女の腕力で上下にあっさり引きちぎる。
戦女なんだよな、この子も。
そして私の上着、胸のポケットにその花をさした。
残った茎の部分は、何故だか自分の胸ポケットに。
「なに、それ? どう言う……」
「わたしは、グラジオラスの茎。花を、アリエルを支える茎に……」
……真っ赤になって俯く。
わぁ、なにこれ。……この子の見た目でそんな事いわれたら、もう勝てない!
かわいすぎて破壊力がハンパない!
「ありがとう。……似合う、かな?」
「……うん、えーと。思ったほどじゃなかった」
「あのね……」
で、このギャップがエリィなんだよねぇ。
そこはウソでも似合う、って言ってよ……。
「でも、その花はアリエルだよ……。他の人は。もっと似合わない」
「そうなんだ、……ありがと」
お似合いですよ、なんて。
恥ずかしくて言えないか、普通。エリィならもっと言えないよね。
って事は。……あれ? 私、そこそこ似合っちゃってる? グラジオラス。
こう言う方向でキャラを立てていこうかな?
グラジオラスの乙女、みたいな。
元々の名前の意味も短剣からだしね、グラジオラス。
そういう感じで名前を売って行く々々はグッズを展開したり、とか。
グッズかぁ。ステイブルの制服のフィギュアとかあんまり見ないけど。
アーマーに花の絵を描いてもらったりする? それならいけるかな?
どうでも良いと口では言うけど、でも。
ネクスタをみてると羨ましくはあるんだよね。
カードは東クレストで一番人気、カタナのレプリカも思うより売れるって聞いた。
あんまり作ってもらえる人の居ないフィギュアなんか、プレミアの選手でも無いのに二種類もある。
強い上に可愛い。人気にならないわけは無いんだけれど。
「……あ!」
「ん?」
「花言葉。メッセージって……、もしかすると、変な意味、だったり……。わたし、ホントに知らなくて。だからすごく似合うと思って、それで……」
――大丈夫。あなたはとても良いメッセージをくれた。
やる気、すごく出ました。
「グラジオラスの花言葉は、勝利。――可憐な少女から、今期かならず優勝しろ! って言われちゃ、これは頑張らなくちゃいけませんねぇ」
「わ、わたし、一度お部屋戻って、すぐ、朝食の準備する……!」
そう言って。エリィは、突如後ろを向くと花束を抱えたまま、慌てて談話室から逃げる様に駆けていく。
「廊下を走ったら寮長さんにはしたないって怒られるよぉ」
「きゅ、急用につき、ごめんあそばせっ、……です!」
……見た目はもちろん、言動も実にかわいい。
いつもこうなら良いのになぁ。
こっからさきも、基本的な性格は、かわらんだろうなぁ。
「エリィ! 私も一旦、部屋に戻るから、慌てなくて良いよ!」
さて、怒られる前に寝癖。直してくるかぁ。