戦闘服の淑女
『……アリエル、聞こえてるか? ボブだ』
「通信は良好。ボブ、良く聞こえてます」
本当はキチンと聞き取ったり、爆発で耳をやられないように大きなヘッドホンを付けるのだが、破戒淑女である私にはその部分に問題はない。
ボブの声も急遽、耳の裏にテープで留められた小さなヘッドホンの音で十分聞こえる。
耳を塞いでしまうのは、状況把握が遅れる可能性があって怖いのでそうしてもらった。
骨伝導用のイヤホンもあったけど、これは聞こえ方が気持ち悪くて使えなかった。
こちらの声は首に巻かれたマイクが拾っている。
アーマーに着替えた私は、その上に執事さんに用意してもらった迷彩の戦闘服を着込んで。
顔にはゴーグル。銃剣のついたアサルトライフルを肩にさげ、腰にも太いベルト。
ベルトには、いつもと違って刃の付いたナイフがついている。
『セバスの旦那が動いた。魔法の打ち合いになるから、A全体、及びBの1、3、4、8エリアには絶対入るな、とのことだ。……現在位置の詳細は?』
「現在、F-26・ブラボー。特に気配はありません」
『了解、こちらもそれで一致した。発振機も正常だな』
服は無い方が動きやすいだけでなくて、廻りの気配も探りやすいのだけれど。
暗闇の中、ほぼ裸の人間は目立つので仕方が無い。
閃光手榴弾も無効な上、人間の見えない波長の光さえ見える。
なので、本当はゴーグルも不要なのだけれどデータを見るためには仕方が無い。
音声だけでは効率が悪い。と言うのはわかるし、“本能”として戦術画面のデータが理屈抜きで理解できる。状況把握はこのほうが断然早い。
『恐らく賊の陽動隊が入り込むならHエリア。……だが、野良淑女がホントに来るならそれとは別に今、お前の居るFだろう。これはセバスの旦那と意見が一致した』
ステイブルから出たら死んでしまうはずのジェノミレディ。
野良で居られるはずが無いのだが。
但し、その存在はいつでも取り沙汰される。
政府系の闇の組織やら、外国の情報機関やら色々とその裏側については言われるのだが。ハッキリしたことはわからない。
裏の世界にも通じるボブや執事さんは、しかし噂だけでは無く。
その実物にも遭遇したことがある、どころか実際に戦闘をしたことがある。
だからハッキリしたことを知らない、のでは無く言わない。が正解だろう。
「執事さんはともかく、ボブの言うことに間違いはないと思う。待機場所、ここで良いですか?」
『そこなら屋敷の裏側全体が見渡せる。何か気がついたらすぐ口に出せ。通信はつないでおく』
「了解です」
破戒淑女が戦女以外の生き方をする、と言うならば。
それは兵器として使われる、と言うことだ。
その彼女たちは、果たして。毎日なにを思っているのだろう……。
……ん?
「ボブ! H-15から多分17あたりまで、ある程度の幅で急に明るくなった! 色が変だけど、魔法じゃ無くて投光器だと思う!」
「わかった、不可視光の投光器を焚くなら野良ミレディじゃねぇ、ゴーグルかけた一般人だ! 対処はこっちでやる、お前はそこを動くな!」
いわゆる星明かり。数字的には0.005ルクス。私達ジェノミレディはそれだけの光源があれば普通に本が読める。
満月の夜なら0.2ルクス、かなり明るい。夜とは言え、完全に視界を奪われるほどの闇。と言うのは屋外では経験がない。
調べてみたら、理屈はわからないけれど、大気さえ発光しているらしいし。
その上、何処まで見えるかは個人によるが、一般の人間には見えない波長の光も見えてしまう。
私達に投光器やライトは必要がない。
『了解』
――パタタタタ……。
もの凄く軽く聞こえるマシンガンの音。アレはお屋敷の警備部が使っている、軍の最新鋭正規採用型。
私の報告を受けてボブ達が先制したんだろう。
同型で別口の音も聞こえ始めるが、これは輸出用にパワーを落としたもの。賊が発砲したのか。最初の音より,かなり音が濁ってる。
人を殺す効率が高いほど音が軽く、小さくなる。
と言うのもなんとなく不条理な気がする。
――光が。動いた?
「ボブ、光源が移動した! 現在、H-23チャーリーからデルタ方向へ!」
ゴーグルのデータ領域に
【Check the luminous flux outside the visible region】
【Check the light source, [H-23 C]】
【Send data to host・・・ Success】
の表示が出る。
『おう、データリンクも正常、こっちにもデータが来たぜ! 一気にカタぁつけてくる。アリエルはそっから動くな! ――1班はここから動かず援護、2班は俺に続けっ!』
ゴーグルにボブが現地で確認したデータが次々に流れる。
軍用センサーよりも早く気がつくんだ私。
なのに執事さんに組み手で負け、ボブにも一発も入らない。
……うーむ。エリィにエラそうになにかを言う前に。
もっともっとできる事、ってありそうだよなぁ。
――ぞわ。
急に、あの執事さんの手刀をもらった時と同じ感覚に全身が総毛立つ。
「なんか変だ!」
ボブにはそう言うのが精一杯、わけがわからないなりに、逃げろ! と言う衝動に従い真横、左に全力で飛ぶ。
次の瞬間、右肩に衝撃があって横に七回転しつつ、縦にも三回転。
完全に地面から離れていたお陰で、空中でバランスを取り直し転ばないで着地はできた。
「く……、がぁ!」
『なにがあった!? 応答しろ、アリエル! 状況を知らせろ!!』
止まっちゃダメだ! 身体がそう言うから、とりあえずそのまま動き続ける。
服の肩の部分に二ヶ所穴が開いて焼け焦げてる。
「撃たれた! ……熱っちい!」
お腹の部分のボタンを引きちぎって、肩から転がってきたその熱い固まりを取り出す。
弾丸!? これは、50口径? ――巫山戯んな! 地面に投げつける。
気配に気がついてさらに横に飛ぶ。
一瞬遅れて、空気を押しのけながら真っ赤に焼けた鉄の塊が、私の頭のあった場所を通過していくのが“見える”。
「狙撃ぃ!?」
銃を持ったジェノミレディ……?
見通しに助言をくれるボブが居ない。事態はおおよそ最悪だ。
『おい! 狙撃ってなんだ! そっちで何があった!!』
「多分大口径拳銃弾、右肩に二発もらいました。ケガは無し! いや、ちょっと火傷したかも。……でもそれくらい!」
とにかく、止まったら殺される!
全力でわざとランダムに見える様に走り出す、が。
「うわ、とと、おっとぉ!」
一瞬前に居た空間の、頭があった部分を次々と銃弾が通過する。
弾のカタチからするとライフルじゃ無いけれど、目にあたったら当然貫通する。
でもこの距離で、しかも拳銃で。目玉を正確に狙ってくる……?
規格外過ぎでしょ!!
『死んでないなら落ち着け! 相手は魔道師じゃ無くて銃器を持ったジェノミレディなんだな!? どこから撃ってきてる!!』
「狙撃地点? えと……。F2から3方面、距離約200、今は私に合わせて左に移動中!」
……撃ってくるのがお屋敷の塀の上で、降りるつもりが無いなら後ろに下がれば逃げられる!
なんてね。そんなわけは無いか。、
弾丸に角度はついていない、真っ直ぐ飛んで来ている。
ただ少し余裕、出た。
自分では気がつかなかったんだけれど。
銃を構えるのが間接視野で見えてたから、照準された違和感に気がついた。
二射目以降も前回の銃撃の音から狙撃点を推測して、身体は自動で逃げ続けた。
つまり見えてるし、聞こえてる。
慌てることは何も無い。
意識すればそれで良い。
向こうが狙ってきてるなら、こっちにだって見えるはず。
お屋敷の木の陰を巧みに使って移動してる、姿は見えないが位置は掴めた。
そこまでスピードのあるタイプじゃ無いようだ。