燃え上がる(物理)淑女
「距離は正面約200をキープ、弾道はほぼ水平、角度がついてないので塀の上からじゃ無い。お屋敷の敷地内に入り込んでる」
『弾が直接見えるんだったよな、おまえ……。それより直撃喰らった、つったな? 身体は?」
「二発もらったけどカラダは平気。当たった弾は拳銃弾、捨てちゃったけどたぶん50口径だとおもう。でもそうだとして大口径ハンドガンですよ? 200mの精密射撃なんかできるもの?」
「相手が野良ミレディだってんなら、銃の精度によってはできるかも知れん。お前が普段やってる横向いて全弾的に命中、なんてのも、一般人には絶対できねぇ芸当だ。――位置を見極めて前に出ろ! 敵は影に隠れて射撃で押し切るつもりだろうが、だったらお前から距離をつめろ!』
……当たっても死なないとは言え。
いつもいつも、簡単に言ってくれちゃってまぁ。
『向こうは口径がデカいとは言え拳銃弾。お前のライフルなら、100を切ればボディスーツだろうが、ジェノミレディだろうが、ぶち抜ける!』
アサルトライフルを腰だめに構える。
間合いに入り込めれば、何とかなるか……!
『間合いに入れば、お前が野良ミレディに負けるわけがねぇ、そこでお前の勝ちだ! だからこそ最大限の注意を払え!』
「はい!」
野良ミレディは、当然ながらミレディバトルの教育は受けていない。
かなり強い、となってもディビジョン2中堅クラスが関の山。
理論的、勝つ合理的な訓練を、ずっとしてきている私のようなクレストリーガーなら敵じゃ無い。
……とまぁ、それはボブが言って居るんだけど。
そこはわかる気がする。
業界でも有名なボブ・ハワードの英才教育を、野良ミレディ如きが受けているはずが無いのだ、
「……ちっ、逃げるか!」
敵の陰が私の接近を見て射撃をやめて逃げる。
距離は思うより早く詰まっていく、スピードは私が上だ!
少し遠いが、アサルトライフルのトリガーに指をかける。
実戦で撃つのはもちろん初めてだけど、当たれば足を止めることは出来る。
いくら鍛えていようと、体重が5トンあるようには見えない。
小さいとは言え、時速3,000キロ以上のものが当たるとしたら。
自然の法則には逆らえない、さっきの弾より運動エネルギーが高いのだ。
貫通せずとも当たればさっきの私のように吹き飛ぶ。
トリガーを引くのはコンマ2秒。それで三発、弾が出る。
弾数42、アタックは最大14回。
――全ての動作は声に出して言え。確認も出来るから絶対に手順を間違えない。
何度もそう教えられた。
「セイフティ、解除」
三発撃ったら指を離す。そのテクニックは指切り、と言うのだ。
と、ボブは言った。
――40発しか持って行けねぇ、全部撃ち終わるまで2秒ちょっとだぜ。
その上1秒、15発以上連続で撃つと銃身が焼けて命中率が下がる。
マガジン一つ、42発まとめて撃ったら命中率は壊滅。具体的には着弾位置が20mで1mm以上狂う。
こうなったらもう、銃身が冷めても調整に出さなくちゃいけないし。
なにより、たいした技術も戦術も無い私としては、命中率だけが命綱。まさに致命的。
普通は3発撃ったら止まるような設定がある、と聞いた。
私用に渡されたアサルトライフルには、その機構自体がついていない。
三発で指切りは普通にできるし、その分軽く単純で取り回しがよくなり、故障する箇所も減る。
『指切り、覚えてるな? 四回撃ったら状況にかかわらず撤退、残弾は逃げる時使え。殺せるものならその場で殺せ。相手は銃器を使いこなす、生け捕りは考えるな。半端な判断はお前が死ぬだけ。……殺すか逃げるか、二択だ! 良いな!?』
とにかく余計な弾を撃たない、1発必中で2発は保険。
100m先から三発まとめて撃って、着弾位置は全弾5mm以内。
熟練の戦士、ボブでさえできないことが私にはできる。
『復唱、どうした』
「行動は二択、了解!」
『四回打ったら退く、が抜けてる! 攻めるか退くか、見切りが大事だ! いずれお前が死ぬってのは認めねぇ! 良いな!? ――返事っ!』
『……了解!』
無理して足を狙う必要は無い。
どうせ貫通しないなら、身体に当てて転ばせればそれで良い。
「当たれ! ……アタック!」
――とととん。とても軽い音がお屋敷の裏庭に響く。
胸を狙った弾は、しかしシルエットを貫通してお屋敷の塀に当たった。
……ごめんなさい、オーナー。
マントかコートを羽織ってる?
その分、移動するシルエットを太く読み違えた。
――つまりあそこは“身体の中心”じゃない!
「ちくしょう! なんだそれ! 巫山戯んな!」
……でも、シルエットの中心を狙う。と言うのは変わらない。
『外したな? 無理はするな! ダメだと思えば弾が残ってようが、退け!』
「大丈夫、今度はいける! アタック!」
右手の人差し指がトリガーを引いて、離す。
3発中、2発命中。
「ヒット! 2/3!」
黒い影は見えない大きな手でぶん殴られたように、吹き飛んで転がるが、それでも立ち上がろうとする。
「立ってくる!?」
『間違いなくあたったんだな!?』
「だー、もう! やっぱり普通じゃ無い!」
ライフル弾を腹に二発喰らって、普通に立ち上がる?
防弾チョッキを着た人間でも動けないはずだし、それが無いなら血しぶきが上がるはず。
移動速度で既に確定だったけど。やっぱり、相手はジェノミレディだ!
『無理はしなくて良い、出来るなら時間を稼げ! 無理なら逃げろ!』
「了解……!」
肩からライフルをさげる肩紐をを外しつつ、一気に距離をつめる。
死体を、ボブとオーナーに見分してもらえばそれで良い。
相手を殺すことに罪悪感を感じないのは、本能なんだろうか。
『うかつに近寄るんじゃない! 牽制以外のことはするな、何をしてくるかわからん!!』
「大丈夫、いける!」
致命傷を与えられる距離に入った! と思った瞬間。
――ライフル弾を喰らって、普通に立てる!? ……なんで。
「……ちっ」
舌打ちと共に何かを投げつけてくる。
飛んで来た丸いものを、ライフルの先の銃剣で切った瞬間。
「しまっ……!」
液体が飛び散るのが見え、アタマで考えるより早く身体はライフルを放りだし、自分の腰に付けた短い棒を投げつけ、息を止めて目を閉じる。
『何があった! アリエ……』
ライフルが暴発しないようにと、そして相手の足止めと報復。
後で考えればこれはそう言うこと。
ボブの訓練で何度もやったから、だから勝手に身体が動いた。
液体が身体にかかった瞬間、身体が炎に包まれる。
うかつにも弾かないで切っちゃったのがいけない。
燃焼系の、空気に触れると発火する薬品が入ってたんだ。
ただ、この手の薬品は爆発的に火が回るが、そこまで長い時間は燃えない。
温度も一気に上がるがすぐ下がる。
息は炎が治まっても、しばらく。吸い込んではいけない。
一酸化炭素以外にも中毒を起こす成分は沢山あるし、多分含まれている。
魔法系の物質が含まれていないのを祈るばかり。
そして私が無意気にぶん投げた棒も、機能はほぼ同じ。
但しアレは、ぶつかる必要さえ無い優れもの。
幾分熱が収まった中、薄目を開けると黒いマントを中心に火柱が上がっている。
燃え上がるマントから目を離さずに、10mほど位置をずらして深呼吸して。
――トントントン。軽く跳ねて身体を点検。
身体はまぁまぁ大丈夫だが、戦闘服は炎に耐えきれずボロボロ。
イヤホンは既に無くなった。熱でねじ曲がったゴーグルをむしり取る。
首のマイクはそのまま燃え残っているので触らない。
「ちくしょう、あまりにも迂闊だった! やられたっ!!」
ナイフを抜き放つと、ベルトと一緒に残った服が連れ落ち。
――ガチャン、ガラガラ。
胸ポケットに入っていた、無線の機械も焼け焦げて、部品をまき散らしながら地面に転がる。
左腕の袖の部分、燃え残った服を引きちぎって捨てる。
怪我をした部分を守るために付けた、左手のグローブだけが残る。
アーマーとブーツは試合用、本人とほぼ同じ強度を持つ素材で作ってある。
私本人が燃えなかった以上は当然、燃えない。
籠手は無いけれど、あれは規定で防具が必要だから付けているだけ。
無いなら無いで、問題はない。
ナイフを逆手にもって振り回してみる。おーけー、全て普段通り。
「よし! ……いける!!」