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戦う遺伝子 ――すり鉢の底の淑女――  作者: 弐逸 玖
ステイブル・オブ・バーンシュタイン
18/43

嗜(たしな)み

「なら、魔導軍諜報部でも有名な掃除屋だった旦那の出番じゃねぇか。俺やアリエルには関係あるめぇよ」



 この執事さん。

 上品で優しそうなおじいさんの見た目に反して、オーナーのボディーガードでもある。

 一度だけ、オーナーに言われて組み手をしたことがあるんだけれど。




 こっちも本気じゃ無かったにしろ、全ての攻撃をかわされ、いなされて。

 頭にくるより前に青くなったのを覚えている。

 とにかくに何をしようが当たらない、どころか動きを全部読まれる。

 相手は素手の、普通の人間なのに。


 その上、少しギアを上げて攻勢に出ようとした瞬間。首に、

 ――とん。

 と“優しく”手刀が落ちた。


 まるで知り合いの子供に挨拶をするように優しく置かれたその手。

 ――競技では無い格闘技、と言うだけのことで御座います、

 その一撃に感じたような、恐ろしい打ち込みは。今まで他に経験したことが無い。



 ――ポイントや反則を考える必要は皆無、魅せる動きを意識する必要も無い。普段のアリエル様の足元にさえも及びません。



 スーツのままの執事さんはそう言って、全く息を乱すことも無く一礼した。

 私のスピードなのだ、見えたはずはない。

 ならば全て先読みで見切っていなし切って、その上間合いに入り込まれた……!?


 素手でこうなのだ。しかもこの人は元魔導軍諜報部。銃もナイフも魔法も使える。

 不意打ちを食らったら防御のしようがない。

 この人がオーナーのボディガードでいることに納得した瞬間だった。



 魔法に関してはある意味、一般人以下な私達いくさめなのだけれど、一方。

 物理で殴られる分には強い

 拳銃やライフルは距離さえとれば、瞳への直撃を避ければ良いだけ。


 レーザーポインタの軌跡はもちろん、個人差はあるのだけれど普通の人間には見えない波長の光。これもある程度見える。

 赤外線や紫外線の投光器なら、ハッキリと視界が明るくなる。


 スコープで狙撃するとして、五〇〇m以内ならば私からも“見える”し、最悪撃たれてからでも気がつきさえすれば。

 まぶたを閉じさえすれば、頭蓋への貫通は免れる。

 ……それはきっと、滅茶苦茶痛いだろうけど。


 遠方から目だけを狙う、と言うのは事実上不可能なのだ。


 但し距離が取れないとしたら、ライフルで無くても、パワーのある拳銃ならば皮膚を貫通する。

 刃物で切りつけられても普段なら最悪、ちょっとした切り傷で済むはずだけれど。

 回避動作が出来なければ。当然切れるし、場所によっては命に係わるダメージを喰らう。


 戦女はそう言う“実戦”を睨んだ練習はしていない。

 ……普通は。



「そうでも御座いません、襲撃には,元陸軍の荒くれも目眩ましに投入されます。その数五名。海軍陸戦隊特務戦隊の中でも最強と謳われた第三歩兵隊、キッカーズの初代隊長。ボブ・ハワード元海軍少佐の出番では無いかと、僭越ながらそう思う次第で御座いますが……」

「……けっ」


 優秀なトレーナーである前に、元特殊部隊の隊長で、個人としても歴代で三本の指に入るほどの戦士。

 ボブの才能は各方面で全てが最高評価だ。


「それに。ハワード様もそう言うおつもりで、アリエル様の訓練をなされておられたのでは? 我が方で、対応出来る戦女とすれば。アリエル様を置いて他にはいらっしゃいません」


「やれやれ。……で? オーナー。アリエルを残したってぇことは……」

「そう言うことだ。……セバス?」



「はい。公安からの情報にはありませんでしたが、ジェノミレディが襲撃に加わる恐れが浮上致しました。確定情報ではありませんので、アリエル様の件はあくまで保険、とお考え頂ければ」


 ジェノミレディはステイブル、もしくはこれに類する保護施設以外の人間とみだりに会ってはいけない。法律にそう書いてある。

 もちろん暴力を振るうなんてもってのほか。

 平手打ち一発で首の骨が折れる、どころかアタマがそのままもげる可能性さえある。


 但し、一つだけ例外規定がある。ジェノミレディステイブル敷地内への侵入者だ。

 これはオーナーが脅威と見なした時点で、ジェノミレディの攻撃だけで無く、通常の銃器で攻撃、殺害も無条件で認められている。

 先端技術の集積地、国家機密の塊。秘密実験の基地。

 ジェノミレディステイブルはそう言う施設でもある。


 所長やオーナーが襲撃を受ける、と言うのも想定の範囲内。

 だからステイブルは、人気のないところや軍の施設の近くに作られることが多く。

 何処のステイブルでも、オーナー宅や所長の邸宅はステイブルの敷地内にある。

 


「だが旦那はあえて保険をかける必要性、これを認めるわけだ」

「可能性はゼロではありません故」

「……なるほど、そこそこ高ぇ。と考えてるわけだな」

「それは、わたくしの口からはなんとも」



 あの日以来、ボブに頼んで軍隊式のポイントも反則も関係無い格闘技。それを多少教えてもらっている。

 執事さんだけで無くボブにもやはり、致命的な一発は入らない。

 ニヤニヤするだけで教えてくれないが、ジェノミレディ特有の動きのクセ、ようなものがあるようだ。


 銃に関しても大型拳銃とアサルトライフルについて、廻りには集中力を高める訓練。と称して射撃訓練もしている。

 野良、と言われるジェノミレディたちがみな身につけている“嗜み”の一つ。私が知らないわけにはいかない。



 私がオーナーを守れるというなら、その結果死んだとしても悔いはない。



「アリエルはまだ使いたくねぇンだが、聞いてはくれないようだしなぁ。やれやれ、だな……。旦那、配置はどうすんだ?」


「わたくし配下の“お庭番”七名は、そのままハワード様の下へ。わたくし個人は“番犬”と“駆除業者”を伴って、鼠の駆除へと回ります。――アリエル様の指揮も、ハワード様にお願いできればと思いますが」


「わかった。オーナーは、今夜はこの部屋を出ないでくれ。――旦那、警備室でもう少しつめた話をしよう。……アリエルも来い」

「……はい」


「ではご当主様、今宵はこれにて。――わたくしかハワード様の合図があるまで、扉はお開けになりませぬようお願い申し上げます」


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