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戦う遺伝子 ――すり鉢の底の淑女――  作者: 弐逸 玖
ステイブル・オブ・バーンシュタイン
16/43

ネイパー

 隣で息を飲み込む気配がする。ネイパーは……。気が重いよね。

「ご報告いたします。ネイパーは本日、棄権しました。申しわけ、ございません……!」

「気に病まなくて良い。調子が悪いのに無理をしては以降に響く。まだシーズンは続くのだからね。――ボブ」


「あぁ」

「ネイパーの調子をどうみる?」


「正直な話をしよう。今シーズン中は大丈夫。但し、来期、クレストで。となると優勝争いはおろか、上位に入ることも厳しくなるだろう」


 ネイパーは、隣で背筋を伸ばしたまま唇を噛む。

 ……事実上の引退勧告だ。

 当人のリアクションを見る限り、事前にボブから話は聞いていたらしいが、なにもシーズンの途中でオーナーに……。


「来期は“養生”をした方が良いと?」

「戦女を続けるなら、ディヴィジョン1への自主降格。これが個人とステイブル、双方に一番良い形だろうが、当然に他の選択肢もある。オーナーも考えておいてくれ」

 まだ二十二なのに、もう“あがり”が!?



 ジェノミレディと言えば爆発的なパワーと鋼の肉体。

 その戦闘力は国際条約で警察や軍が使うことを禁止されているほど。

 ステイブルに隔離され、“一般人”との接触を極端に制限されているのもその辺に理由がある。


 ただ、それが只で手に入るかと言えばそうでは無く。

 実は大きなリスクを負ってる。


 例えば平均で三十八才、そこで人生が終わりになるという極端に短い寿命。

 四十五才まで生きれば長生きだ、といわれるくらい。


 例えば特定の薬物を定期的に摂取しないと、歩くことさえ出来なくなると言う特殊性。ステイブルのオーナーが全員、科学者である理由がそれだ。

 専門家以外、扱うどころか入手の出来ない特殊で危険な薬物。

 私達がただ生きる。そのためにはそれが必ず必要になる。


 そして26~30歳前後で突然発現する、“あがり”と言われる現象。

 ある日を境に突如、力が弱り始め。二年もすると能力は半分も出なくなってしまう。

 試合会場に居た審判の多くはその、あがりを迎えた元戦女。

 

 だからステイブルを放り出される場合も多く、その彼女たちは仮にミレディバトル協会が、審判の仕事を“与えて”保護しているのだ。

 コーチや世話役としてステイブルに残ると言うなら、その彼女は当然。頭抜けて優秀で無ければならない。



 一般の男性との性行為自体は普通に可能、子供も出来ないし、その上頑丈。

 ならば性風俗関連で重宝されそうなものだが、普通の人には例の薬品の名前さえわからない。


 名前がわかってもそれは政府管理の薬物、特殊すぎて入手できない。

 入手できても、一般人は手についただけで即死する。とさえ言われる劇薬、危険すぎて扱えない。

 そんな碌でもないものを、たった1週間、摂取できないと。死ぬ。

 何に使おうと、経費にあわないのだ。


 結局。私達は、ステイブルの外に出た時点で生きていけなくなる。



「ふむ。……ネイパー」

「は、……はい!」


「君は優秀だ。末永く(・・・)我がステイブルを盛り上げ、ささえてもらいたい、この難解な事業を手伝って欲しいんだよ。致命的なケガなどをされては困るのだ。……わかるね?」




 そして戦えなくなったジェノミレディにはもう一つ。

 文字通りにジェノミレディを生み出す母体になる、と言う道もある。

 それでえられた子供は幼年教育終了後、母親になった戦女の所属ステイブルが優先権を有する。


 但しその場合、自然受胎はあり得ないし、一体どんな精子を使うのかも公にされていない。

 本当に自分の卵子が使われるのかさえ怪しい。


 私達ジェノミレディは見た目は女性。乳房もあるし外性器もそう。当然、卵巣も子宮もある。

 但し、ある人工的な特定条件を満たさない限り排卵はされない。条件は非公開。


 子宮も普段は機能していない。だから生理も無い。

 そもそも生き物として単性生殖をするわけでは無く、でも対応するオスが居ない。


 つまり、私達ジェノミレディは繁殖能力が始めからない。


 自然に任せて子孫を増やすことは出来ない。

 遠い過去の遺伝子改造の末、進化の袋小路に入り込んだ生物。それが私達。


 それにジェノミレディは筋肉も骨格も、戦闘することのみに特化し、身体のつくりが子供を産むことなど前提になっていない。自然分娩は身体の構造上できない。


 卵子が受精するためには人工授精が必須。

 その上受精卵も人工子宮での育成は不可能で、着床には本物の子宮が絶対に必要。

 その上自然分娩も不可能だから、出産時も外科的手術が必須。


 つまり。妊娠、出産は、とても惨めで屈辱的、その上困難。寿命も大幅に縮むと言われる。

 元戦女ともなると、二人目を産める人は一割前後だという。




 その他、第三の道として。

 もっと単純に、非合法な実験の材料にされる場合もあると言うが。

 これに関しては一切の情報が遮断されている。

 口に出しただけで怒られる時さえある。

 ……つまり、逆に。そう言うことも。数の内では本当に有るんだろう。




 いずれ、バーンシュタインは立ち上げて六年目の新興ステイブル。

 あがりを迎えた戦女は居ない。


 ステイブル立ち上げ後に、規定にしたがって他のステイブルから回された子供達は一番大きくて一〇歳前後だった。今十五才前後、エリィよりちょっと上くらい。

 さっきボブが戦勝報告をしていた子達だ


 私が斑女として回された時、彼女たちより年上だったのを思い出す。

 一気にクレストまで上がったことで、彼女たちは納得をし信頼もしてくれている。

 ……ボブが居なければ、私は半年で潰れていただろう。


 そしてネイパーはその能力に惚れ込んだオーナーが、一番最初に金銭トレードで手に入れた、ステイブル最初の戦女。

 他の子達と彼女で、年齢の差があるのはそう言う理由がある。


 私がディビジョン2に登録されるまでたった一人で三年以上。

 バーンシュタインの紋章を背負ってディビジョン1、そしてクレストで戦ってきたんだ。


 ネイパーに限っては、非道い扱いになるはずが無い。と思うけど。




「お……、その。お気遣い、ありがとうございます。オーナー」

「本心だよ。あとで一度、私とボブ、三人で話し合う時間を取ろう。――戻って良い、今日はゆっくり休みたまえ」


「ありがとうございます。……失礼致します」

「まだシーズンも半ば、まずは無理をしないことだ。身体を休めてくれ。――あぁ。ついでに、セバスにここに来るように言ってくれないか?」


 ボブと私も、入り口へ向かおうとするが。

「ボブとアリエルは残れ、まだ話が残っている」

 オーナーはそう言って、執務机の前のソファを指した。


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