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黒い車


 キィーーーッ



 鳴り響くのは車のブレーキ音。

 何事かと目を向けてみる。


 アパートの前に一台の黒い車が急停止したのだった。

 ずいぶんと乱暴な運転だ。


 詩冬は黒い車と入れ違いに、アパートの敷地を出ていった。

 来たときは柚香といっしょだったが、帰りは一人ぼっちとなった。

 胸にぽっかりと穴が空いたような気持ちだ。


 しかし柚香はこれから幸せを掴むのだ。

 だからこれで良しとしなければならない。


 自宅に向かってひたすら自転車を漕ぐ。



 ……  ……  ……  ……

 ……  ……  ……  ……



 しばらくして車のエンジン音が聞こえてきた。


 黒い車が後方から走ってくる。

 さっきアパートの前で急停止した車に似ているが……。


 黒い車は詩冬に並び、追い越そうとしている。

 運転手の顔がハッキリと見えた。


 詩冬の知っている人物だった。

 ハンドルを握っているのは、マッチョ店長の華之江ではないか。


 後部座席に柚香の姿が見えた。それから母ユズカの姿もあった。しかし追い越しは一瞬のことだったため、助手席にいる人物の顔までは確認できなかった。


 遠ざかる黒い車を眺めながら考える――。

 柚香たちはどこへ行くつもりなんだ?


 その光景を別に変だとは思わなかった。

 華之江が柚香たちと出かけるくらいは、たぶん普通にしてきたことだろう。

 なぜなら彼は海道とともに、ユズカたちの面倒を見ているのだ。


 黒い車は直進していった。

 運転していた華之江は、詩冬には気づかなかったようだ。

 会釈はおろか、目が合うこともなかった。



 詩冬のスマホが鳴った。



 卯月からの電話だった。

 これはなんとも珍しい……。


 スマホを耳に当てる。


『詩冬、いまどこ?』

「どこって、えっと、ここは……」


 電話の声が卯月から別の男に代わった。


『海道だ』

「ああ、海道さん!」


 代わった海道も、卯月と同じ質問をくり返す。


『いまどこにいるんだっ』


 何やら慌ただしい口調だ。


「ユズカさんのアパートから帰るところです。ああ、そうだ。柚香が……」


 詩冬には海道たちに報告すべきことがあった。霊体と実体の柚香が融合したことについてだ。さっそく伝えようとしたのだが、海道はその話を遮った。


『よく聞いてくれ。華之江がボクたちを裏切った。いま華之江は研究院の院長とともに、ユズカさんのアパートに向かってると思う。そっちがヤバい』


「へっ?」


 まったく予期しなかった話に、聞き返すことしかできなかった。

 海道が話し続ける。


『同僚から大変な情報を入手したんだ。内緒にしてたはずだった卯月ちゃんのケータイの存在を玖波院長が知り、そこからキミの家の住所を割りだしたってね。本当に間一髪のタイミングだったけど、卯月ちゃんに場所を移ってもらった。だけど今度は院長が華之江を連れて、ユズカさんのアパートへ向かったというんだ。華之江がユズカさんの住所を教えたのだろう。この卯月ちゃんのケータイ、すぐに壊して捨てるつもりだ。もうこの電話は通じなくなると思ってくれ』


 とんでもない話だ。彼らがどれほど恐ろしい研究や実験を行なっているのかを、詩冬は身をもって知っている。これは由々しき事態だ。黒い車に乗っていた柚香とユズカの身が危ない。


「海道さん、だとすれば緊急事態です! ユズカさんと柚香が黒い車で連れ去られました。アパートから県道を真っ直ぐ南東に向かってます。この道を走っていったということは、おそらく高速のインターに向かうのだと思います」


『なんだって! ああ、遅かったかーーー。うわぁっ、さ、犀っ』


 こんなときに電話が途中で切れてしまった。

 詩冬のスマホのバッテリー切れだ。


 役立たずのスマホを腹立たしく思い、漕いでいる自転車のハンドルを叩いた。

 とにかく黒い車を追うしかなかった。必死に自転車を漕ぐ。


 黒い車はかなり進んでいったことだろう。しかし幸いにも、この先に大きな国道と交差するポイントがある。タイミング次第では、彼らが赤信号に捕まってくれることもありうる。しかも大きな国道を横切る信号となれば、赤色の点灯時間は長いはずだ。もしかすると追いつけるかもしれない。


 持っているすべての力を脚に注ぎ込み、ペダルを漕いで漕いで漕ぎまくる。

 大きな国道との交差点が近づいてきた。


 華之江の黒い車が見えた。

 ラッキーなことに赤信号に引っかかってくれている。


 詩冬はラストスパートをかけた。


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