微妙な立場とお年頃
「二人共、着替えたあとで屋敷の玄関前で会おうぜ。九十分後で良いか?」
寄宿舎玄関前の車寄せに、クルマを一旦止めてそう言うと、ボブはそのまま走り去る。
「ネイパー、大丈夫なんですか?」
「明日には良くなる、大丈夫。ありがとう」
上背があってガタイもそれなり。ウェイブのかかった赤く長い髪をゆらして、姉御肌の彼女にはちょっとギャップのある童顔が、ニコッと微笑む。
棄権したネイパーと一緒にバーンシュタインの本拠地に戻った。
要はオーナーのお屋敷の隣、四階建てのかなり大きな建物。
一階は試合形式以外の練習が出来る練習場。二階は食堂とお風呂、談話室などの共用スペース。
三.四階は居住スペースになっていて各階、個室が40以上。
我がマイホーム。
要するに破戒淑女約40人強が暮らす宿舎。
数が多いのは戦女じゃない子達も居るから。
勝利者インタビュー? うんまぁ……。あんなモンでしょ。
「お帰りなさーい!」
中学生くらいの女の子達を頭に十人ほどの女の子に出迎えられる。
全員出て来たな。……あぁ、もう。練習は終わりの時間だもんね。
「ネイパー、今日はどうしたの? 大丈夫?」
みんなネイパーの廻りに群がり、年少の子は抱きついて心配そうな声を上げる。
現在二十二のネイパーは、歴史の浅いバーンシュタインではもっとも年上。
クレストリーグに四年在籍し続けてるエースで、一番のベテランでもある。
私も含めて戦女みんなのお姉さん、お母さん的ポジションだ。
……多少の無理はしてるんだろうなぁ。とは思う。
「みんな優しい子ばかりで私も鼻が高いわ。大丈夫、明日には元通り」
ネイパーは昔、私がここに連れて来られたくらいの子の頭を撫でる。
“発生”の経緯は複数あるにしろ、破戒淑女として生まれてしまったら、普通の人間としては生きられない。
途中から形質の発現した私はそれを身をもって知っている。
名前からも分かる通りに、基本的に女性にしか発現しないその能力。
例えば。
クルマにはねられても吹き飛ばされるだけ。被害としては洋服が破れる程度。
ドアにカギのかかっている事に気が付かず、“うっかり”ドアノブを引きちぎる。
本気でダッシュすると突如姿がかき消え、鋪装された地面に足跡が残る。
かつて自分がやったことを思い出す。
そんな人間が、もしも一般人とつかみ合いのケンカになったら。
……そもそも。それを人間と呼んでいいのかどうか。
始めからジェノミレディとして“作られる”もの、そして“自然発生”のものも含め、普通は生まれる前に既にわかっている。
だから生まれた直後にミレディバトル協会が“回収”し、その後、ステイブル32ヶ所のいずれかに“隔離”される。
保護では無く隔離されるのだ。一般の人間が危険だから。
ステイブル自体は、だからミレディバトル出場選手の所属先である前に、本来の役割は隔離施設。
オーナーはもれなく生化学を専門にする研究者。
ウチのオーナーも見た目は貴族の若旦那みたいな感じだけれど、そもそもは学者先生だ。
成長の過程で、突如形質が発現する斑女は、だから悲惨だ。
突然家族から引き離され、名前も取り上げられて、特殊な人間の集まる隔離施設に放り込まれるのだから。
……自分が特殊だ、と言う自覚も無いまま。
ネイパーに群がる彼女たちを見る限り、そんな背景なんて微塵も感じないけれど。
これは素直な良い子達ばかりだ、と私が知っているから。なのかも知れない。
で、当然。数が居れば、素直じゃ無いヤツも居る。
少し離れてこちらを見る、その素直じゃないヤツと目が合う。
金髪を短くまとめて、でも前髪だけはちょっと長めにして。
戦女の候補生としては、少し細く見える手足。
子供と大人の混ざった独特な時期の少女。
……私だって四つほど上。と言う事でしか無いんだけど。
「お。出て来てくれたんだ」
そう。孤立しがちなこの娘を構いたくて。
でもどうして良いかわかんなくて、ボブに聞いた。
――積極的に声はかけてやれ。但し変に特別扱いはするな。
どうしろって言うの? 当初はそう思った。
要するに挨拶でもなんでも良いから、普通に声かけろ。ってことなんだよね。
「……別に。今、練習終わっただけ。……勝ったね」
「ありがと。今日は見ててくれたの? あんまりカッコ良くなかったね」
「勝ったヤツがつよい、今日はアリエルがエラいのに。……なんで黙ってたの?」
インタビューが会話の糸口になったか。
面白くなかったけど、結果オーライだな。
今回は許してやる、クソ記者ども。
「前に、思ったことをそのまま口にだしてみましたが……。二試合ほど、出場停止になりました」
「アイツ等、意地悪でズルくてエロいヤツばかり。……キライだ」
……そこは、凄く同意する。アイツ等はおっぱいとお尻以外は興味がないくせに、エラそうにしてるからね。
何で記者、男ばっかりなんだろう。
「でも、エリィさんも今後、勝ったらやんなきゃいけないんですけど。その辺はどのようにお考えでしょう?」
「……勝たなきゃ、要らない。試合、出ないから関係無いし」
この、懐いているのか嫌われてるのかもう一つわかんない少女、エリィ。
彼女は斑女、六才まで普通の女の子だった。
ただでさえ珍しい斑女を、二人も抱えてるステイブルはバーンシュタインだけ。
廻りが拒絶しているわけじゃ無い、むしろ気にかけてるんだけど。
彼女は未だに自分で距離をとっている。
でも、同じ斑女である私とだけはちょっとだけ。
ほんの少しではあるけれど、距離が近い。
去年クレストに昇格して以来、その距離がすこし開いた気がして気になってた。
きっかけはどうあれ。私の話にのってくれるなら、上々だな。