弱者の戦術
怪我をした左手を、透明な手袋のようなモノでコーティングされて。
洗い場に座りつつ、風呂場を見渡す。
ネイパーはパワーファイターに属するわけだが、筋肉の標本みたいな戦女も多い中、筋肉とその他のバランスがすごく綺麗。こうして脱ぐとそれが良くわかる。
さらに、おっぱいが大きい。
……バーンシュタインの一番人気なのが、この辺でもわかる。
たまに協会からグラビアの依頼が来るんだよな、彼女。
要らない、と言うのが私の建て前なんだけれど。
実際はちょっと、羨ましい。……ま。ちょっとぐらいは、ね。
「私たちもネイパーみたいにおっぱい大きくなる?」
「それは、あー。自分で決めるわけじゃ無いからねぇ」
「おっきい方が良い気がするけど、動くとき邪魔じゃ無いかな?」
「自分の体だからね、キチンと固定してればそこまで気にならないよ……」
そんな色々と突っ込みたくなる会話を聞きつつ、ほんの数年前。ネイパーにお願いしてアーマーパージの練習をさせてもらったのを思い出す。
特に胸のアーマーの破壊については、今言って居た通りに、揺れたりぶれたりしないように作ってある。
だから、谷間の何処にナイフや手を突っ込んで壊すか。
いろんな種類のアーマーをつけてもらって、上から下から、何回も胸元に手を突っ込んだ……。
って。なんかそこだけ取り出すと変態のおっさんみたいだな。
実際には私は泣きながら。ネイパーは、
――泣くんじゃ無い、こっちだって痛いんだよ!
――もっと深く! 良いところにあてることを考えるの!
――そこじゃダメ、ピンポイントで複数回突くことを考えて!
――もっと深く、一息で!
なんて、怒鳴られながらやってて。
うん、変態感が払拭できない。……あんなに辛かったのに。
ステイブルの寄宿舎ならシャワーだけ。と言うところも多いと聞いているが、我がバーンシュタインは、オーナーの意向で風呂場はデカい。
風呂にゆっくりと浸かることで、身体だけで無く心もリラックス出来るのだそうだ。
広い洗い場。ゆったりとした湯船は、今一緒に居るちびっ子達ならまとめて十人は入れる。
年かさの二人は、ネイパーとまだ何かを話しながら身体を洗っている。
あれくらいの子達はエロスはそこまで感じ無い。さっきみたいな話をしていてもイヤらしく感じないんだけど、なんか目を引く。
ほんの数年間だけ期間限定のバランス。
少女と女、どっちにも振れていないちょうど中間点。
私が男だったら、もっと違う目で見てるんだろうか。
試合そのものにはさしてみるところが無い、掛け金もたいしたことのない、どころか無い方が普通の育成リーグやユースの試合。
試合になれることガ目的だから、普段は何処かの練習場で淡々と試合が行われることも多い。
でも、メインの試合と日程が被らない限り、公開。となると結構な盛況なのだ。
もちろん、ミレディバトルのファンが、間もなく下位リーグに出てくる新人の様子を見に来る。それがお客さんのメインだけれど。
実は攻撃をいなすのにも、相当な経験値とテクニックが要る。
なので、実力が半端なクラスでは、事故としてのアーマーパージは結構多い。
それが目的の層が居るのだ。
さらに。女の子だけでまとめて住んでいるので男性の目、と言うものがそもそも理解できない。
ステイブルで暮らしていると、男性の目が何を見ているか。なんてことには無頓着になると言う背景もある。
もっと言えば。普通の教育は受けていないから、一般常識が一部ごっそり抜け落ちている上、本人達の自覚が足りないことも多々ある年代でもある。
それに、“事故”からのドレスコード条項違反で失格、はミレディバトルに馴染んでいない少女達には精神的にキツイ。
勝ちが見えてた試合なら、なおさら。
結果、そのまま茫然自失、“丸出し”で放置。となるわけだ。
あられも無いその姿を、そこまで“はしたない”、とも“恥ずかしい”とも思わないことも多い。
だから。それを目当ての変態達が、バズーカ砲みたいなカメラを構えて客席に陣取ってるのも事実だけれど。
まぁそれを置いても、あのバランスは美しい。
パージが無くたってバズーカ砲で狙う気持ちはわかる。
私にもあったはずなんだけどな、あの時期が。
そしてそんな時期の子が、なぜか今日は私の真後ろにも居る。
……珍しいことだと思う。
「手。……痛くない?」
「ちょっと切れただけ、毎回ボブが大袈裟なんだよ。……ロックを引きちぎる時にちょっとタイミング、ミスった」
さすがにアホのネクスタとは言え、クレスト2年目にして優勝候補なのだ。
ギリギリ引きちぎる程度の時間しかくれなかったし、当然抵抗された。
天の使わした至上の一振り、なんて。進化してるなぁ、アイツ。
結果、縫うところまでは行かなかったけど結構なケガになった。
「……打ち込みながら、廻りって。どうやって見てるの?」
「ん? あぁ。そう言うこと? ……これは巫山戯んなって思うかも知れないけど練習しか無い、身体が勝手に動くまで練習するんだ。身体が勝手に動くなら、目は別のところを見れるでしょ?」
ちょっと言葉通りで無い部分もあるけれど、基本はそう。
筋力も持久力もない私は、だから間接視野を広くしようと努力し、基本は素手で速攻、武器を使うときもナイフの小回りと一発の速さ、そこからの一気呵成で連続攻撃。
それに特化するしか無かったから。だからずっと、そうやってきた。
アーマーパージも、言えばその延長でしか無い。
相手に恨みがある訳でも無いし、恥をかかそうと言う気も無い。
それしか勝ち目が無いと思えば、躊躇無くやる。それだけだ。
「背中も傷だらけ、石けんも。ダメだ。痛そう……。流すだけだからやってあげる」
背後から細い腕が伸びてきて、シャワーヘッドを掴む。
スーパースローでみないと何をしているのか、カメラでも写らないスピードで戦っている。
ほぼ見えていないだけでネクスタと私。全身に擦り傷が無数につく程度には、お互い体中至る所への攻撃があったのだ。
「おぉ、今日は優しいん、――あっ、つぅう!」
うん。戦女であってもだね、シミるものはシミる……。
「……え? あ。……ごめん」
「気にしない、始めだけ。傷があるなら尚のこと、洗わないとだし」
さっき、会見前に無理やり洗われて、しこたま消毒されたことは黙っとこ……。
「みてると、アリエルは試合のあと、いつもボロボロ」
「いやぁ、面目ない」
「痛いとか、洗って、とか、言わない」
「まぁ自分のせいだしね、大概」
「……」
会話が止まってしまった。シャワーだけが微妙に場所を変えながら背中に当たる。
気まずい……。
「ま、まぁさ。練習って、こうならないためにするんだけど……」
「わたしでも。――練習すれば、……そういうふうに。なる?」
「傷だらけってこと? あのね、だから普通の人は練習すれば逆に……」
「ち、……ちがくて。あの、……アリエルみたいに、……なれる!?」
――えーと。……へ? なんて!?