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淑女を足止めする方法

 相手も銃器の類はもう持っていないはず。

 ならば動きも普段の試合通りで良い。


 去年のオープンカップ戦。結果として負けはしたけれど。

 上位のプレミアリーガーさえ翻弄したスピードとナイフがある。

 そして今、そのナイフには刃が付いている。

 もちろんポイントは関係無い。


 オーナーの敵! だったらその首、落としてやる!



 マントから上がる炎が消え、灰になったマントから人影が起き上がる。

 なんて頑丈なヤツ。


 戦女だとして、それでも普通に立ち上がってる?

 ライフル弾も2発も当たって、その上燃えたのに!?


 しかもあれだけ銃器を使いこなす。

 とすれば、軍事系の戦闘訓練を受けている可能性があるけれど。

 そうだった場合、私一人で抑えられるんだろうか……。




 起き上がった影は、月が逆光になってシルエットしか見えないが。

 筋肉質で結構大きい、というか、一八〇以上ある!?


 そこまで大きい戦女となると、ミレディバトル全体でも一〇人前後しか居ない。

 戦女全般。わりと身長は低めの傾向がある。

 平均だと一六〇弱、164の私は、やや大きい方に分類されるくらいだ。


 こちらに向き直るそのシルエット……。

「……どうしてクレストリーガーが、そこまで実戦闘に特化している?」


 野太い声、そして逆三角形の上半身。――まさか、男!?

 たった今、炎に包まれたはずのその“彼”が。普通に歩いて放りだした拳銃を拾う。

 狙撃用のカスタムとか、そう言うことで無く。見た目は本当に普通の拳銃だが。 


「もう会うこともあるまいし、個人的に話をしてみたいが……。時間切れ、だな」

 無造作にこちらに向けて一発発砲する。

 アーマーの腰の部分に、――チッと掠る。


 さっきまでの命中率は見る影も無い。わりとあの火炎弾、効いてる?

 拳銃を拾ったのは、なんか特別仕様なのかも知れない。

 あの銃は賊の背後を探るために、できれば手に入れたい。


 だがその“彼”は、反動無しでいきなりジャンプすると、

「警護なんかに出るのはやめておけ。そのかわいい顔に人殺しなんて、似合わんよ」

 そのまま一〇m以上後ろ、三m以上あるお屋敷の塀を大きく越えて、塀の向こうへと消える。


 私も追いかけようとして足に力が入った瞬間。

 ――パキン! ガシャン!

 鋼鉄のパンツが、落ちた……。

 はぁっ!?


「なんでパンツっ!?」

 

 やられた!

 わざわざそう言う可能性を考えて金具をサイドにしてるのに、そのサイドの金具だけ、ピンポイントで撃たれた!

 いくら私でも下半身丸出しで賊を追うわけには行かない。


 でも、いくら拳銃とは言え。

 この距離だったらまともに食らったら、貫通しなくたってしばらく動けないのに。

 あえてパンツを狙った……?

 しかも、両側の金具を外さないとこのパンツは脱げない構造になってる。

 つまり、さっきの騒ぎの中で何処かでもう一発。反対側にも狙って当ててる……?


 なんなの、あいつ!

 私をここに釘付けにする為に、わざとパンツが落ちるように狙い撃ったの?


 ……変態にも程がある。

 


 さらに無反動で軽々とお屋敷の塀を跳び越えていく筋力。

 ……そして。一番の大問題。


「男……? なんで、そんな……」

 あの体型、あの声。ジェノミレディの力を持った、男……?

 そんなことって……。



「アリエル様!? ……そのお姿はどうなされましたっ! お怪我なぞ御座いませんか!?」


 ――げ、執事さん! パンツ、下に落ちちゃってるよ。……今。

 だからといってなんかバタバタ隠すのもかっこ悪いし。


 どうせ暗くて普通の人間にはよく見えないはず。

 あえて堂々として、態度だけ誤魔化す事にする。

 ……後ろから来てくれたのは助かったけど。


 あ……! 暗視ゴーグル! いや、……もう遅い。


 どうせ普段から半分見えてるようなもんだし、おしりはもう良い、にしよう。

 ネイパーならともかく、私のおしりが見えても、向こうはさしたる興味もないだろうし。

 


「あ、執事さん。……身体は特に」

 首だけ振り返る。周囲を警戒してるように見えるだろうか。

 慌てたり、恥ずかしがってるように見えると、かっこ悪い。


「アリエル様、ご無事なのは何よりですが。うら若きご婦人が、そのようなお姿で居るのは、わたくしのようなジジィにとっても、いささか目の毒でございます。わたくしの服で申し訳無いのですが、よろしければお使い下さい」


 そう意って自分の上着を脱ぐと私の肩にかけてくれる。

 しかもちらっと横目で見ると、暗視ゴーグルは描けていない。……それなのに、目をつむって横向いてる。

 なんて紳士な。


「構いませんので袖をまくってボタンは閉めておいて下さい。ジジィの服ではお嫌でしょうが。わたくしがお話出来ませんので、どうかご辛抱を願います」


「ありがとうございます。アーマーの金具を壊されて、お屋敷に帰るのもどうしようかと思ってました。お借りします」

「そんなものでもお役に立ちましたらば幸いです。……その上で、改めまして。お体は大丈夫ですか?」


 そうは見えないのだけれどこの執事さん、結構背が高い。

 上着を借りて普通に来てしまえば、すそが膝まで来て、色々全部、隠れる。

 袖を通すとコートを着てるみたいだ。

 

 裸にコートって、変態みたいだな!

 一応、鋼鉄のブラは残っているけれど。



「まさか、金具をピンポイントでやられるとは思ってなかったので。あとは多少すすで汚れたのと、ちょっと打撲くらいで。……Aエリアに居たんじゃなかったんでしたっけ?」


 黒い上着は脱いだけれど、糊の利いたスタンドカラーのワイシャツに蝶ネクタイ。別れた時には付けていなかった白い手袋。

 そして胸には、そこだけ不似合いな拳銃のホルダー。


 でも。全く服装に乱れたところは無く、ホコリさえついているように見えない。

 但し、拳銃と左手から硝煙の、右手には血のニオイ。

 私が破戒淑女ジェノミレディで無ければ、気がつかない。


「鼠の駆除が終わったところで、こちらからアリエル様のライフルの音が聞こえましたので。後処理は業者に任せ、取るものも取りあえずここへ参った次第ですが……。すみません、アリエル様。少々お時間を頂戴します」


 執事さんはそう言うと、耳の小さな小さなイヤホンを押さえるようにする。


「ガードリーダー、こちらハウスキーパー。――駆除は予定を早めて終了、――現在、淑女ミレディと合流、左肩から胸に拳銃弾二発、全身に焼夷系薬物被弾の模様、なお損害は軽微。戦闘は終了。――ではホームへと向かわれたい、こちらもミレディと共に向かう。――了解、ハウスキーパーからも以上」


 多分ボブと話をしていたのだと思う。

 全く無駄の無い短いやりとり。

 両方元軍人だと、こんな短いやりとりで全て通じる。


 

「アリエル様。賊は、……外へ逃げましたかな?」

 マントの燃えかすと、ジャンプした足跡を確認しながら執事さんが言う。


「すみません、逃がしました。塀を飛び越えて外へ。直ぐに追おうとしたんですけど金具をやられて、その、パンツが……」


 敷地の外に逃げられれば、私が追いかけるのも本来は不味い。

 基本的には、戦女はステイブルの敷地からは出てははいけないからだ。


 かなりの無理が許容される、ミレディステイブルの“治外法権”だが、敷地の外に逃げられてしまえば拳銃でドンパチなんて、許されるわけが無い。

 だからこそ治外法権なんて言われてるわけで。



「いや、ご不満はありましょうが、むしろ僥倖であった。と、言わねばならぬやも知れませんよ。……プレミア上位の方でも、勝負になるかは疑問です。いわば化け物、ですな。痕跡を見る限り、戦女の範疇は完全に超えております」

 最後のジャンプをした時に踏み切った、足跡をみながら執事さん。


「わたくしが間に合ったとて、二人がかりでも勝負にはならなかったでしょう。……アリエル様がご無事で、改めて安堵をいたしております。本当に良かった」


 ――さて、お屋敷に戻りましょう。

 執事さんはこともなげにそう言うと、手袋を外して歩き出した。

 外ではパトカーのサイレンが聞こえる……。

 下半身丸出しで往来を走ってたら、私が別の罪で掴まっちゃうトコだった。


「あぁ。……銃声がしてバーンシュタインの近所に不審者が複数いる、と警察に通報しておきました。警察機構は、何処の国でも屈指の組織力を誇る集団です。彼らが守ってくれるなら、敷地の外に出た以上、当分お屋敷にも寄宿舎にも手出しはできんでしょう」


 あくまで内部でどうこう、では無く近所の人風に通報してるのか。

 なんてそつのない……。 

 こうなってしまっては賊の追跡は、警察に任せるほかはないのだけれど。


「急ぎ確認することも多々、御座いますのでまずはお屋敷へ。……アリエル様のお体はもちろんですが。映像と音声が無事なようで何よりでした」

 そう言って執事さんは自分の喉を指でとんとん、と叩いてみせる。


 マイクの他に、カメラとメモリも仕込んであったんだ……。

 皮のベルトにも思えたけれど改めて触ると、この手触りは耐火防刃素材だ。

 ボブには何処まで先が見えてるんだろ。あの人には敵わないわ。


「まずはお体を流して治療をしませんと。戻りましたら、すぐにシャワーとお着替えご用意致します。そのようなお姿ではご不満でしょうが、一緒にお屋敷までお戻り頂けますか?」

「……ありがとう、ございます。助かります」

 

 私は。――ガシャ。金具の壊れたパンツを拾って、執事さんに続いた。


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